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16.シークレットゲスト

16.シークレットゲスト


部室で氷室あすかと待機していた孝太は、どうしていいのか分からず、ただ無言で入口のドアの前に立っているしかなかった。しばらく何とも言えない気まずい雰囲気が続いていたが、あすかが孝太に声を掛けた。

「ねぇ? さっき、望ちゃんが男の“ひろせ”とか、女の“ひろせ”とか言っていたけど、どういうこと?」

突然だったので孝太はビックリしてあすかの方を見た。あすかはソファーの背もたれに両手を添えて上半身だけ孝太の方に向き直って微笑んでいる。

「え~と… その~… つまり…」

緊張してしどろもどろの孝太に、あすかはソファーの方へ来るように促した。

「いいから、とりあえず、こっちへ来て座りましょうよ。ねっ!」

孝太はあすかの向かい側に座り質問の返事の続きを喋り始めた。

「僕たちは今年入ったばかりの新入生なんですけど、三人とも名字が“ひろせ”なんですよ。だけど親戚でも何でもなくて、本当に偶然で…」

あすかも他のメンバー達と同じように驚いて浩介の話を聞いていた。孝太はその後も色々と聞かれたことに答えていた。

孝太があすかや“万葉集”を知らないと言うと、あすかは怒り出すのではないかと孝太は心配だった。そかい、以外にも笑って「私たちもまだまだね」と言ってくれたので安心した。


一時間ほどそんなやり取りをしていると、突然電話の呼び出し音が鳴り響いた。孝太はビックリして辺りを見回すと、良介の机の上に電話があるのに気が付いた。そして、この部屋に電話があることに驚いた。あわてて、受話器を持ち上げると望の声が聞こえてきた。

「孝太君?そろそろ彼女を連れてきて」

受話器を置くと孝太はあすかの方を見た。あすかは既に立ち上がっていた。

「それじゃぁ、ご案内します。」

そう言うと、孝太は部室を出て、いつもとは逆の方へ向かった。望の指示でそうしたのだ。


非常口を出て、外階段を下りると、厨房の通用口がある。そこから入って厨房を通り抜けステージ脇へ来るように言われたのだ。二人が厨房を抜けて、ステージ脇のスゥイングドアの手前まで来たときにあすかを紹介する良介の声が聞こえた。

「それでは、皆さん本日の特別ゲストにご登場願いたいと思います。何があっても落ち着いていて下さいね!では、どうぞ!」

良介がタイミングを見計らって、スゥイングドアの方を向いて合図した。

「ありがとう!それじゃあ行って来るわね」

あすかは、孝太に礼を言ってウインクして見せた。


 あすかがステージに登場すると、場内は騒然として一気に絶頂を迎えた。BGMが“万葉集”のヒット曲に切り替わり、スクリーンにはライブのビデオが映し出された。

「初めまして。氷室あすかです。みなさ~ん、聖都大学ご入学おめでとうございます」

あすかのトークの間中、会場は興奮のるつぼとかした。

後の席にいた学生達は前へ前へと押し寄せ、高倉と鵬翔を始め運動部の面々が最前列でこれらの学生達をガードしなければならないほどだった。

あすかのトークは絶妙だった。次第に気持ちも盛り上がってきたので、今日は歌わないはずだったのに、最後に一曲だけアカペラでバラード局を披露してくれた。


あすかが厨房へ引き上げてくると、孝太と高倉が厨房の通用口まで誘導し、その後は温子と涼子が変装して、数人のガード役の学生達と時間をおいて抜け出した。

何人かの学生が彼女たちの後を追ったが、あすかではないと分かると諦めて引き返していった。

その間にあすかは男装して裏門へ向かった。そこから、手配してあったタクシーで引き上げた。

 

歓迎会が終了して、後片付けをしている間中、温子は上の空で仕事にならなかった。日が暮れて、辺りが暗くなった頃、ようやく後片付けが終わった。

良介はメンバーを集め、「ごくろうさん」と労をねぎらった。一旦、部室に戻ってから、メンバーによる孝太達の歓迎会をやるために、良介が予約している店へ移動することになった。

「まさか“大学堂”じゃないですよね?」

温子が尋ねると、望が答えた。

「まさか! 今日は特別よ。さあ、早く乗ってちょうだい。」

そう言って、望は駐車場のマイクロバスを指し示した。


 マイクロバスの中は、ちょっとしたバーさながらの内装が施されていた。メンバー全員が乗り込んだのを確認してから、良介が最後に乗り込んできた。運転席には、事務長の日比野が座っていた。

「タカさん、それじゃあ、よろしく!」

そう言って、良介は日比野に白い封筒を手渡した。

「おやすいご用だよ。どうせ帰り道だし。まあ、あまり羽目をはずしすぎるなよ」

そんなやり取りをしてから、日比野は車を出した。

良介は席に着く前に冷蔵庫から缶ビールを取りだし、高倉と鵬翔に投げてよこした。

「君達は何がいい?」

孝太達に聞き、孝太は缶コーヒー、温子と涼子はオレンジジュースを貰うことにした。それぞれに飲み物が行き渡ると、良介はカクテルの小さなボトルを望に渡して、隣に座った。

「それじゃあ、みんな、今日は本当にお疲れさま。とりあえず乾杯しよう!」

一同、飲み物を持った手を掲げた。

「乾杯!」





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