1.夢に向かって
1.夢に向かって
目の前には、れんが造りの重厚で歴史を感じさせる趣のある門がどっしりと構えている。
門にはめ込まれた銅板のプレートには緑青が浮かび上がり深い歴史と威厳を醸し出している。プレートには『國立聖都大學』の文字が刻み込まれている。
門の脇には平屋建ての守衛所があり、小太りの守衛が一人門のそばに立っている。建物の中には他に二名の守衛がおり、外来者の受付を行っている。
門をくぐると、両側に桜並木を称えた本館への道がまっすぐに続いている。桜の木にはようやく蕾が開き始めようとしていた。
3月の終わりではあったが、今日は少し風が冷たい。彼はVネックのセーターにジーンズ地のジャケット、綿のパンツに、かなり使い込まれたバスケットシューズを履いていた。
正面には蔦が絡まる校舎が厳かにそびえ立つ。春の日差しを浴びて、この門をくぐる全ての者には、未来が約束されているかのようだった。名門中の名門といわれる、この聖都大学には、そんな雰囲気が漂っていた。
初めて受験のためにここを訪れたときは、廻りに目をやる余裕などなかった。今、こうして、改めて見てみると、その存在感に圧倒される。
聖都に入学することは、受験戦争を勝ち抜いて選ばれた、ほんの一握りの人間にだけ与えられる特権なのだ。そして、今、まさに彼は、この門をくぐることを許されたのだ。
もともと、そこそこの成績ではあったが、小学校・中学校の時はそれほど勉強に対して強欲だったわけではない。
普通のサラリーマン家庭に生まれ、普通に過ごしてきた。彼が中学を卒業する間際に、父親が病気で他界した。残されたのは、世間知らずの母親と小学校にあがったばかりの弟と、わずかばかりの生命保険金だけだった。
たいした出世もしていなかった父親の死に対する会社側の示した誠意はお見舞い程度の手当てだけだった。不景気だから申し訳ないということであった。借金がなかったのは不幸中の幸いであった。
このときに彼は痛感した。普通の人生を必死に生きてきたのに、こんな寂しい結末を向かえるなんて。死んでしまった本人は悔いもあっただろうが、それなりに満足していたかもしれない。残されたものは、どうだ?路頭に迷うことはないにしても、苦労して生きて行かなければならないことが目に見えている。
こうならないためには、どうすればいい…。ある程度の社会的地位と富を蓄えておかなくてはならないだろう。そのためには…。今からでも間に合うだろうか?いや、何とかするしかないのだ。
高校は地元の公立校に既に決まっていた。私立の進学校を受験するには遅すぎるし、間に合ったとしても、もはや経済的な余裕などなかった。
ここへ入るために、猛勉強をした。家計を助けるためにアルバイトをせざるを得なかった。はやりのゲームや人気者のアイドル、お笑いタレントの名前も知らなかった。
学校ではそんな話題についていけなかったし、そんなたわいもない話しをするために時間を費やす気にもならなかった。カラオケボックスにも行ったことがない。クリスマスやバレンタインもなかった。
その甲斐あって、ようやく夢が現実に一歩近づいた。聖都に入ることが夢だったわけではない。この大学で過ごす4年間、そして卒業してから社会に出て生きる場所。夢はその先に待っている。
人並み以上の“社会的な地位”と“富”そして、誰もが羨む“幸せな家庭”である。
そんなものが“夢”か?とバカにされるかもしれないが、たいした才能も、名門と呼ばれるような家柄もないものにとっては、それ以上の“夢”があるものか。3年間の高校生活を犠牲にしただけの見返りは、それだけ価値があるものだと思っている。




