26.そうと決まれば即行動
26.そうと決まれば即行動
天井は白いクロスが貼ってある。そして、仰向けに横になったベッドの真上には氷室あすかのポスターが貼ってある。温子はベッドに仰向けになって、考えていた。
「もぉ~なんなの?あの藤村って娘。孝ちゃんとどんな関係なのかしら?」
温子は、知美に会ってから、孝太の様子が少しおかしいと感じていたのだ。そして、最初に温子たちに…。いや、温子たちと言うよりは涼子に会ったときに驚いた顔をしていたのを思い出した。
「あのとき、孝ちゃんが驚いた顔をしていたのは、涼子があの娘にそっくりだったからだわ。だとしたら、孝ちゃんが、本当に好きなのは誰?私?それとも涼子?」
温子は、そんな風に考えた。そして、こう思いこむことにした。
仮に孝太が、高校時代に藤村知美と付き合っていたとしよう。そして、大学に進学したのをきっかけに分かれた。聖都に来て、涼子に会って、彼女にあまりにも似ていたので驚いた。でも、驚いただけ。それだけ。そして、アルバイト先で知り合った温子と過ごしているうちに温子にひかれるようになった。今は、誰よりも温子のことが好き。だから、藤村知美も広瀬涼子も、孝太にとっては過去の思い出。
若しくは、本当は付き合っても居なかった。ただ、二人がそっくりだったから驚いただけ。
「そう!何も問題ないわ。私がしっかりしなくちゃ。もっと孝ちゃんを支えてあげなくちゃ。そうよ!そうだわ。孝ちゃんが、迷ったりしないように!でも、あの娘は孝ちゃんのことが好きなのかもしれないわね。油断は禁物だわね。そうと決まれば、即行動しなくちゃ」
温子は、ベッドから飛び起きると部屋を出た。
「ちょっと、出掛けてくる」
「こんな時間にどこへ行くの?」
キッチンの方から母親が心配そうに声を掛けた。
「バイト先に忘れ物して来ちゃったの」
「また明日行けばいいじゃない」
「明日はバイト休みだから。それに、明日涼子と出掛けるときに必要なものなの」
「仕方ないわね。気を付けて行ってらっしゃい」
「いやねえ。もう、子供じゃないんだから!あとで電話するね」
そう言って、家を出た。
「もう、子供じゃないんだ…」
心の中で、そう呟いて駅への道を走った。行き先はもちろん、孝太のアパートだった。
まさか、あんなところで藤村知美に会うなんて。
孝太は、テーブルの上に置かれた1枚のメモ用紙を見ていた。卒業式の時に知美に手渡されたメモ用紙だ。進学する武蔵野台美術大学の地図に、東京の下宿先の住所と電話番号が書かれている。そして、孝太へのメッセージが“一緒に東京だね!これからは、ゆっくり会えたらいいね。落ち着いたら連絡して下さい。”と書かれていた。
正直、聖都で広瀬涼子にあったときには、知美が孝太に会いに来てくれたのではないかとさえ思った。温子と付き合うようになってから、何度もこのメモは処分しようと思った。けれど、結局は出来なかった。温子には申し訳ないと思いながらも、孝太の中からは知美の存在が消えることはなかった。
その時、玄関のドアをノックする音が聞こえた。孝太はメモ用紙をあわててジーンズのポケットにねじ込んだ。
ドアを開けると、温子が飛び込んできて、しゃにむに孝太に抱きついた。そんな温子を受け止めながらも、知美の顔が頭の中をよぎった。
「どうしたんだ?こんな時間に」
孝太はドアを締めて温子を抱きしめた。
「会いたくなったから来ちゃった。」
無邪気にそう告げる温子の目には、涙が一粒流れ落ちようとしていた。
知美のことで、温子が不安になっていることは、孝太も感じていた。出来るだけ、気にしていないように装っているのが、かえって不自然で温子らしくなかった。
いずれにしても、このままの状態を続けていたら、傷口が大きくなって取り返しが付かなくなる。しかし、今の孝太には、どうしていいのか分からなかった。とにかく、今は、温子を抱きしめることがいちばんだと、そう思えた。




