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脇役にフラグはない  作者: 蒼鳥
第二章
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第九話

「ところで唯香はアニメとか好きなの?」


 そろそろ光に集まる虫のような男子たちも諦めただろうと見越した唯香たちは、ゆっくりと教室へ歩いていた。


「う~ん、大好きってほどじゃないけど、まぁ好きね。暇つぶしにはなるもの」

「へえ。でも何でわざわざ部活――じゃなくて同好会だっけ? を作ったの? 確かこの学園には映像研究部とかあったような気がするけど」

「それは……」


 この学園の部活動を知っている人からすれば至極当然である冬奈の率直な疑問に、唯香は言葉を濁す。



 同好会を作った真意。それはアニメを見るためなんかじゃなく、地上界に現れた天使を早急に探知し、排除または撃退すること。


 それはアダムとイヴに禁断の果実を食されたことから学んだ神が、人間の行動をできるかぎり監視させるために創られたとされる悪魔に下されたもう一つの命令、“地上界の生態情勢を狂わす者の排除”をただまっとうしているだけであり、そこには他意は欠片もない。


 しかし仮にこのことを言ったとしてもそれを冬奈が信じるとは到底思えない。

 この話を聞いた人間の反応といえば、守のように頭の理解が追いつかず呆然とするか、所詮子供であるの戯言ざれごとかと一蹴するかだ。



 ならば守のときのように魔力のことを証明させたりすればいいのかもしれないが、これはこれでまた別の問題が出てくるのだ。



(あいつは私のおもちゃだし、どうせ死なないからいいけど冬奈は……)


 ほんの数分前に親しくなったばかりだが、それでも彼女を危険に巻き込みたくない。


 そんな思いが唯香自身も無意識のうちに芽生えており、結果唯香はなんと言っていいものかわからず、黙りこくってしまった。



 しかしそんな唯香の葛藤を知らぬ冬奈はいきなり黙り込んでしまった唯香を見て、慌てた様子で謝ってきた。

「あ、聞いて欲しくなかったのならごめんなさい! その、つい気になっちゃって……」

「え? あ、いや別に謝らなくてもいいわよ。ただ、その……。少し言いづらいことというか……」

「そうだったの……。本当にごめんね」


 本当に申し訳なさそうに謝ってくる冬奈に、唯香の良心が痛む。

 別に悪いことをしたわけではないのだが……なんだろうか、心の奥底が締め付けられるような、今すぐにでも本当のことを言ってしまいたい、そんな気持ちだ。


 しかしそれは同時に“こちらがわ”に巻き込まれる可能性があるわけであり、冬奈の身が危険に晒される可能性がある。


 そのことを重々承知している唯香はこれが一番正しいのだと、自分に言い聞かせた。


 唯香が先ほどのことを気に懸けていることに気づいた冬奈は、さっきまでのあわてた様子からうって変わって痛快な笑みを零した。

「ところでさ、唯香って本当はあんな優等生なんかじゃないよね?」

「……え?」


 不意の質問に、唯香は思わず動揺する。


「さっき見てたら思ったんだけどね、唯香ってどこか優等生になりきってる感じがするの。それにさっき男子たちが群がっていたとき、相手を蹴り飛ばさないよう必死に我慢してたでしょ?」

「あぅ……」


 冬奈の自身と確信に満ちた表情と言葉に、唯香はしばらく黙り込んだ後、諦めを込めたため息を静かに吐いた。


「……そうよ。私は本当はあんな優等生みたいな性格じゃないわ」


 堪忍したように目を伏せた唯香とは対照的に、冬奈は自分の予想が当たったからか嬉しそうに笑う。

 その笑みは邪念など微塵もない、むしろ清々《すがすが》しいほど無邪気な笑みだった。

「そっかぁ。やっぱりそうだったんだね。あ、別に言いふらしたりはしないから安心してね」

「本当? それは助かるわ」

 てっきり言いふらされるものだと思っていた唯香は純粋に驚いた。

 もし唯香が逆の立場ならば、その弱点を使って彼女を自分の駒にさせることだろう。故に彼女の寛大さには人並み以上に感心した。


「うん。その代わり言いたくないことは言わなくてもいいからさ、私と二人のときは“素の唯香”になってよ。じゃなきゃなんだか友達じゃないみたいじゃない?」

「ふぇ!? ――あ、う、うん……友達…………」


 第三者として聞いただけでも恥ずかしくなる台詞を面と向かって言われ、唯香は思わず上ずった声が出る。

 頬を朱に染め、手もわたわたとせわしなく動いている唯香は明らかに動揺していた。


 それは普段冷静で凛々しい彼女にしては滅多に見られない振る舞いで、女子である冬奈が見ても天使のようになんとも可愛らしい仕草だった。


「――ぷっ、あはは! なに今の声。可愛いっ! なんか今すぐ抱きしめたい!」

「え? あ、いや、今のは……ッ!」

 これまた盛大に笑われ、唯香は顔を真っ赤にしながら必死に言い訳しようと試みるが、それすらも心にキュンときた冬奈は我慢しきれずに飛びつくように唯香を抱きしめた。


「あはっ、あはは! 唯香って案外面白いね。クールっぽいのにあんな可愛い声出すしっ。もう可愛すぎ!」

「だ、だからさっきのは――!!」


 ついには笑いすぎて涙目になっている冬奈に、唯香は微力ながら抵抗するのだが、その顔は心から楽しそうな満面の笑みに染められていた。








 Ж








 学ぶ身である学生にとって本業ではあるのだが、実際にはただの生き地獄でしかない授業がようやく終わった放課後。


 昼休みに唯香から今日も放課後部室に来るよう言われた守は、今度こそは一度も道を迷わずに部室棟の前に立っていた。


 唯香もまだ来ていないようで、周りには人一人見えない。

 辺りは校舎や校門へ続く道以外は、木々が生い茂っているばかりで聞こえてくる音は鳥の鳴く声ばかり。後は遠くからわずかに聞こえてくる運動部の掛け声と、風に揺す振られる木の葉が擦れあう音くらいなもので、なんとも殺風景なものである。



 昨日は状況が状況だっただけに冷静に周りを見ることがなかったが、冷静に観察してみると学園の校舎から三百メートルほどしか離れていないと言うのにまるで別世界のようだ。


「まぁそれでも他の部活が使っていないからいいか」


 一人やることもなく暇つぶしに棟の周りを物色しながら守は呟いた。


 唯香に半分――というかほぼ強制的に入部させられたわけだが、部活に所属していなく、やることもなかった守としてはこれはこれで、なかなかどうして面白そうではないかと期待に胸躍らせる自分がいるのも確かだ。


 だがしかし、そんな灰色の日々の生活も今日でおさらばだ、と守は鞄から一枚の手紙を取り出しながらにんまりと微笑む。



 それは昨日名前も知らない後輩の女子から貰った、あの手紙である。


 その手紙には『好きです』という文字ともう一つ。『明日の放課後、部活が終わるころに第二グラウンドにきてください』と書いてあった。


 つまりは今日の放課後第二グラウンド――体育の授業などで使う少し小さめのグラウンドで、ここと校舎のちょうど間らへんに位置する――にて返事をくださいという意味だろう。



 今第二グラウンドはテニス部と陸上部が使っている。

 ということはこの手紙をくれた子はテニス部か陸上部である可能性は大であり、恐らくは部活の後待っているのだろう。



 部室に入ろうと棟内に入りながら勝手に頭の中で結論付けた守は、一人ニヤニヤしながら丁寧に折りたたんだ手紙をしまう。


(もし付き合うようになったら部活の時間なんてないかもな……。フフフ)


 その時のことを想像するだけで知らぬ間に不気味な笑いが零れる。


 すると、そこへ守の思考を遮るように女性にしては威厳のある声が聞こえてきた。

「あら、今日は道に迷わなかったのね。えらいわ、褒めてあげる」

「知り合って数日とは思えないほどの上から目線だな……」

 まるで初めてのおつかいができた子供を褒めるかのように笑顔で話す唯香。


 しかしその目は笑っておらず、むしろ見てはいけないものを見てしまったかのような瞳をしていた。


「……なによ、二年目にしてまだ校内の道を迷うような男に尊敬しろと? それもあんな背筋がぞくっとする笑みをするキモ虫を? とんだエイプリルフールね」

「おま、まさかさっきのをみていたのか?」

「えぇ。あの笑い声は生理的に受け付けられないわ。もし今のを動画でネットにあげたらきっと批判コメが弾幕になって流れるでしょうね」

「そこまでひどいの!?」


 守は唯香をジト目で責めたが、当の本人はしらっとした顔で視線を受け流していた。


「物のたとえよ、たとえ。そう気を悪くしないで。あなたがキモ虫なのは昔から知っているから」

「もうなんか……言い返す気力もないわ」

 ふふんとご満悦そうに歩く彼女は、そういえばと聞こうと思っていた本題を口にした。


「ねえ、朝の『春がきた』ってやつ。あれ、なんなの?」

「え、あぁ……あれね。別にたいしたことじゃないよ」


 さすがに告白されたなどと本当のことは言えない。

 咄嗟に嘘を吐こうにも機転の利かない守は何も思い浮かばず、結果曖昧な返事しかできず、かえって唯香に不振がられる羽目になった。


「ちょっと何があったのよ。教えなさいよ」

「な、別にいいだろ。お前は俺の保護者か!」

「保護者じゃないけど私にはあなたを管理する義務があるわ」

「なんでやねん」

「それは……いずれわかることよ」

「はぁ?」

「しょうがないじゃない。あなたにはまだ説明しなきゃいけないことがたくさんあるんだもの」


 全くもって、理解しようとすることすら愚考に思えるほど、意味不明な話だ。


 しかし肝心の唯香はそんなことはどうでもいいらしく、逆に先ほどのことで本当のことを言うまで問い続けるような勢いで聞いてきた。


「ねえ、もしかしてそれって恋愛絡み?」

「それは――違う」


 なぜか冷や汗を浮かべながら、どこかあせっているように聞いてくる唯香に守は一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直し、隠し通す。


「そもそもこんな俺がラブレターをもらえるわけないだろ?」

「ラブレター? ラブレターだなんて私一言も言っていないのだけど」

「え? あ、いや、たとえだよ。そう、たとえ!」


 しまった。まさか墓穴を掘ることになるとは……。


 しかしこんなチャンス、自分みたいな影の薄い者には人生にそう何度もこない。だからこそできる限りこのことは他人には言いたくない。邪魔されたくはないのだ。

 昨夜気持ちが落ち着いてから考えていた、決意たる思いを胸に守は必死に動揺を隠す。



 それからしばしの間沈黙が奔り、息が詰まるほど緊迫した空気に守は唾を飲み込んだ。


 そして沈黙に痺れを切らした唯香が改めて聞きただそうとしたそのとき、突如彼女の脳に電撃のような感覚が奔った。

 その感覚に一瞬動揺したものの、すぐに状況を理解した唯香は最優先事項が増えたため、しかたなしに守への尋問を諦めた。


「……もういいわ。どうせ言う気もないんでしょうし、どうやら時間も無いしね」

 そう言って唯香は先までのが嘘だったかのように興味をなくしたかの様子で部室へと入っていく。

(た、助かったのか……?)


 無論唯香の心理で起きたことなどいざ知らぬ守は、意外にすんなりと引き下がった唯香を訝りがらも、ほっと胸をなでおろしていた。


(しかしこの緊迫感はやばいな。まるで部屋に隠し持っているエロ本が誰かにばれそうになったときのようだ)


 ラブレターを貰うって案外いいことばかりでもないんだな、と守は恋愛絡みについては皆無であった自身の知識に知恵を情報を収めた。


「ほら、早くしなさいよ。昨日の続きよ、キモ虫!」

 部室から守に罵倒の声が浴びせられる。


「とりあえずキモ虫はやめろよ!?」


 それにしてもこんな自分を罵ってくるやつと一緒にいられるよなぁ。守は小走りで唯香の下に向かいながらふと思った。


(たぶんあの性格がもう少しでもよかったのなら、俺は唯香にゾッコンだったな)


 もし彼女がおとなしめの性格だったのなら、俺はこの手紙の子も昨日の場ですぐに断っていただろう。まぁあの性格が直るとは思えないが。


(あぁ、とにかく早く部活が終わる時間にならないかな)


 守はこの後のことに期待を膨らませながら部室の中に消えた唯香を追う。


 人生初のラブレターをもらった男というものは今までにないほど浮かれていたのであった。







 しかしそんな守とは対照的に、唯香は浮かない顔で窓から鳥の鳴き声が消えた外を見つめていた。


「……さっきの感覚が間違いであってほしいわね」


 呟いたように小さく発せられたその声は、窓から吹いてきた心地よい風によって静かにかき消された。


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