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脇役にフラグはない  作者: 蒼鳥
第二章
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第十話

一部変更があります。


今まで「生気」としてきましたが、意味を考えて「精気」にすることにしました。ご了承ください

「今日は時間がないから手短に済ませるわよ」

 言って椅子に腰を下ろした唯香は、いつに増して神経を張り詰めていた。

 それ故か教室を一回り小さくしたくらいのこの部室を包む空気は、心なしか不気味で緊張感があり、まるで嵐の前の静けさのようだ。



 今にも弾けてしまいそうな空気と、剣呑な表情の唯香を見ていると、自然と身体中の神経が刹那のうちに覚醒し、心の深淵に何故か途方もない不安が生まれた。


 なんだかこれからよくない事が起こりそうな、第六感にも似た、えもいわれぬ感触。

 感じたことのない感覚に守は吐き気を覚えたものの、焦燥感の漂う彼女の瞳に見据えられては吐露するわけにはいかなかった。


「さて、そうね。天使と悪魔については昨日話したことで大体いいわよね」

「……まぁ半信半疑だけどな」


 曰く天使たちの住む天界には魔力が存在しており、人間の世界では『精気』がこの『魔力』の代替になるものだという。


 そのため魔力で生命を維持している天使たちはこの魔力を手軽に補給するために俺たちが住む地上界に現れ、人の精気を吸い尽くす。当然生きる源を失った人間は死んでしまう。


 そこで生態系の乱れ――もっと言えば地上界のバランスが崩壊することを畏れた悪魔は、これは看過できぬ事態だと明言し、地上界に降り立つ天使を排除しようとしている――だったけ。



 たった昨日の記憶だが、整理しきれていない情報を思い出すのはいささか難儀なものである。四苦八苦している守に、唯香は苦笑を零しながら、まぁいいかと肩をすくめた。


「あんな説明で全部理解できる人間なんていないもの。むしろ頭がパニックにならなかっただけ、まだマシね」

「そ、そうか」


 罵倒の一つでも飛んでくるかと思って身構えていた守は、予想外にも褒められた(?)ので拍子抜けした。


 しかし彼女の声音は以前強張ったもので、その顔は疲弊の色が濃かった。


「天使、悪魔、人間。この三種族と魔力の関係性について簡単に表すと、“ピラミッド”なるのよ」

 言って唯香は右手で何もない宙に指で三角形を描く。


 するとどうだろう。どこからともなく淡い光の粒子が彼女の指の軌跡をなぞるかの如く集い始め、やがて生態ピラミッドのような三つに区切られた三角形が眼前に描かれた。



「な、なんだぁ!? これも魔力なのか?」

「ええそうよ。人間の目は情報をキャッチした後、その情報を視神経というコードで脳に伝え、認識させる。だから魔力でキモ虫の視神経に直接、私が見せたい『もの』の情報を伝達させることによって、こうして幻影を見せることができるってわけ」


 驚愕に目をひん剥いてたじろぐ守に、唯香が目の真の現象について、できる限りわかりやすく説明をしてくれたが……。


「ええと、ようするに俺には理解できない次元の話ってことが理解できた」

「……まぁ今あんたが見ているものは、一種の幻術のようなものだと考えてもらっていいわ」


 若干呆れが混じっているため息を吐きながら、唯香はシンプルな形で言い直す。


 なるほど。これはいうなれば目の錯覚を利用した魔術のようなものなのか。


 合っているかどうかはさておき、得心が行った守に、唯香は言葉を続ける。


「とりあえず話を戻すわよ。この三種族と魔力の関係を表したピラミッドを、私たちは『魔力ピラミッド』と呼んでいるわ。まず一番弱く、普通なら魔力を扱うどころか、存在すらも知ることがない人間は当然最下層ね。まぁその代わり数は悪魔や天使の数十倍はいるわ」


 唯香はピラミッドの三つに分かれたうちの一番下――食物連鎖で言うところの、一番数が多く最弱である草木の部分を指差す。



「はぁ……。本当に生態ピラミッドなんだな」


 思わず口から漏れた率直な感想に、唯香は意外にも無駄口一つ叩かず首肯した。


(あれ。てっきり、『はぁ? さっきそう言ったでしょ。見た目だけじゃなく脳みそも腐っているのね』と言われると思ってたんだが)


 いつものように罵倒を浴びせてこない唯香に、守の心臓はまるで一目惚れでもしたかのように脈打ち始める。


(罵ってこなくなっただけでいきなり双葉さんが可愛く見えてくる……)


 なんだこの気持ちは、と訝ってみるが、考えてみればむしろ当然のことであった。

 元々容姿はかなり好みだったし、彼女の欠点といえば先も言ったとおり口が悪いことくらいなものだ。


 ならばその欠点がいきなり無くなってしまえば、彼女の虜になってしまわないほうが不自然だと言える。


 しかし一通の手紙を思い出した守は、そこに異を唱える。


 今日の放課後、もしかしたら自分にも彼女ができるかもしれない。そして真の男ならば、彼女以外の女の子に目を向けていいものか? ――否。それは全く持ってあるまじき行為なのだ。

 故に今ここで彼女の容姿に見惚れてしまってはならない。


 先から早打つ心臓を必死に抑えながら、守は一人決意したのであった。



 そんな守の思考を知るはずもない唯香は、突如表情をコロコロと変える目の前の男を眺め、無性に罵りたくなった。が、喉下まで出かけた言葉の塊を今一度飲み込んでその気持ちを制する。


 やつが来るのだ。それももう後数分以内に。目の前のキモ虫を罵って遊んでいる余裕など、ない。


 額に垂れかかってきた髪の毛を手繰り上げながら、唯香は今一度気を引き締めた。


「んで、次に真ん中が私たち悪魔ね。数こそ人間より少ないけれど、代わりに魔力の扱いが長けていて、昨日みせた氷塊なんかの魔術攻撃や、簡単な治癒魔法ができるわ」

「へえ。じゃあ呪文とか唱えるのか?」

 魔法が出てくるアニメなんかでよく見かける、呪文詠唱の場面を思い出しながら守は問うた。


 しかし唯香はかぶりを振る。

「呪文を使うなんて、それこそ一度の戦闘で一回限りしかできないほどの膨大な魔力を用いて“魔法”を解き放つときだけよ。普段は相手よりも迅速に、最低限の魔力で、もっともその場に適した“魔術”で事足りるのよ」


 先日唯香の手から氷が湧き起ったとき、何故なにも無い空間から突如現れたのか訝んだが――なるほど、それが今唯香が後述したとおり“魔術”によるものだとすれば合点がいく。


 しかし次の唯香の放言には、いくら昨日ファンタジックな話を説かされた守といえど、言葉を失うしかなかった。

「それともう一つ、人との決定的な違いは――悪魔は“ほぼ不死身”なこと」

「……は?」

 澄ました顔でとんでもないことを言い放った彼女を前にし、しばしの間守は唖然とする。


(不死身って……まさか死なないのか!?)


 しかし彼の理解度など百も承知の唯香は、念を押すかのように付け加えた。

「不死身とは少し違うわ。さっきも言ったけど、ほぼ不死身なのよ」

「というと?」

「私たち悪魔はね、人と同じく寿命が尽きるか、核にも匹敵するほどの絶大な魔法攻撃によって負った致命傷なんか以外では死なないのよ。じゃなきゃ自身よりも数段も勝る天使たちとりあうなんて愚行をするはずがないでしょ」

 


 僅かでも衝撃を入れれば折れてしまいそうな華奢な体躯の彼女が、まさか不死身であるなど、一体誰が信じられようか。


 現実とはあまりにも掛け離れた、しかし非情にもこれは紛れも無い現実であることに、守はただただ頭を抱えるしかなかった。


「……ちなみに寿命はどのくらいなんだ?」

「そこは人と同じよ。ようするに魔力が扱えることと、ほぼ不死身なこと以外は人間と悪魔は何の変わりもないわ」

 平然と語る彼女の横顔を見ているうちに、守の胸中になんともやるせない思いが残った。

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