27.ドレスコード
27.ドレスコード
濃いグレーのパンツに、エンブレムのついた紺のブレザー、黄色いワイシャツにグリーンのストライプが入ったネクタイ。皆川徹は、かの有名な“F&N”の扉の前に立っていた。チェックのスーツを着た、小田切薫も一緒だった。
やがて、黒のパンツスーツを着た石川若葉と白いミニスカートにベージュのジャケットを羽織った米村綾がやって来た。
「お待たせしちゃって申し訳ありません」
若葉が、綾を指さして、付け加えた。
「綾が、何を着ていけばいいのか迷っちゃって、待ち合わせに遅れちゃったものですから」
すると、綾も若葉を睨みつけて言い返す。
「だって、ドレスコードがあるから、おしゃれして行かなきゃって、悩んじゃったんだもの」
しきりに頭を下げている綾を見て、亨は人差し指を顔の前に差し出した。
実は、薫が伸一に“F&N”がどんな店かを尋ねた時に、午後7時からはドレスコードがかかって男性はネクタイ着用、女性はスーツかジャケット、またはイヴニングドレスに相当するものを着用しなければ門前払いだと聞かされていたのだ。
「ノープロブレム!まだ時間はある。それに、もっと遅いヤツがあそこにいる」
藤村知美が、辺りをきょろきょろ見回しては、地図とにらめっこしながら近づいてくるのが見えた。
知美は、大学の講義を終えてから、一度家に戻った。
この日は司とは一度も顔を合わせなかった。洋子にあんな話を聞かされてからは、“気にするな”と言われても、気にならない方がおかしい。だが、孝太とまた会えると思うと、そんな気持ちもいつの間にかどこかに消えてしまった。
クローゼットの扉を開いたまま、しばらく立ちすくんで目の前にぶら下がっている服を着た自分を想像してみる。
「よしっ!決めた。これにしよう。」
知美は、黒いワンピースとお揃いのボレロを取り出した。大きく背中が開いたその服は、父親が、大学に合格したお祝いにあつらえてくれたもので、従兄の結婚式の時に、一度来ただけのものだった。
こんな服、そんなときしか着る機会はないと思っていたのだけれど、今、知美が持っている服の中では、いちばん高価で、大人びた服でもあった。
服を着替えて、鏡の前に立つ。
「なんか違うなあ。これじゃあ、まるでお葬式だわ。」
悩んだあげく、知美が選んだのは、薄手の白い生地に黒の花柄をプリントした、膝下までのスカートに、デニムのジャケットだった。
ちょっとカジュアルすぎるかな?とも思ったが、着ていく服のせいで、“お高い”イメージを与えるのは嫌だった。そして、シューズボックスから、少しヒールの低い白い靴を取りだし、玄関へ向かった。
地下鉄の駅を出てから、しばらく地図を見ながら、どちらへ行けばいいのか迷っていた。
結局、お店を知っていそうな若いカップルに、尋ねることにした。
若いカップルは、たった今“F&N”に行って来たところで、今日は貸し切りだから行っても無駄だと教えてくれた。けれど、場所だけはざっと説明してくれた。知美は教えられたとおりの、道順を進んできたつもりだったが、一向に見つけることが出来なかった。焦っているところに、聞き覚えのある声で話しかけられた。
「お嬢さん、どちらへ?」
振り向くと、司だった。
白いパンツに濃い青のジャケットを羽織っている。司は、軽く笑みを浮かべながら、知美の手をとった。
「急がないと遅れちまうぜ!」
そう言って、司は、亨達の方を指差した。
“F&N”は目の前だった。
「まったく二人とも世話がやけるぜ」
亨は、司に目で合図を送って、“F&N”の扉を押し開けた。
「お待ちしておりました。お客様」
二人のウエイターが、亨達を迎えてくれた。
全員が店内にはいると、ウエイターの一人が外に出て、“close”の札を掛けた。そして、奥の“VIP”ルームへと案内してくれた。
小田切は、店内を見回して、「すごいなあ!」を連発していた。若葉と綾も、雑誌などで見たことはあるのだけれど、実際に来たのは初めてだったため、キャアキャア騒いでいる。もちろん知美もそうだった。
聖都の面々は、既に来ていた。
「ようこそ!CIPへ!」
良介が亨達を迎えてくれた。奥で、伸一が笑いながら、手を振っている。
伸一は、ジーンズにTシャツ、革ジャン、鵬翔は綿のパンツにポロシャツ、孝太もジーンズにTシャツだ。
温子は短めのスカートにデニムのブラウス、涼子はベージュのフレアスカートに襟なしのシャツとガーディガン姿だった。
望は、黒のパンツスーツで、良介は、ブレザーを着ていたが、ノーネクタイだった。
亨達は“どういうことだ?”と言うような顔で、入口に立ちすくんでいた。そして、一斉に薫の方を見た。
「クソッ!かつがれた。」
と薫。
薫は、バドワイザーを一気に飲み干すと、向かい側に座っている伸一を睨みつけた。もはや、上着も脱ぎ捨て、ネクタイも外し、ワイシャツは二つ目までボタンを外して袖をまくっている。
「バカにしやがって!よくもやってくれたな。」
伸一は、未だに笑いをこらえながら、かろうじて答えた。
「勘弁してくれよ。逆のパターンなら洒落にならないがな。それに、けっこう格好いいぞ。薫。あの娘らも可愛くてモテモテじゃないか。」
隣のテーブルでは、良介と鵬翔が若葉と綾、それに知美をもてなしている。
亨と司は、望と涼子がいるテーブル席で談笑している。
「ひろせさんだっけ?」
亨が涼子に尋ねると、望みが口をはさむ。
「うちは、“ひろせ”だらけだから、下の名前で呼んでちょうだい。彼女は涼子。涼ちゃんにしましょう」
「そう言えば、お前のライバルも“ひろせ”だったな」
亨が司の方を見て言う。
「ライバルって?」
涼子が聞き返す。
「ああ、そう言えば、君は…。涼ちゃんは、うちの藤村さんに本当によく似ているね」
「そうですね。ボウリング場で初めてあったときにはビックリしたわ」
「それで、ライバルってどういうこと?」
「失礼!こいつ、その藤村さんにメロメロなんだ。それが、あの日以来、藤村さんの心があいつんとこに行っちゃったんで、気が気じゃ…」
そこまで喋ったところで、司が亨の口を押さえて弁解した。
「そんなんじゃないさ。俺はただ…」
そう言って、司は知美の方を見た。




