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13.温子の作戦

13.温子の作戦


実を言うと、温子は卒業式の後、涼子の家で卒業祝いのパーティーに招待されているから泊まると母親に嘘をついていたのだ。つまり、それは今夜は是が非でも孝太の部屋に押し掛ける…。そういうつもりだったのだ。

昼間、涼子にもアリバイ工作を頼んでいた。涼子は最初は気乗りしないようだったが、最後には根負けして理由も聞かずに承諾してくれた。もしかしたら、理由は薄々感ずいていたのかもしれないと温子は思ったが、隠さなければならない理由もなかった。しかし、そのときは敢えて話はしなかった。


 そうこうしているうちに、充分な時間が経過したのを見極めて温子は白々しく腕時計に目をやった。

「いけない!もうこんな時間。最終電車に間に合うかしら?」

その言葉に孝太もハッとして、店の中の時計を探した。カウンターの奥に白い文字盤の丸い時計を見つけて時間を確認した。十二時三十分!

「やばい!早く出ないと終電が行っちゃうよ」

孝太は温子の手を取って立ち上がった。急いで勘定を済ませると駅へ走った。しかし、ちょうど最終電車が出た後だった。

孝太は、時刻表と駅のデジタル表示の時計を何度も見たが、今出た電車が最終電車だったことは間違いなさそうだった。

「まいったなあ」

温子の思惑通りにことが運んだとはつゆ知らず、孝太は温子に申し訳なさそうな視線を送った。

自分は二駅なので、歩いてでも帰れるが、温子はタクシーでなければ無理だろう、そう思ってタクシー乗り場の方に目をやったが、早くも並び始めた行列をよそに、まだタクシーはそこに一台も泊まっていなかった。

温子は、一瞬困ったような表情を作った後、孝太の腕にしがみつき、諦めたような口調で言った。

「仕方がないわ。歩きましょ。どこか途中でタクシーを拾えばいいじゃない」

歩くと言っても、タクシーが捕まらなければ温子の家までは2時間以上かかるだろう。孝太は迷った。自分は二十分も歩けば済むけれど、その先、温子を一人で放り出すわけにはいかない。

下心があると思われたくはなかったが、迷った末に、孝太は思い切って温子に告げた。

「泊まらないか」

温子にしてみれば、予定通りのことだった。しかし、少し考えたふりをし手から答えた。

「泊まるだけだよ」

「もちろんさ!」

孝太は、何もしないことを約束して線路沿いの道を二人で歩き始めた。温子の髪からは、ほんのりとシャンプーのいい香りがした。


 孝太も温子も初めてだった。

孝太のアパートには、当然、布団が一組しかなかった。この時期に、布団も掛けずに寝れば間違いなく風邪を引いてしまうだろう。かといって、暖房と呼べるものは800Wの電気ストーブ一台しかなかった。必然的に二人は、ひとつの布団で寝るしかなかった。

孝太は温子に背中を向けて横になったが、後ろから温子が抱き付いてきた。

「孝ちゃん暖かい…。ねぇ、こっちを向いて」

孝太は温子の方に向き直った。お互い見つめ合ったら、あとはもう、そうなるしかなかった。

 次の日は、日下部良介に入学式の打合せに出るように言われていた。

温子は涼子と待ち合わせをしているというので、先にアパートを出た。聖都大学前駅のホームに降りると、ちょうど反対側から来た電車に乗っていた涼子が降りてきたところだった。温子は涼子に手を振り、涼子もそれに答え、二人は一緒に改札を出た。

駅から大学までは、歩いて十分ほどだった。二人は大学の中庭まで行くと噴水の前のベンチで日下部を待つことにした。







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