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脇役にフラグはない  作者: 蒼鳥
第一章
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第一話

 

「ふあ……。結局いつもどおりの時間か」

 今朝が普段よりも早起きだったからか、自然と出てきたあくびを噛み殺しながら守は通学路を歩いていた。


 数日前までは道行く道に桜の木が満開で咲いていたが、だいぶ枯れてきてしまった。今じゃ地面のほうが桜でいっぱいである。


 その美しさから昔から愛されてきた樹木も、終わりは案外呆気ないものである。


 そんなことを思いながら歩くこと数分後、守は学園の名前が彫られている校門をくぐった。


 私立桜臨おうりん学園。


 ここの高等部に守は通っている。ちなみについ先日二年生に進級したばかりだ。


 桜臨学園はほんの数年前に創設したばかりなので、設備も最新のが揃っている。その割に学費が安いのでかなりの人気がある。


 ただそのために入試の倍率が恐ろしく高いことと、学園の敷地内が無駄に広いところが難点だ。なんせ門から二年生の教室まで十分はかかるのだ。


「せめて五分圏内にはしろよな……」


 一気に重たくなった足を前に運びながら愚痴をこぼす。周囲は同じく登校してきた生徒達で賑わっている。

 中には彼女、彼氏と手を繋いでイチャイチャ歩いているリア充どももいらっしゃる。てか見せ付けてんじゃねえよ。


 周囲の人間に心の中で呪いの言葉をかけながら守は教室へ向かうのだった。








「おっ。おはようさん!」

「ういっす」

 クラスに入るとスポーツ刈りの大柄な男、大羽太陽おおば たいようが手を振りながら声をかけてきた。


 守より頭半分くらい高く、少し強面こわもてな見た目に反して人懐っこい性格のため、ギャップからか結構人気者だったりする。


 進級の際にクラス替えがあったため、現クラスで守と仲がいいやつは少ない。こいつはその数少ない親しいクラスメイトの一人だ。


 もっとも、去年のクラスで親しかったやつらは五本指で収まる程度しかいなかったが。


「それにしても本当お前って影薄いよなぁ」

 守の顔を見るや憎まれ口を叩いた太陽は、鞄からなにやら分厚い紙束を取り出す。


 そして数枚めくった後お目当てのページを見つけ、朗読する。


「門脇守、十六歳。誕生月は八月。ちょっとボサついている髪は寝癖の模様。運動は少々得意だが身長体重学力ルックスすべて平均並。さらに目立つことを嫌う傾向あり。そのため存在感は薄く、『脇役』『忍者(影薄いから)』『エキストラ』などなど数多の二つ名を総なめにしている」

「……いちいち読み上げるな」


 スラスラと自慢げに胸を反らす太陽の頭を引っぱたく。いったいどこまで書いてあるのだろうか。もはや個人情報だといってもいいくらいの量である。


 しかしまぁその情報はおおむね当たっているだろう。事実この学年に「門脇守は何組でしょう?」と聞いたら九割以上の方が、「門脇? 誰それ転校生なの?」と返すだろう。


 守は天を仰ぐ。もはやここまでくると笑えてしまう。


 そう、反論の余地など万に一つないのだ。


 突如不気味な声で笑いはじめた守に、さすがの太陽も良心がいたたまれなかったのか新たな話題を振る。


「あ、そういえばお前ギャルゲーにトラウマを持っているらしいな」

「あぁ……まぁな」


 そんなことまで書いてあるのか。黒板にある座席表で自分の位置を確認しながら守はあのときのことを思い出す。


 そう。初めてギャルゲーを買って、興奮のあまり徹夜してやりこんだ、あの三日間を。

「徹夜してやったわりには全ルートどころか結局クリアすることはできず、毎回ヒロインとの友情ENDか男キャラとのホモENDだという伝説も残っているだとか……本当なのか?」

「あぁ。本当だ」


 自分の机に鞄を置き、席に着く。太陽も自分の席(大羽と門脇なのですぐ前の席だ)に腰を下ろす。


「でもってその後新たに加わった二つ名が、『フラグブレイカー』だってのも……」

「あぁ。本当だ」

「……そうか」


 どこか哀れみの視線で守を見つめる太陽。

 やめろ、そんな目で見るな。嘲笑ってくれたほうがまだマシだ。


 なんとも居た堪れない空気の中、守はどうにか新たな話題は、と必死に探す。


「あ、えっと、そんなことよりもその紙すごい情報量だな。もしかして俺のスリーサイズとか書いてあったりするのか?」


(――まてぇぇええ!! どんな質問してんだよ!?)


 咄嗟とっさにとはいえ、これは男が男に聞くもんじゃないだろう。

 ……いや、それ以前に自分のスリーサイズを聞く人間なんて果たしているか? 否、いるはずがない。


 穴があったら入りたいとはまさにこのことか、と自分のミスチョイスに落ち込む守の頬に冷や汗が伝う。


 そもそも女子のならともかく、男のスリーサイズだなんて調べてあるはずないだろ。


 もしいたらそいつはホモだろう。というか9割の確立でホモだろ。ってかホモ意外の可能性があるのなら教えてもらいたいね――

「あぁ。もちろん書いてあるぞ」


「なんと!?」

 こ、こいつまさかホモだったのか!


 戦慄の表情を浮かべたまま守は一歩後ずさりする。

 その頬には、いつの間にか先ほどの冷や汗が滝の如く伝っていた。


「? どうした守」


 いきなり顔色が悪くなったのを心配した太陽の大きな手が、無情にも守の肩をがっしりと掴む。


「ひいぃぃっ! や、やめてくれ! 初めてが男だなんて、俺はそんな初体験はしたくないッ!!」

「は、はぁ!? ちょ、おま、何言ってんだよ!」

 太陽もようやく今の状況を理解したのか、慌てふためいた様子で守の口を塞ごうと迫る。


 その一瞬の隙をついて守は太陽のしがらみから脱出し、少しでも逃げようとタイルの床を全速力で駆ける。

「く、くるなぁ! 俺はそっちの気なんて一切ねえからな!」

「だから何勘違いしてんだよぉ!」

 叫びながら逃げ惑う守とそれを鬼気迫る顔で懸命に追う太陽。


 大柄な男が、か弱そうな青年を犯そうとしている図が、そこにはあった。


 と、そこで突如凄まじい怒声が守たちの背後から轟いた。


「あんたたち、いいかげんにしなさいッ!」

「「す、すみません……ッ!」」


 その怒声に一瞬教室中が静まり返る。


 二人も背中を丸めながら声のしたほうへ振り返ると、そこにはスクールバッグを掲げた女子生徒がさらさらの黒髪を荒ぶらせながら仁王立ちしていた。


 彼女の名は柊冬奈ひいらぎ ふゆな。キリッとした瞳に闇色の綺麗な長髪。サイズがぴったりの制服が逆に彼女の悩ましい身体のラインを際立たせており、この学園で美人ランクトップ3に入るほどの美貌の持ち主だ。


 学力は学年トップで運動神経もよく、クラス代表でもあるのだから全く非の打ち所がない。


 性格も周囲のことを第一に考えており、周りに迷惑をかける輩がいると今のように誰であろうとお決まりの仁王立ちポーズで怒鳴りつける。


 言わば冬奈は、ギャルゲーなんかによくいる超ハイスペック完璧美少女様なのだ。



 ちなみに冬奈も一年の頃からの付き合いで、こうして守たち二人が一喝されるのも毎度のことであった。


「ったく、あなたたちは入学してきたころから本当に落ち着きがないわね……特に大羽!」

「イ、イエス! マムッ!」

 世界チャンピオンのボクサーでも尻尾を巻いて逃げ出してしまいそうな眼光に睨まれた太陽は、アメリカ軍人の如くピンと背筋を伸ばして敬礼をする。


 ……怒っているときの冬奈はその美貌を感じさせないほど怖い。阿修羅すらも凌駕するほどだ。


 足をプルプル震わせながら冷や汗をだらだら流す二人に、冬奈は威風堂々とした歩きで迫ってきた。

「あなたはいつもいつも騒いでばっかで……周りの迷惑を考えろと何度いったらわかるわけ!」

「は、ははは。誠に申し訳ない……」

「……ちゃんとわかってるんでしょうね」


 両手を降参を示すように上げながら目を泳がせて謝る太陽と、それでもなお太陽に詰め寄る冬奈。

 次第に冬奈の顔が息がかかりそうな距離まで近づき、太陽は顔を真っ赤にしながらつぶやく。


「あ、あのぉ~柊さん? ちょっと顔が近いのでは……」

「へ?」

 無意識のうちに詰め寄っていた冬奈は、指摘され初めて鼻先に太陽の顔があることに気がつく。

「ふえ――ッ!!」


 するとさっきまでの威勢はどこへやら冬奈の美しいかおは瞬く間にりんごよりも赤く染まり、耐え切れなくなったのか、バッ! と顔を伏せた。

 それは紛れもなく恋する乙女の反応だったわけであるが、太陽がそこに気がつくはずもなく二人の間に気まずい沈黙が走る。


 しかしそんな太陽以上に鈍感な少年がいた。


 守である。


(いやぁこういうとき影が薄いってのは役に立つよなぁ)


 怒りの矛先が太陽のほうへ向いたと安堵の息を零していた守は、すぐ隣でそんな青春物語があったことすら気づいていないのであった。なんとも哀れな男である。


(ふ、ふふふ。ふっはっはっは! 太陽よ! 君には生贄になってもらうぞ!)


 一人勝ち誇った顔をする守は、太陽たちに気づくこともなく一人ほくそ笑むのであった。

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