21.BGMはビートルズ
21.昨日のカレー
部屋にはビートルズの“IN MY LIFE”が流れている。
孝太は、入学式の後“F&N”へ向かうときに日比野が運転する車で流れていたビートルズのメロディーが耳に残っていた。後日、日比野に聞いてそれがビートルズなのだと知った。孝太ももちろん、ビートルズは知っていたが、曲は“YESTERDAY”か“LET IT BE”くらいしか知らなかった。
「アルバムを初めて買うなら、“RUBBER SOUL”がいいかなぁ」
日比野のおすすめで“RUBBER SOUL”を買ってきた。バイトの金も入ったので中古のレコードプレーヤーも買った。初めて買ったレコードには青リンゴのラベルが貼られていた。B面には半分に切ったリンゴ。
孝太は、待望の炊飯器で米をといで仕込んだ。曲は“RUN FOR YOUR LIFE“に変わっていた。アルバムの最後の曲だ。
冷蔵庫をのぞいたら空っぽだったので、食料を仕入れに行くことにした。レコードプレーヤーのアームを固定して電源を切った。レコードはそのままにして、白いパーカーを羽織った。
部屋を出て、ドアに鍵をしたとき、鉄骨の階段を上がってくる足音が聞こえた。足音がする方に顔を向けると、温子が買い物袋を両手に抱えて上がってくるところだった。
「あっ!孝ちゃんどこ行くの?」
「ああ、ちょっと買い物…。でも必要なくなったみたいかな」
温子から買い物袋を受け取ると、閉めたばかりのドアの鍵を回してドアを開けた。温子を先に部屋へ入れてから、自分も入った。
「ねぇ?これどうしたの?」
部屋に入ると温子がプレーヤーに置かれたままのレコードを手に取り、聞いた。孝太は、キッチンの流し台に買い物袋を置くと中を確認した。タマネギ、人参、じゃがいも、豚のこま切れ肉…。カレーの材料だった。
「買ったんだ。ほら、この前、事務長が車で聞いてたやつ。なんか気に入っちゃって」
「ふ~ん。ねぇ?聞いていい?」
温子は言うより先に、アームをレコードにそっと降ろした。アルバムの最初の曲“DRIVE MY CAR”が流れ始めた。
「昼飯は食ってきたのか…」
今からカレーを作ると、昼飯には間に合いそうにない。
「…まさか、こいつのつもりじゃないよなぁ!」
孝太はそう言って、温子が抱えてきた買い物袋を掲げて見せた。
「それはそれ!お昼の分は、今、そこのおそばやさんに頼んできたわ」
温子は孝太のアパートに来る途中、商店街のスーパーで買い物をした後、角のコンビニの隣にある“長寿庵”でカツ丼ともりそば、鍋焼きうどんを頼んで来たと言った。
「そりゃあ、気が利いてるね…。って言うか、俺が居なかったらどうするつもりだったんだ?」
「そしたら、一人で全部食べるわよ」
「そうじゃなくて、部屋に入れないだろう?」
「それもそうね!そしたら、部屋の前に座って食べればいいでしょう?だけど、それじゃあ、ご近所に迷惑だよね!だから、そんなことがないように合い鍵をちょうだい!」
そう言って、温子は両手を会わせて“おねだり”のポーズをして見せた。孝太は、あきれて、温子の手をパチンと叩いた。そうこうしているうちに、長寿庵の出前が届いた。
B面の2曲目“GIRL”が流れ始めたところだった。温子は自分で鍋焼きうどんを取り、孝太にはカツ丼と盛りそばを差し出した。
部屋中にカレーのいい匂いが漂ってきた。台所に立っているのは、もちろん孝太だ。今夜、温子と“昨日のカレー”を食べるために、昼飯を食ったらすぐに支度にかかった。一旦仕上げてから、夕食の時間まで冷ましておくためだ。
温子はカレーを作っている孝太の横に来て、鍋のふたを開け、カレーの臭いを一杯吸い込んだ。
「“昨日のカレー”楽しみ~!夕方まで時間があるから、散歩にでも行こうよ!」
「いい気なもんだなぁ。普通、こういうのって、女の子が彼氏のためにやってくれるもんじゃないのか?」
「そのうち、何か作って上げるわ。だけど絶対、孝ちゃんが作った方が美味しいよ!」
まあ、いつの話か分からないけど、孝太は料理をするのも嫌いではないし、温子が喜ぶ姿を見るのも悪くないと思ったので、それ以上のことは言わなかった。孝太は、カレーが仕上がったので、一旦、火を止めて、温子と散歩に出掛けることにした。




