第十三話
一日遅れてすみませんでした><;
「へぇ……。意外といい反応ね」
戦斧を何の躊躇も無く唯香に振り下ろした天使は、さも意外そうな声音で呟いた。まるで仕留めたと思った攻撃が、かわされたかのように。
はたして唯香は、間一髪のところで左足に魔力を噴射し、その反動でどうにか必殺の一撃を避けたのである。
開始早々から生死の境目に立たされた唯香は、敵の超常過ぎる戦闘能力に面には出さずに戦慄する。
(ばかな! 氷雷迅は確かに命中したはず。それなのになぜ無傷でいるの――!?)
戦慄は隠せても、狼狽は隠しきれなかった唯香は困惑した表情で天使を睨みつける。
対して天使は余裕のある優雅な貌で笑う。
「なにもそんな顔をすることはないわ。あなただって幻術くらい扱えるでしょう?」
いかにも常識を話しているように見える天使に、しかし唯香は異を唱えた。
「まさか! あれが幻術だったのいうの?」
「ええ、そのまさかよ。このあたりに魔力を持った者――即ちあなたがいることは“絶対魔法領域”を展開したときすぐに気づいたわ」
自分が初歩的な罠に陥っていたことに、唯香は歯軋りをして悔やむ。
確かにあれが幻術だったとすれば、今の状況は説明できる。ここは今、天使の誇る対界結界、それも大天使の『絶対魔法領域』の内なのだ。自分たちに天使がそこにいると、それも攻撃が“当たったように見せる”のも、大天使である彼女には造作も無いことなのだろう。
しかしだからこそ疑問が残る。
「……ならばなぜ」
こちらから仕掛けるのを待ったのか。それも幻術をかけてまで。
その問いを発する前に、天使は嗜虐的に口元を歪ます。
「だってそのほうが面白いじゃない。こうしてあなたの動揺した顔が見れただけでも手間をかけただけあったというものね」
己の得物の刃を慈しむように撫でながら、天使は愉快な笑みを零す。
それを見た唯香は、これまでの戦闘経験から、悟った。
こいつは危険なのだと。大天使である以上に、戦ってはいけない相手なのだと。
天使が零すあの笑みは、間違いなく狂気に満ちている。戦うことに愉悦を覚えた者の目だ。
あんな風に戦闘に酔い痴れ、ついには愉しんでいる者は、多少傷を負うも、その身が朽ちるまで決して戦いを止めようとしない。そんな戦闘狂を相手にするのは、できれば一番避けたかった。
そんな唯香の思いを一蹴するかのように、天使は自身の背丈ほどもある大きな戦斧を構えなおす。
「さて、それじゃ殺りあいましょうか。私たちはそういう間柄なのだから」
嬉々として告げられた宣戦布告に、唯香も一切の雑念を押し殺して、対抗するための“武器”を求める。
「主を封じる鎖を解きて我、誓約の下に希求せん。仇なす全ての敵を滅する故に我、主の神器を解放せす赦しを請う。――我が矛と成りて現れたまえ、零天氷牙!」
誓約の言葉に呼応し、唯香の右手に彼女の魔力を媒体として現れた彼の剣こそは、天を無にせすことすら不可能でない、絶対零度の氷の刃。
その姿はあらゆる光彩も色あせるほど美しき太刀。
煉獄の炎に炙られようとも決して溶けることのない、薄氷の刀身には、冷気が包み込むように漂っており、そこに存在するだけで周囲の大気を凍らせる。
『氷雷迅』はこの『零天氷牙』の冷気を応用したものであるため、事実上彼女が今持ちうる最強の矛である。
「へえ、いいもの持ってるのね。興醒めせずにすみそうだわ」
「大天使に褒められるなんて光栄ね。――全ッ然嬉しくないけどっっ!!」
言葉とともに唯香が魔力を放出しながら大地を蹴り、優雅に翼を羽ばたかせながら宙に浮かぶ天使に急速接近する。対する天使も戦斧に己の魔力を注ぎ、掲げて応戦する。
魔力を惜しみなく使う剣戟は、刃が重なり合うたびに手榴弾が爆発したかのような爆音が鳴り響く。
もしこの相手の攻撃が自身に触れようものなら、いくらほぼ不死身である天使、悪魔にとっても多大なる負傷となり、至って致命傷となるだろう。そうなれば相手は必ず自分が再生をする前に膨大な魔法攻撃で息の根を止めにくるだろう。
脳裏に浮かぶその考えが両者の攻撃の手をさらに激化させていく。
やがて得物同士がぶつかりあう衝撃波によって、周囲の木々や消し飛び、地面にひびが入り、まるで大国同士の戦の戦場であるかの如く崩壊していく。だがそれでも両者の攻撃の手が緩むことはない。
それは戦いと呼ぶには不相応で、まさに“戦争”と呼ぶに相応しかった。




