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脇役にフラグはない  作者: 蒼鳥
第二章
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第八話

 

(……はぁ。ほんと、はやく消えないかしら)


 目の前に尽きることなく群がってくる下心丸出しのブタ――男子たちに気付かれぬよう小さく舌打ちをする。


 しかし『優等生』に成りきっている彼女の顔は依然なんとも魅力的な営業スマイルを魅せていた。

 その可愛さににたちまち男子たちは心を打たれ、我先にと『アニメ・萌え同好会』の入部許可を求める。


 それが今日席に着いたときからずっと彼女、双葉唯香の席でエンドレスに続いていることであった。


「双葉さん! ぜひ僕を同好会に入れてください!」

「双葉さん、俺はアニメや萌えについてよく知っているので! ぜひ!」

「双葉さんッ! どうか入れてください!」

 双葉さん、双葉さん。先ほどからこの単語が嫌と言うほど頭に入ってくる。


(あんたらのそのしおれた花みたいな口はそれしか言えないのかしら)


 ふつふつと湧き上がってくるイライラを抑え込みながら、それでも残念そうな、それはもう極上の笑みを浮かべて決まってこう言い返す。


「ごめんなさい……。本当に申し訳ないんだけどあなたの入部の許可はできないの。許して」


 いろいろなキャラを演じているうちに身についた女優顔負けの完璧な演技で、目の前の男子を片っ端から断っていく単調な作業。当然、実に面白くなかった。

 しかしこうして丁寧に断らなければ後々唯香を恨んだりする者も出てしまう可能性がある。


 そこまで先を見越している唯香はだがしかし必要な作業だと言えどいい加減飽きがくる。


 しかもそんな唯香を試すかのように周りに集う男子の数は減ることを知らなかった。


(あぁ、こんなことなら優等生なんてキャラやるんじゃなかった)


 まさか優等生にしたときの学校に限って彼をみつけるなんて。


 ついてないにもほどがある。


 唯香が学校を転々としていた理由は“あのときの少年”を探すためであり、それをみつけたわけだからもう転校する必要はない。

 ようするに唯香は卒業までこの桜臨学園で過ごすということだ。


 無論、そのこと自体は別に悪く思っていない。むしろこの学園は設備がいいし、今借りているアパートからも近いから登校もラクだ。


 それに幸か不幸か、教師の中に意外な人物がいたことで同好会も設立できた。上手くいけば彼女の協力も仰げるかもしれない。


 だからこの桜臨学園は、唯香が過ごす学校としては最良なのかもしれない。



 だが、だ。


 だからこそ転校初日に偶然とはいえ、キャラを『優等生』と設定してしまったことが悔やまれる。


 もちろん一度『優等生』なんて本来とは真反対の性格を選んでしまった以上、今さら素になるわけにも行かない。


(これが優等生じゃなくてクールだとかだったらこのブタ共を一蹴できるのに……)


 優等生だからこそ入部許可を取りにきた男子達を、普段のように罵るなんてことはできない。

 そして優等生だからこそ人前で悪口を叩いたりしてはならない。


 ……『優等生』というキャラ設定は、予想以上に“素”の唯香を殺さなければならないのだった。



(あぁ! こいつらの頭を踏んづけてやりたい。そして散々罵倒を浴びせてやりたい! というかブタの分際で言い寄ってくるな! 吐き気がするのよッ!!)


 許可を求めてくる男子を片っ端から優等生らしく断りながら唯香は心中で、怒涛の勢いで悪態の限りを吐く。


 とにかく何かこいつらの注意を引くようなこと起きないかな。唯香がそう思った。

 そのときだった。



 それが、起きた。



「おぉ太陽、聞いてくれ。――遂に俺にも春が来た!」

 それは「脇役を具現化したらどんな人間?」という大会があったら間違いなく圧倒的かつ絶対的な票数でグランプリを取れるであろう男、門脇守が言った言葉だった。


 そしてその言葉が教室に響き渡るのと同時に一気に室内が驚愕する生徒たちで騒々しくなった。

 それは唯香とて同じだった。


(春が来た……? まさかあの変態かつ脇役なキモ虫のことが好きな女子生徒がいるっていうの……!?)


 その非現実的な話に思わず目を見張る。しかしその表情は驚愕によるものだけではなかった。

 いつもの冷静さを欠き、額には冷や汗が滲んでいる彼女はまるで焦っているようだった。


 そのまま唯香はしばらくの間周囲のことをそっちのけで考えにふける。


(まさか本当に? でもそんなことは……)


 もし本当に守のことが好きな女子生徒がいて、もし告白なんてしていようものなら――

(だめ。そんなことはあってはならない。そう絶対に――)


 とにかく本人に聞くのが一番早い。そう判断した唯香が伏せていた目を開けると、

「双葉さん!」

「双葉さんッ!!」

「……あぅ」

 視界いっぱいにはがたいのいい男たちが取り囲んでいた。軽く十人は超えている。

 それもさっきのようなおとなしい者たちではなく、今度は鼻息を荒くして顔を近づけてきている。仕舞いにはいかがわしい目線でこちらを舐めまわすようにみてくる始末だ。


(ちょ、ちょっとなにこいつら、危なくない……!?)


 いくら悪魔という人から逸脱した種族といえど、所詮は不死で魔力が扱える、ただそれだけ。

 それ以外は人となんら変わりのない存在である唯香は、同い年の男子なら二、三人程度なら問題なくいなせるがこれだけの人数になると勝てる気もしない。


 それに彼女は悪魔である以前に女性――事実か弱い(?)女の子なのである。こんな大柄な男子に囲まれ、下心丸出しの目線でじろじろ見られては貞操の危機を感じて無意識のうちに怯えてしまうのも無理もない。


「ちょ、ちょっとわかりましたからそんなに近づかないでください……」

 当然魔力を使うわけにもいかず、為す術もない唯香はとにかくそう呟きながら横目で守のほうを見やる。


 しかし守は太陽と教室の隅でなにやら密談中のようで唯香に迫る危険に気付く気配は全くない。


(なんであんな隅っこにいるのよ!? まだこのクラスでまともな知り合いはあなただけなんだから助けなさいよ!)


 とりあえず心の中で守に叫んでみるがもちろん返事は返ってこない。


 そうしている間に先ほどからまた少し増えた男子達は、雪崩のように唯香に迫りその手が唯香の体に触れようとした、そのとき。


「ちょっとどきなさいよ! 双葉さん嫌がってるでしょ!!」

「えっ?」


 響き渡る威勢のいい声とともに一人の女子生徒が目の前の男たちを一蹴し、そのまま唯香の手を握る。


「大丈夫、双葉さん? とにかくここから離れましょう」

「え、あ……そ、そうね」


 いきなりの事にぽかんとしていた唯香が生返事すると、女子生徒は唯香の手を引っ張り教室の外へと連れ出した。








 そしてそのまましばらく走り、教室からだいぶ離れたところで一息ついた。


「はぁ、はぁ……。ここまでくれば大丈夫ね。あの男たちが諦めて消えるまで待ちましょう」

「ええ、そうね。助けてくれてありがとう」

「そんな、別にたいしたことしてないわ。学級委員として、当たり前のことをしただけよ」

 そういって彼女は屈託のない笑みを浮かべる。


 あぁ、きっとこの子は素で言っているんだろうなぁと唯香は思わず感嘆してしまう。


「あ、遅れたけど私の名前は柊冬奈。さっきも言ったけど学級委員よ」

「私は双葉唯香。まぁ昨日転校したばかりだから覚えてないかな」

 ちょっとした自虐ネタのつもりで言ってみると彼女――冬奈はそれを自嘲と受け取ったのか、「とんでもない」とでも言うように目を見開く。


「何を言ってるのよ。こんな美少女の転校生をこの学園で知らない人なんていないわよ」


 美少女、と面と向かって初めて言われた唯香は思わず頬を染める。


「そんな……。柊さんのほうが全然綺麗じゃない。クラスの人が話していたの聞いたけど、この間も告白されたんでしょう?」


 これは今朝あの無限ループが起こる前にたまたま耳に入った話だった。

 昨日かおとといに実は冬奈は同学年の男子生徒からラブレターを貰っていたらしい。しかもこれで入学してから通算六回目だとか。


 しかし冬奈は照れ笑いをするでもなく、複雑そうな顔になった。

「私なんて全然よ。確かに告白はされたけど…………好きな人じゃなかったし……」

「ふぅん……」

 冬奈の声は顔が朱に染まっていくのに比例するようにフェードアウトしていく。それだけで彼女に好きな人がいることを推測するのは唯香にとっては造作もないことであった。


 意外と初心な子なんだなと思わず微笑みながら見つめていると、冬奈はこの話から逃げるように話題を変えた。

「そ、そんなことより呼び方、『柊さん』じゃなくて『冬奈』でいいわよ。その代わり私も『唯香』って呼んでいい?」

 照れ笑いを浮かべながら聞いてくる冬奈に、唯香は心の底からの笑みを零す。


「もちろん。これからよろしくね、冬奈」

「うん。よろしく、唯香」

 改めて名前で呼び合って、なんだか恥ずかしくなった二人は同時に「えへへ」と笑いあう。


(これが友達なのかな……?)


 転校を繰り返していたからか、唯香は友達どころか今まで同級生に名前で呼ばれたことがなかった。

 それ故に久々に他人から名前で呼ばれ、唯香は背中がむず痒いような、でもどこかうれしいような不思議な気持ちになった。


(友達ってのも案外悪くないものね)


 唯香は心の中に温かいものが満ちていくのを幸せな心地で感じていた。

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