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9.温子と涼子

9.温子と涼子


 廣瀬温子の父親は警察庁に勤務するエリートキャリアだ。無論、聖都を卒業している。

自宅は『聖都大学前』駅からは急行で3つ目、各駅停車だと8つ目の駅で、始発駅からは、急行が最初に止まる駅だ。

都心にほぼ近いが、閑静な住宅街にある。

父親が思い入れのある聖都の沿線に新居を構えたのは、温子が幼稚園に入園する少し前だった。

父親が家にいるところを温子はほとんど見たことがないが、温子がまだ小さい頃は、よく近くの公園で遊んでくれたものだ。

今でも温子の父親に対する思いは、そのころの優しい父親のままなのだ。

温子に物心が付いた頃には、何かと家を空けることが多くなった。だからこそ今の地位にまで上り詰めることが出来たのだ。

しかし、温子の誕生日などには必ず、プレゼントを抱えて帰ってきてくれた。もちろん、温子がまだ起きている時間にだ。

温子も、中学生くらいになると、友達同士で買い物に出掛けたり、図書館で勉強したりと、自分のことをそれなりに楽しんでいた。だから、家にいない父親を恨んだりなどしてはいない。むしろ、父親の仕事を誇りに思い、尊敬していた。

下心のあるボーイフレンドは、まず寄りつかなかったし、友達からも一目置かれていた。

そんな父親の影響もあって、正義感が強く、誰とでも差別なく付き合えるような女の子に育った。 温子も小さい頃は警察官になりたかったのだが、女の子なので弁護士を目指すことにした。

幼稚園のころから、私立のお嬢様学校に属したところに通っていたにも関わらず、気取ったところが全くなく、誰からも好かれる人気者だった。

広瀬涼子とは、高校で初めて一緒になった。

温子が出席番号32番、広瀬涼子が33番で、席も窓際の前から2番目と3番目に並んで授業を受けていた。

 二人が仲良くなったのは、日下部良介が最初に予測したとおり、そんな理由だったが、それ以上に、成績も優秀で将来弁護士になりたいという広瀬涼子とは、目標も同じで、いつも一緒にいることを温子の方が望んでいたというところもあったからだ。

広瀬良子は、どちらかといえばおとなしくて控えめな子だった。温子とは正反対の性格といってよかった。

いつだったか、学校の図書室で国語の担任に言われた言葉を温子は今でも時々思い出す。

「おまえ達は本当に仲がいいな。名字も漢字は違うけれど同じ“ひろせ“だしな。だけど性格はまるで反対だな。名前の通り温子の方は熱くて活動的だが、涼子の方は穏やかな風のようだ」

考えてみれば、本当にその通りだった。


 初めてアルバイト先で温子にあって以来、孝太は駅前の牛丼屋で温子と飯を食って帰るのが日課となっていた。

「なあ、いつも牛丼ばかりで飽きないか?」

孝太にそう聞かれると温子は、首を横に振って答えた。

「全然!だって、牛丼がこんなに美味しいなんて知らなかったから…」

そう言いながら、どんぶりを抱えたまま、箸を持った右手でどんぶりの中を指し示した。孝太はあきれてそんな温子を眺めながら、具がほとんどなくなって米だけになりつつある自分のどんぶりに、紅生姜を一掴み乗せると一気に残りをかき込んだ。

温子が食べ終わるのを待って、勘定を払おうとすると、温子に制止された。

「いつも悪いよ。たまには俺が…いや、その、せめて自分の分くらい…」

財布を取り出そうとする孝太の手を押さえて、

「いいのよ!私が付き合わせているんだから。それに、孝ちゃん一人暮らし始めたばかりで、何かとたいへんでしょう?ここ、いつも食べているところに比べたら1/3くらいの値段で食べられるし。」

そう言って、温子がいつも通り、感勘定を支払った。

孝太は女の子に、しかも自分と同じ年の女の子にごちそうして貰うのは、どうも気が進まなかったが、今は甘んじてその厚意を受けることにした。

「あさっては高校の卒業式だから、明日、一度、実家に帰るんだ。だから、バイトも休みだ」

「私もそう。でも、私は地元だからバイトには来られるけど孝ちゃんがいないなら休んじゃおうかな…」

「式が終わったら、すぐに戻るよ。だから明後日のバイトは出るつもりだよ」

そう言って、孝太は席を立った。温子も従い、二人で店を出た。




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