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18.奈津美と望

18.奈津美と望


 七瀬奈津美は、望の10歳ほど年の離れた義理の姉だ。母親は同じだが、父親が違う。二人とも戸籍上は同じ父親と母親の間に生まれたようになっている。

母親の芙佐子は、望の父親である恵一と結婚する前に良介の父親である日下部良太郎の秘書をしていた。小さな広告代理店から始めて、一代で国内トップクラスの会社に押し上げた日下部良太郎は、仕事もやったが、会社が軌道に乗ってくると、金に糸目をつけずに遊び歩いた。

その頃、芙佐子はまだ大学生だったが、良太郎が企画した有名お嬢様学校とのお見合いパーティーで良太郎に見初められ、秘書として良太郎の会社に採用された。

良太郎は商談の場には必ず芙佐子を同席させた。プライベートでもかなり親密な仲になっていた。だが、良太郎は会社をさらに大きくするために、得意先の一人娘と婚約した。芙佐子は、黙って身を引いたが、そのとき既に芙佐子のおなかの中には奈津美いた。もちろん、父親は良太郎に他ならない。

良太郎は、芙佐子と別れたものの、芙佐子を愛する気持ちまで切り捨てることは出来なかった。そこで、芙佐子を部下の七瀬恵一に託すことにした。恵一が密かに芙佐子に想いを寄せていることを良太郎は知っていたからだ。恵一はすべての事情を知った上で、それでも、芙佐子と一緒になることを望んだ。

 七瀬恵一は良太郎と違って、真面目を絵に書いたような男だった。しかし、芯が強く良太郎とは何かと衝突することも多かった。恵一はマーケティングにおいては良太郎も一目置くほどのスペシャリストだった。良太郎も恵一を信頼して、重要な商談においては恵一の意見を無視することが出来なかった。恵一は、商談の席で、いつも良太郎に同行していた芙佐子に、いつしか惹かれるようになっていた。

 芙佐子は、夫として、父親として生涯を伴にするのなら、七瀬のような男の方が良いと判断した。一人で奈津美を育てていくことも考えてみた。おそらく良太郎は、充分な援助をしてくれるだろう。しかし、父親の存在は必要だ。それが実の父親ではないとしても…

 七瀬は夫としても父親としても申し分なかった。仕事の方は相変わらず忙しかったが、極力、家族と過ごす時間を作ろうと努力していた。

会社が今の地位を確立してからは、良太郎の片腕として専務職にまで昇進を果たした。この頃から、多少の余裕が出来た。そして、望が生まれた。

 “F&N”は良太郎が芙佐子と奈津美のためにオープンした店だった。“F&N”のFは芙佐子、Nは奈津美のイニシャルから取ったものだ。

奈津美は、望とも良介とも異母兄弟になるが、望は良介と血のつながりはない。

良介の父、良太郎は大手製薬メーカーの一人娘、香苗かなえと結婚してからも、相変わらず豪遊を続けていた。数人の愛人もいたが、結婚してからは一線を越えることはしなかった。香苗との結婚は、ある意味、政略結婚とも言えたが、香苗の方が良太郎を、ことのほか愛していたので、いつしか良太郎も仕事の道具としてではなく、一人の女として愛するようになっていた。そして、良介が生まれてからは、一切の豪遊を慎むようになった。それから、父親としての自覚と共に、我が子のために今の会社を出来るだけ大きくしておきたいと思うようになったのだ。

 元々、一代で築き上げた会社であった。“今が楽しければ、それでいい”というような考え方をする性格だった良太郎は、広告のキャッチコピー一つをとっても、クライアントの企業イメージとはかけ離れた文句を打ち上げることもあった、それがまたヒットした。

何事にも恐れを持たず、ひたすら自分の感性だけで突き進んできた。その結果“宵越しの金は持たない“と言いつつ、それでも使い切れないくらいの金が転がり込んできた。

 芙佐子と出会ったのはそんな頃だった。良太郎に金目当てで近づいて来る女は五万といた。芙佐子はそんな女達とは少し違っていた。家柄も、いわゆる上流階級とまでは行かなくても、それに近いものだった。故に、金に対する執着心もなかったのだけれど、なによりも良太郎が気に入ったのは自分を特別扱いしないところだった。

 香苗と結婚してからも、部下の七瀬共々ホームパーティーに招いたりして交流を保ち続けていた。決して、お互いが、ぎくしゃくすることのないよう、七瀬を立て、七瀬の妻としての芙佐子を敬うように、心がけていた。

奈津美が二十歳になったとき、七瀬に言って奈津美のために“F&N”をオープンさせた。芙佐子は、最初、良太郎の申し出を断ったのだが、奈津美がどうしてもやりたいと言うので、芙佐子本人は、店には顔を出さずに、全てを奈津美に任せるという条件で申し出を受けることにした。

 奈津美は、自分の本当の父親が良太郎だということを、高校を卒業したときに両親から聞かされて知っていた。その時は、相当落ち込んでいたが、良太郎の血が濃いのか、“悩んでいても仕方がない”と前向きに考えるようにしたのだった。

望はそのことをまだ知らない。小さい頃から、家族同士で付き合っていたので、“腐れ縁”とは言え、望がいつしか良介に対して男友達以上の感情を持つようになったのは当然といえば当然の結果だった。

奈津美は、そんな妹の気持ちを良く理解していた。また、弟の性格や人柄も知り尽くしていた。

良介も、“F&N”の常連ではあったが、聖都の入学式の後、CIP歓迎会を“F&N”で行うよう提案したのは奈津美だった。


この日は、一足先にやって来た氷室あすかにも協力して貰い、望と良介を正式に恋人同士と呼べるような関係に持ち込もうと打ち合わせしていた。

作戦はこうだ…。

あすかが良介を酔わせてしまう…。あすかは酒がものすごく強い…。そして、他のメンバーを引き連れて、とっとと消えて貰う。酔っぱらって取り残された良介を、望が介抱しながら、奈津美が予め予約しておいたホテルへ連れて行かせる…。

そんな作戦だった。

 乾杯が終わると、奈津美は望の耳元でささやいた。

「今日こそ、良介君をものにしちゃいなさい。あすかちゃんも協力してくれるから…。それと、プリンスホテルのスゥイートを取ってあるわ」

そう言って、立ち上り、良介に向かって言った。

「それではどうぞごゆっくり。」

そしてその場を後にした。





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