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22.愛情のスパイス

22.愛情のスパイス


 駅とは反対の方角へ歩けば公園があるが、温子が「色々お店を見て回りたい」というので、駅前の商店街の方へ行ってみることにした。途中、長寿庵の器を店に返して、駅前商店街を手前の端から見て歩いた。孝太は普段、用のある店にしか行かないし、その殆どはスーパーなので、こうして一軒々々みて廻ることなどなかったせいか、いろんな種類の店があることに驚いた。

駅までは、線路際に店がなく、通りの片側にだけ店が並んでいる。まず、コンビニの隣が長寿庵で、もんじゃ焼きや、酒屋、薬屋、駄菓子屋、洋服屋、本屋、また別のコンビニ、また洋服屋、文房具屋、布団屋、八百屋、ラーメン屋、雑貨屋、喫茶店、ケーキ屋、和菓子屋。ここまでが、駅のこちら側になる。

駅からまっすぐに延びる大通りを渡ると、そこから先は通りの両側に店が建ち並ぶ。駅の脇に立ち喰いそば屋、隣接したビルには居酒屋、和風の小料理屋、本屋、ハンバーガーショップ、洋風レストランなどが入っている。その奥には木造2階建ての長屋のような住居兼店舗になっている建物にいろんな店が連なっている。向かい側のビルには、バーやスナックなどの飲み屋が入ったビルがいくつか建てられている。

 孝太と温子は、駅前まで来ると、右に曲がって大通りに入っていった。デパートや大手のスーパーなどの他に、銀行や郵便局などの主要施設が集中している。

二人は、家電製品の大手量販店へ入った。時間をつぶすには、この手の店がもってこいなのだ。特に何かを買うわけでもないのだが、店員に“何にいたしますか?”などとつきまとわれる煩わしさもなく、新しい製品を見て回るだけでもけっこう満足感に浸ることが出来る。

温子は、今まで使っていたものが壊れたと言い新しいウォークマンを買った。孝太は3口のコンセントと延長コードを買った。

 次に、レコード店へ入った。孝太は、ビートルズのレコードが並んでいる洋楽のコーナーを探した。今日は買うつもりはないが、“次に買うとしたら何がいいだろう?“などと考えながらレコードを手に取って見ていると、温子が耳にイアホンを差し込んできた。孝太は一瞬ビックリしたが、聞こえてきたのはまだ聞いたことがない洋楽の曲だった。温子がカセットテープのパッケージを見せてくれた。ビートルズのベスト盤の赤だった。流れている曲は“LOVE ME DO”だった。

「私も買っちゃった!」

そして、もう一方の手には青のベスト盤のカセットテープを持っていた。

 その後は二人でイアホンを片方ずつ付けて歩いた。温子は、孝太の腕にしっかりと自分の腕を巻き付けている。

「少し休もうか?」

そう言って、孝太は路地の方に目をやった。温子が孝太の目線の先を見ると“ホテルラガール”のネオンが見えた。

「いやだ~、孝ちゃんったら何考えてるの?真っ昼間から~。」

「昼間っからコーヒー飲むのがそんなに変か?」

そう言って孝太は路地の手前にあった喫茶店のドアを開けた。

「な~んだ、そっちか。」

温子は、店に入る前に、ちょっと残念そうに路地の奥のネオンを見た。

 喫茶店を出ると、温子が孝太の腕をひっぱてある場所を指さした。そこには“合い鍵”と書かれた看板を出している金物屋があった。孝太は、アパートの鍵を取りだし店の店員に差し出した。店員は馴れた手つきで、鍵を削っていく。二人は感心しながら鍵が出来上がるのを見ていた。温子は、合い鍵を手に取ると、嬉しそうにそれを眺めてからジーンズのポケットに突っ込んだ。

 その後、二人は大通りをそのまま進んでビジネス街に入る通りの手前を右に曲がって、アパートの前の通りと交差するところにある公園にさしかかった。ちょうど焼き芋やの軽トラックが通りかかったので、1本買って半分ずつを公園のベンチに座って食べた。

兄妹らしき男の子と女の子が、ブランコで遊んでいる。お兄ちゃんの方が妹の背中を押している。

 温子は、ポケットから孝太の部屋の合鍵を出してうれしそうに眺めては鍵の凹凸を触っている。

「わたしね、鍵を持つのって初めてなの。家には必ず、おかあさんか、泊まり込みのお手伝いさんがいて、家に誰も居ないってことがほとんどないの。わたし、いい子にしていたから、夜遅くに帰ることもなかったし、鍵は必要なかったの。だから、うれしくて…」

ビルの影が二人の座るベンチの辺りにまで延びてきていた。孝太は、そっと温子の肩を抱き寄せた。

「さあ、そろそろカレーが食べ頃かな」

二人は立ち上がると、アパートの方へ向かって歩き出した。ブランコには、もう兄妹の姿はなかった。


カレーの出来映えはまずまずだった。

温子が買ってきたカレーのルーは二種類のメーカーのどちらも辛口だった。どちらかというと、辛いものが苦手な孝太はヒーヒー言いながらも2杯食べた。温子は、辛いものが大好きだと言って、1杯と半分をぺろっとたいらげた。

「孝ちゃんのカレー美味しいわ。家で食べるのとは、また違った美味しさだわ」

温子がティッシュペーパーで口元を拭きながらそう言うと、孝太は、コップの水を一気に飲み干してから言った。

「市販のカレールーを使って作るんだから、誰が作っても同じ味になるんじゃないか?」

事実、変わった味付けは何もしていない。

温子は、孝太の言葉を否定するように首を横に振りながら言った。

「そんなことないわ。もし、そうだとしたら、きっと、愛情のスパイスがいっぱい入っているんだわ。」

愛情のスパイスか…。孝太は、微妙な違和感を覚えながらも、照れたように笑って見せた。








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