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12.深夜の喫茶店

12.深夜の喫茶店


 バイト先で、開店前に店の掃除をしていると、温子が近づいて来た。

「卒業式、どうだった」

孝太は、知美から貰ったメモのことを思い出したが、何食わぬ顔で弟の雄太のこと、友達の弘明のことなどを話して聞かせた。

温子は、そんな孝太の話を興味深く聞いていた。

「ふ~ん。そうなんだ。私はずっと涼子と一緒でね…」

それから温子は、自分の卒業式のことを話し始めた。

「…それで、そこの喫茶店でお茶飲んでて、今別れてきたところなの。孝ちゃんもここでバイトしてると言ったら驚いていたわ」

涼子の名前が出てきたので、孝太は一瞬ドキッとした。そもそも温子と涼子は同じ高校なのだから卒業式も同じなのは当たり前の話しだ。けれど孝太は温子と一緒にバイトしていることが涼子に知られてなぜか後ろめたく感じられた。店はこの日も多くの客で賑わい、忙しかった。

このころは孝太も店の仕事にだいぶ慣れてきて、先輩に助け船を求めなければならないようなこともなくなっていた。店が終わる頃には、孝太も温子もへとへとになっていた。

孝太は、かなり腹が減っていたので、“今日は店で飯を食う”と温子に告げた。馴染みになったとは言え、一人で牛丼を食べる気にもなれないので、温子は、昼間、涼子とお茶を飲んだ喫茶店で待っていると孝太に告げ、先に店を出た。

「おまえ達付き合っているのか?」

などとバイトの仲間にからかわれたりしながらも、余った刺身をどんぶりにたっぷり乗せた海鮮丼を孝太は腹一杯食った。そして、ロッカールームで、はっぴを脱いでジーンズ地のジャンパーに着替えると、そそくさと店を後にした。


白を基調にした外観のその店の扉を開けると、カランカランと鈴の音が店内に響き渡った。店の奥の席で温子が手を振っている。

孝太が温子の向かい側の席に着くとウエイターが水を運んできてオーダーを確認した。孝太はちらっと温子の方に目をやってから、首を横に振った。

「それではごゆっくり」

ウエイターはそう告げると無表情のまま去った。

「あら、遠慮しなくてもいいのに」

温子はそう言ってメニューを手に取ったが、正直、孝太は腹が一杯でもう何も入らない状態だった。

「たらふく食ってきたから」

と温子の厚意に感謝してから左手でお詫びのポーズをして見せた。

しばらくすると、さっきと同じウエイターがスパゲティーミートソースとオニオングラタンスープを運んできた。

「食後にコーヒーを二つお願いします。」

温子がそう言うと、ウエイターは先ほどと変わらない無表情のまま、

「かしこまりました。」

そう言ってその場を去った。

「気を使わなくても良かったのに。」

申し訳なさそうに孝太が言うと、温子はミートソースにタバスコをひと振りし、否定した。

「ちがうの、確かに水だけで何時間もいるのは気まずいだろうと思ったけれど、それより女の私だけ食べていたら、周りの人が大食らいのバカ女みたいに思うじゃない!」

温子がそんなくだらないことを真剣に考えていたと思ったら、孝太はつい、吹き出してしまった。

しかし、すぐに疑問が浮かんできた。

「まてよ…。何時間もいるつもりなのか?」

温子は食べ終わると、コーヒーカップを両手で包むように持って少しずつすすり始めた。

「この席ね、昼間涼子と来たときにも座ったの。だからというわけではないんだけれど…」

 温子は少し躊躇したものの、話を続けた。

「本当は窓際の席なら、そぐに孝ちゃんも気がつくかなと思ったけれど、こんな時間に一人で喫茶店にいる女ってイヤジャない?それに、孝ちゃんが来たら今度はきっと、余計な詮索をされてしまうかもしれないし…」

そう言って、何かを確かめるように孝太の方を見た。

「そうかな?俺もさっき、店でみんなに温子とのことをからかわれたけれど、はっきり違うと言ってやったよ…」

 孝太はまるで人ごとみたいに言い、その言葉は温子にとって、冷たく感じられた。

温子は、初めて孝太に会ったときから、少なからず好意を寄せていた。孝太が店にバイトの面接を受けに来ているのを見たとき、“やった!”と、思った。

しかし、今の孝太の言葉は、孝太にはその気がないのだというように感じられて少しがっかりした。けれど、孝太の話はまだ終わっていなかった。

「…でも、俺は、みんなにそういう風に思われているのはまんざらでもないんだ。温子は嫌かもしれないけれど。」

孝太がそう続けたので、温子は嬉しくなった。

「いやだ、孝ちゃんったら、もしかして私に惚れてる?」

温子は照れ隠しに茶化してそう言った。

「まだ、分からないけれど、嫌いじゃないさ。温子といるとなんだかとても暖ったかな感じがするんだ。惚れたとかそう言うことではないのかもしれないけれど。」

温子には、充分な回答ではなかったが、今はこれで良しとしておこうと思った。これで、親に嘘を付いてきた面目も立つというものだ。







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