28.三角どころじゃない。四角関係じゃないか
28.三角どころじゃない。四角関係じゃないか
そんな司の様子を見たひとみはすぐに状況を把握した。
「あら、やっぱりそうなのね!でも、見て分かるとおり、孝太君は温子ちゃんとアツアツだから、気にすることもないんじゃないかしら?そのうち彼女の熱も下がるわよ。」
望が、孝太達の方を目で指した。司も、二人で話しをしながら飲んでいる孝太と温子の方を見た。
「ほらみろ!だから、そんなに思い詰めるなっていっただろう」
亨が司の肩をポンと叩いて言った。
「そうかしら?藤村さんの気持ち、わたし、よく分かるような気がする。横山さん、藤村さんのこと、しっかり捕まえておいてあげないと、今のままじゃ…」
珍しく涼子が、熱い口調で話に割り込んできた。望も初めて見せる涼子の表情に驚いた。
「へぇ~、あいつは、そんなに女たらしなのか?」
亨が、冗談めかして言うと、涼子はムキになって反論した。
「違うわ!孝太君はそんな人じゃないわ。だけど、藤村さんのことは、高校生の時からずっと、好きだったみたいだし…。この間、再開してからちょっと変なの。今のままじゃ、温子がかわいそうなんだもの」
「まあまあ、個人的なもめ事はその辺にして。もっと楽しみましょうよ」
そう言って、望は席を離れた。替わりに、鵬翔が若葉と綾を連れてやって来た。
「恋の悩みならボクが相談に乗るよ。」
そう言って、サングラスを外した。雰囲気が、がらっと変わった鵬翔の顔を見て、若葉と綾は一瞬だけ二人で顔を見合わせ、すぐに大笑いした。
「キャア!鵬翔さんかわいい~」
険悪なムードが一瞬にして変わった。司は、白けた気分で席を立ち、知美の隣に座った。良介の隣にいた望が、司にウインクして「しっかり!」と言うような目配せをした様に見えた。
涼子は、温子の隣に座って、孝太に「美大の女の子なんかに浮気しちゃダメだよ」みたいなことを言うと、温子と二人で盛り上がり始めた。
孝太は、「やれやれ」と言う表情で席を立つと、温子に手を振り、トイレへ向かった。孝太がトイレから出てくると、トイレ脇にある電話が鳴った。VIPルーム用の内線電話だ。
「ど~お?盛り上がってる?」
声の主はあすかだった。
「あなたは?孝ちゃん?レコーディングが早く終ったから、今からそっちに向かうよ。良介によろしく言っておいて。それから、温っちゃんにお土産があるの!楽しみにしててって伝えて」
「温子に?」
「そう!きっと喜んでくれるわ」
孝太はトイレから戻ると、温子を捜した。温子は涼子と一緒に亨達の席に移っていた。孝太は温子に、あすかの伝言を耳打ちした。温子は、感激して、いつものハイテンション娘になった。
「さあ、盛り上がりましょう!皆川さん、なにか唄って下さいよ」
若葉と、綾も亨の歌を聴きたいとせがんだ。
「よしっ!一丁やるか。吉川なんて、どうだい?」
孝太は、温子にウインクしてから、良介に伝えた。
「あすかさんが来るそうです」
「分かった!それはそうと孝太、ちょっとここに座れよ」
良介は、孝太を自分の隣に座らせた。そこはつまり知美の正面だった。知美は、怒ったような表情で孝太を見ている。さっき、温子に耳打ち話をしたのが、ここからだと、キスをしているように見えたのだ。
「広瀬君が、こういうところで女の子にキスをするような人だとは思わなかったわ」
「キス?」
「そうよ!今、向こうのミニスカートの娘にキスしたでしょ?」
「違う、違う!伝言を伝えただけだよ」
孝太は、必死に手を振って弁解した。
「藤生村さん、安心してよ。こいつは、そんなに大胆なことなんて出来ないよ。そう言う事は君の方がよく知っているはずじゃないのかい?」
隣で良介が弁護してくれた。
「そうよね!昔からそう…」
そう言って、知美は顔を曇らせた。そんな知美の表情を、司は複雑な心境で見守った。良介は、そんな横山を見て、その辺りの三角関係の図式を一瞬のうちに頭の中に浮かべた。
「おやおや、なんだか意味深だねえ。そう思わないかい?横山君」
不意に話しを振られて、司は飲んでいたカクテルをのどに詰まらせた。ステージでは亨のワンマンショーが繰り広げられている。望が、良介の腕を引っ張って、怒鳴りつけた。
「バカ!この鈍感男!」
良介がキョトンとしていると、ちょうどそこへジーンズに黒のデザインシャツを着て、スポーツキャップを目深に被りサングラスを掛けた、あすかが入ってきた。
武蔵野台美術大学の連中は、まだ、彼女が、氷室あすかだということに気が付いてはいないようだった。
手を振って、良介に挨拶をすると、あすかは温子の隣に座った。そして、ステージの亨に目をやった。
「彼、だれ?なかなか、いい線いってるじゃない?」
そう言って、いきなり現れた女性はサングラスを外した。ステージにいた亨が、歌うのを中断して叫んだ。
「ひ、ひ、氷室あすか!」
若葉と、綾も同時に「キャア~」と悲鳴を上げた。
廻りが飛鳥の登場に興奮している中、知美だけは、“我関せず”と言った感じで、久しぶりの孝太との時間を惜しむかのように、話しを続けた。司も、時折、話に割り込もうとするが、なかなか共通の話題にたどり着けなかった。
「どう考えても、同じ土俵じゃ分が悪い。こりゃあ、作戦を立てて、仕切直しだなぁ」
司は、そう悟ると、席を立ち、亨達の席に移った。入れ替わりで、温子が知美の隣にやってきた。もちろん、孝太と知美が高校の同級生で、知美が孝太に好意を持っていることも知っていたので、偵察に来たといったところだった。
温子は、アニメの話しで知美の気を引き、孝太と知美が二人だけの世界に浸ることのないよう、その場の主導権を握った。温子と知美の間では、緊迫した空気が張り巡らされている。
さすがに、この頃には、鈍感な良介にも、4人の四角関係が理解できるようになっていた。つまり、三角どころではなかったということにようやく気が付き始めている。
「そういうことなのか?」
良介は、そっと、望に確認した。
そんな空気の中、温子と知美はお互いに、起死回生の逆転ホームランを狙っていた。ちょうどその時、知美は、トイレに立つ涼子の姿を目にした。知美は、ふと、ひらめいた。
「ちょっとごめんなさい。私、トイレに行って来るわ」
VIPルームのトイレは、かなり広かった。黒い御影石が敷き詰められた床には、真鍮の目地棒で幾何学的な模様がデザインされている。壁には、白い大理石が貼られていて、マーブル調のカウンターにはワインレッドの洗面ボウルが埋め込まれている。二人が同時に入っても、充分、余裕がある広さだった。
涼子が、鏡の前で、髪型を整え直していると、知美が入ってきて涼子の隣に並んだ。
「こうして見ると、本当によく似ているわね」
鏡を見たまま、知美が言った。
「本当…。なんだか、とても不思議」
涼子も、鏡に映った自分と、知美を見比べながら言った。
「ねえ?」
知美は、ニヤッと笑い、涼子の方を見た。




