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脇役にフラグはない  作者: 蒼鳥
第二章
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第七話



 同日の日が暮れた頃、部室棟の屋根の上。そこに腰掛けて、事の一部始終を物憂げな様子で眺めていた人物がいた。


 着ている制服から、先ほどの少女と同じ学年だとわかる。


 平均より少し小振りのしなやかな肢体。碧玉の瞳と、一つひとつが糸よりも細く真っ直ぐな白銀の長髪。


 冬奈や唯香に引けを取らないほどの美少女であった。


 そんな彼女は眼下を見下ろしながら小さくため息を吐いた。

「あれはさすがに可哀想だったかなぁ……」


 おとなしそうな声音で呟く彼女の周りには蒼い光が漂っている。


 “可哀想”というのが一体誰のことを指しているのか。守のことなのか告白した少女のことなのか、はたまたそのどちらもなのか、この解は正直彼女自身にもわからないことだったが、それでも可哀想だと感じたのは確かだ。


「それでも私は……やるべきことをやるだけ……」 

 白い月が見え始めてきた空を仰ぎながら、彼女は自己暗示のように言った。


「犯した罪は、償わなくてはならないのだから」

 そう言う彼女の虚ろな瞳はどこか寂しくて、苦しくて、悲しくて、なにかに囚われているようだった。





ж






 起承転結で例えるならば『起』の後にいきなり『転』がきたと言えるほど波乱だった日の、翌日のこと。


 唯香がいたら真っ先に「気持ち悪い顔ね」と言うほどの、見るからに浮かれた表情でクラスに登校してきたキモ虫――守にクラスメイトたちは珍しく興味を示した。


「おいおい、『エキストラ』が笑ってるぞ。今日は槍でも降るか?」や、「なんだなんだ、『フラグブレイカー』の門脇も遂にギャルゲをクリアしたのか? 今日は斧が降ってくるぞ」、「あれ、あの人ここのクラスだっけ?」などなど、反応は十人十色である。


 そんな中太陽は、てっきり昨日のことで怒ってくると思っていたので心なしか、少し拍子抜けしてしまった。


 しかし守を見るに彼は昨日とてもいいことが――それも太陽の嘘に対する怒りも忘れるほどのことがあったのだろう。


 もしそうなら問いたださなくてはならない、と情報屋の性なのか太陽の脚は気づけば目標の下へと動いていた。


「よっ、守。なにかいいことでもあったのか?」

「おぉ太陽、聞いてくれ。――遂に俺にも春が来たんだ!」


 瞬間、室内が揺れた。

 守が春が来たと言った瞬間、クラス中で驚きの声が上がったからである。


「う、嘘だろ!? 画面の女の子も攻略できなかったやつが三次元を攻略した……だと!?」と純粋に驚く者や、悔しさや絶望に膝を折る者、「うそ……。私の密かなコレクション、『太陽×守』が……」と己の妄想が打ち砕かれた腐れきった女子など、これまた千種万様な反応だった。



 そしてこのどよめきでようやく事の重大さを理解した守は、己に注がれる視線の嵐を目の辺りにし身体を震わせた。

 こんな注目されるのは慣れていないため、正直かなり怖い。


「な、なんだこの気持ち悪い感じは……た、太陽!」



 浮かれきった顔が一転、一気に怯えた表情になった守は目の前の白目になっている男に助け舟を求めた。

「ん、あぁ。確かにこれじゃ喋りにくいよな。皆、ここはひとまず俺に任せてくれないか?」

 一目で守の心境を察した太陽は、すぐさま周囲の者に散るよう呼びかける。


 普通ならばこの状況で皆が引き下がることはない。


 だがさすがはクラスの人気者の情報屋といったところか。提案を聞いた者たちは渋々ながらも自分が先ほどまでしていたことに戻っていったのである。


 まさに太陽の人望の厚さが見て取れた光景だった。


「た、助かった」

「あぁ。もしもあのまま皆がお前に殺到していたら俺でも抑えきれなかったな」

「だ、だよな……」

 “もしも”が起きたときの場面が一瞬脳裏に揺らめいた守はまた身体を震わした。


 と、そこへ太陽が自嘲気味に顔を寄せてきた。

「……んで、『春が来た』ってどういうことなんだよ」

「あぁ、それはだな……」

 そこで守は太陽を教室の隅に連れて行き、周囲を見回す。


 よし、誰もこちらを見ていない。


「実は――」


 そして昨日のことをかいつまんで説明すること数十秒後。


「ま、まじかよ……」

 話を聞いた太陽は驚愕――否、戦慄していた。なんせ目が白目剥いている。


 しかしそれもしょうがない。

 なんせモブの代名詞である男が。唯香に「キモ虫」とまで言われた男が。出席しているにも関わらず欠席扱いにされそうになったこともあるほど存在価値が空気と同じである男、門脇守がだ。


 名前も知らない結構可愛い後輩女子に告白されるだなんて、なかなかどうして笑える冗談ではないか。



 ……もっとも、それが冗談ではなく本当なのだから笑えない。


「お前が後輩から告白されるなんて……うん、よかったじゃないか!」

 なんとか白目から黒目に回復した太陽は意外にもまるで自分のことのように祝してくれた。


「しかもお前、あの双葉さんと同じ部活に入るんだろ?」

「あぁ、まぁな……」

 羨望の眼差しでこちらをみつめる太陽に、あいまいな返事を返す。

 これが『優等生』の唯香となら素直に喜べただろう。あれだけの美人だ。喜ばないやつは男ではない。


 しかしあのドSの本来の唯香を見てしまった守としては正直あまり気乗りがしないのである。


 ちなみに太陽にはもちろん唯香の本当のことについては言っていない。だからそんな目で守を見つめていられるんだろうが。


「あぁ俺も入りたいなぁ……『アニメ・萌え同好会』」

「? 入部届け出せば入れるんじゃないのか?」

 呆けた顔で呟いた太陽に守は頭上にクエスチョンマークを浮かべる。


「あれ、お前聞いてねえの? 『アニメ・萌え同好会』に入るのには双葉さんの許可が必要なんだぜ」

「……そうなん?」

「そっ。んでもってただ今学年の男子は許可を求めに行っては玉砕されてる」

 太陽の指す先を見てみると、確かに唯香の席には男子が群がっており、少しはなれたところでは断られた男子達が床に膝を着いていた。


 正直エンドレスにそれが続くので、見ていると無意識のうちに涙がでてくる。


「しかしよく双葉さんにそんな権限が与えられたな。部活って誰でも入れるものなんじゃないのかよ」

「まぁな。聞いた話によれば顧問の先生以外はかなり反対していたらしい。そこで顧問が『ならば名称を“部活”ではなく“同好会”にしたらどうだ』って言ったら他の先生も渋々納得したんだと」

「あぁ……そういえば最後の部分、同好会だったね」

 同好会にそんな意味があったのか、と守は納得顔で頷く。


 そこで守は部員(強制的に入部させられたが)として知らないことが多すぎることに気がついた。


 ひとまず顧問の名前は知ってなきゃまずいだろう。

「なぁ、その顧問って一体誰なんだよ?」

「ん、えっと確か――」


 そう言って太陽にしては珍しく思案顔になる。


「えっと……あの人だよ。ほら、保健室の先生の――」

「――あぁ、ミカ先生か」

「そう! ……あれ、そうだっけ? いや、確かあっているような……」

 不思議そうな顔で頭を抱える太陽を見て、守も以前感じた違和感を思い出した。



 少し前に体育の授業で怪我をして保健室にいったときのことだ。

 そのとき気づいたら保健室のベッドで寝ていて、なんと怪我が完治していたのだ。

 そして枕元に『久々におもしろいのに会えたよ。ミカ』と書かれた紙だけが置いてあり、彼女の姿はどこにもなかった。



 しかもこれが保健室に行ったどの生徒も口をそろえて「気付いたらベッドに寝ていて怪我は治っていた」と言うのだから不思議だ。


 そのためかこの学園内でミカのことについて知っているものはおらず、せいぜい女性で若い人だとしか分からない。


(そんな謎に包まれている人が顧問だなんて……)


 部長はドSで本物の悪魔らしいし、これから一体どうなるのか……かなり不安になってきた守は、これが杞憂に過ぎればと心の底から願うのであった。


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