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29.入れ替わり大作戦!

29.入れ替わり大作戦!


 知美はトイレから出てくると、亨達の席に着いた。

ライバルの戦線離脱に、温子は、ホッとすると同時に、「勝った!」心の中で、そう思った。

しばらくして、涼子がトイレから出てくると、手を振って、「こっち、こっち!」と呼んだ。涼子が来ると、温子は、席を一つずれて、孝太の前に来た。さっきまで知美が座っていた席だ。そして、涼子を隣の席に座らせた。

涼子は、席に着いたとき、温子に気付かれないように、孝太にウインクした。孝太は、少し、違和感を覚えた。

「大丈夫だった?温子と、孝太君と、あの人が、3人でいたから心配だったんだよ。」

涼子は、温子を気遣った。

「全然!藤村さんって、とても素敵な人ね。きっと、高校生の時からもてたんでしょうね。」

温子は、一応、ライバルに敬意を表して、さりげなく孝太の気持ちを確認する。

「さあ…ほとんど喋ったことないから。今も、ほとんど藤村が一人で喋ってただろう?」

「それにしても、あの子、本当に涼子にそっくりね。同じ服を着ていたら、たぶん私でも見分けられないわ。」

温子の言葉に、涼子は、一瞬ドキッとしたが、すぐに落ち着いて頷いた。

「わたしも。さっき、トイレで一緒に並んで鏡を見ていたんだけど、信じられなかったわ。」

「確かに、入学式の時、涼子ちゃんに会ったときは驚いたよ。あの時はまだ、藤村とはクラスメイトだったからなあ。」

「わたし、その時の孝ちゃんの顔は覚えてるわ!まるで、お化けでも見たような顔をしていたもの。」

「えっ?そんなことがあったの?」

涼子は、気が付かなかったと言って、ちょっと嬉しそうな顔をした。

「だけど、藤村さんは孝太君のことを、好きみたいな感じだったよ。」

涼子が誘導尋問とも言える質問を返す。

「そうだったのかもしれない。卒業式にメモを渡されたんだ。」

「えっ?何それ。ラブレター?そんな話し、初めて聞くよ。」

温子は、ちょっと怒った声で、聞き返した。

「わざわざ、話すようなことではないだろう?それに、ずっと忘れていたんだ。」

「なあ~んだ。そうなの?」

温子は、ちょっと安心して、オレンジジュースを口にした。

「ちょっと待って。孝太君、そのメモ、まだ持ってるんでしょ?」

涼子に指摘されて孝太は焦った。涼子のいうとおり、そのメモ…知美の東京での連絡先が書いてあるメモ…はまだ捨てきれないでいた。

「ま、まさか?とっくに無くなったよ。」

涼子は、孝太がそのメモをまだ持っているのだと確信した。温子は、素直に孝太の言葉を信じているようだった。孝太は、とりあえず、一安心といった顔で、グラスを口にしたが、思わず吹き出した。自分のグレープフルーツジュースのつもりで飲んだそれには、アルコールが入っていた。さっきまで、知美が飲んでいたグラスを間違えて口にしたのだ。

「孝ちゃん、大丈夫?」

温子が心配して、ハンカチをよこした。温子のハンカチで口元を拭きながら孝太は呟いた。

「酒?これあいつの…」

「どうしたの?」

そう言って、うつむいた涼子の口元に笑みが浮かんでいるのを孝太は見逃さなかった。

「…」

やっと孝太は気が付いた。良介や望、親友の温子でさえ気が付いていないようだが、今、温子の横にいるのは、涼子じゃない!知美だ。

「お前…」

孝太が口に出そうとした瞬間、知美が人差し指を口に当て“内緒”のポーズを取って、ウインクをして見せた。

良介は、望に、この前のホテルでの一件を責め立てられてこちらの様子には気が付いていたかった。当然、望もそれどころではなかっただろう。

今、このことを知っているのは、孝太と知美、それに涼子だけに違いない。知美は、孝太が、まだ自分のことを忘れてはいないということを確信して席を立った。


 「ねぇ?ちょっと服を交換してみない?ゲームよ!何人が入れ替わったことに気が付くか。面白そうじゃない?」

知美は、涼子にそう持ちかけた。

「そんなのダメですよ。すぐにばれちゃうって。」

涼子は、反対した。そんな涼子に、知美はこう耳打ちした。

「広瀬君の本当の気持ちを確かめたいと思わない?あなた、広瀬君のこと好きなんじゃない?」

知美にそう言われて、涼子は動揺した。孝太は親友の恋人だ。そのことは充分に分かっている。いや、分かったふりをしていただけなのかもしれない。実際に、知美に言われて、動揺している自分がいる。思い出してみれば、いつもそうだった。温子とは正反対の性格。

親友同士でいつも一緒にいても、決して温子には影響されない。マイペースで、自分は自分のつもりでいた。むしろ、それは温子の方で、自分はいつも温子に振り回されていたのではないか?最近そう思うことがよくある。

「広瀬君のこと好きなんじゃない?」

会ったばかりの知美に、心の中を見透かされていたと思うと、何も言えなくなってしまった。

涼子は、知美の申し入れを承諾し、服を着替えた。それから、会話で困らないように、ある程度の情報を交換してから、まず先に涼子がトイレを出て、今まで自分がいた席に戻った。

表向きは、涼子と入れ替わりで“知美”が戻ってきたことになる。実際、涼子の時に、話を聞いていたので、“知美”になってからも、ある程度、話を合わせることが出来た。どちらかと言えば、引っ込み思案の涼子が、積極的な知美を出すことに不安はあったが、演技と割り切ってやってみたら、以外とうまくいった。途中、知美の方が気になったが温子ともうまくやっているようだったので、涼子は“知美”を演じることに専念した。

もはや、ゲームというノリでは無くなってしまったので、涼子も必死だった。


 知美の計画は、見事に成功だった。涼子も、誰にも疑われずに、知美を演じることに成功した。そして、孝太以外に、このことを知る者は誰もいないまま、二人は元に戻った。その際、お互いが入れ替わっている間に誰とどんな話しをしたのかを確認しあった。

「ありがとう。大収穫よ。私にも、あなたにも、まだチャンスはあるわ。最終的に広瀬君が誰を取るかは分からないけれど、どうなっても、お互い恨みっこなしにしましょうね。それから、広瀬君にだけは、ばれちゃったから。ゲームとしてはあなたの勝ちね。でも安心して。広瀬君は、このこと温子さんには言わないわ。だから、あなたも余計なことは言わない方がいいと思うわ。」

「私からも言っておきたいことがあるんだけど…。横山さんのこと。あの人、真剣にあなたのことが好きみたいですよ。」

「分かってるわ。でも、実感がないのよ。告白されたのはあなたが演じた“わたし”でしょう?確かに、親切で、いい先輩なんだけど、それ以上はないわ。そんなに気になるのなら、あなたが付き合ってあげれば?」

はっきりと、ものを言う、知美は温子に似ているような気もしたが、温かみのある温子とは違って、どこか冷たさが感じられるような気がした。

「藤村さんって、冷たいんですね。」

涼子に、そう言われると、知美は、弁解もせずにあっさり言い切った。

「そうかもしれないけれど、かわいそうだからって、いちいち付き合ってあげなければならないのなら、自分が本当に好きな人と結ばれることなんか、一生無理だわ。それに、情けで付き合うなんて、相手に対しても、よっぽど失礼だと思うわ。」

知美のいうことにも一理ある。涼子には知美の考え方が理解できなかったけれど、否定することもできなかった。

 知美と涼子は、席に戻った。知美は、今まで涼子がいた席へ、涼子は知美がいた温子の隣へ。涼子は、すぐに、孝太の顔を見た。孝太は、何事もなかったかのように、涼子に目で合図をした。すると、あすかが涼子のあとからやって来た。涼子は、一瞬ドキッとしたが、あすかは温子にお土産だといって、封筒を渡した。

「あの席でこれを出したら、きっと、大騒ぎになると思ったから。」

温子は、知美とのバトル以来、気を抜けずにいたので、あすかの贈り物は絶好のタイミングだった。

中に入っていたのは、新曲の手書きの楽譜だった。“万葉集”のメンバー全員のサインが書き込まれてある。温子は、家宝にすると言って、カバンにしまった。あすかは、チラッと涼子の方を見ると、ステージの方へ向かっていった。そして、アコースティックギターを手に取り、バラード曲を弾き語りで唄い始めた。







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