始まりの夢
寝ぼけた頭を起こしながら少年は目を開けた。
充血している瞳に入ってきた世界はまるで夢の続きのような世界だった。
大気を埋め尽くすような勢いでほこりが舞い踊り、何階建てだったのか想像もつかないほど粉々に粉砕された建物の数々。根元から上を失った木々。
雲ひとつないのに黒く、不気味な雰囲気をかもし出している空。そこら中に隕石でも落ちてきたかのようなバカでかいクレーターができている地面。
非現実的な、もはや全てが塵と化した世界に、気がつくと少年――門脇守は立っていた。
(……どこだ、ここ)
まるで今しがた大国同士での戦争でもあったかのような惨状に、守はぼうっとしている頭を必死に回転させた。
しかし当たり前だがこんなところに来た覚えもないし、そもそもなんでこんな状況になっているのか理解ができない。
しかたなく何か目印のようなものがないか周囲を見渡す。
するとどうにか原型を留めている滑り台が、一台あった。
よくみるとその滑り台は赤をベースとした黄、青、黒のカラーリングが施されている。
あれほど奇抜な色合いの滑り台は守が知っている限り、一つしかなかった。
家のすぐ近く、小さいころよく遊んでいた公園にあったものだ。
しかしその公園は確か数年前に小学生の男の子が公園内で大怪我をしてしまい、その数日後に遊具を含めて全て取り壊されたはずだ。ここにあるわけがない。
だがやはりあんな色の滑り台、世界でも唯一無二だろう。
(いったい何がどうなってんだ)
状況が読み込めずに、放心状態で天を仰ぐ。
しばらくして幾分か落ち着き視線を前に戻す。と、いつの間にか太陽のようなほの白い髪を腰まで携えた少女が立っていた。
その少女の姿容に、守は思わず息を呑む。
空よりも澄んでいる鮮やかな碧色の双眸に、天女ですら霞むほどの端正な顔立ち。
思わず魅入ってしまう、非の打ち所のない艶やかな体躯。その背から天へと体を伸ばす純白の翼が少女の存在をより一層引き立ている。
その身に纏っている羽衣が各所を申し訳程度に隠しているだけのため、少女の麗しい肌が露わになっており、神ですら虜にしてしまう色香を放っていた。
それほどまでに、ありえないくらい、瞬きをすることすら躊躇してしまうほど美しい少女だった。
「あら、まさかこんなところに人間がいるなんて」
少女は守を見るとわずかに目を見開き、そして誘惑するように妖艶な笑みを魅せる。
自分より幾つか年下の少女のものとは思えぬその仕草に、守は知らぬ間に蠱惑されていた。
「ちょうどさっきの戦いで魔力も切れていたし……帰りの土産にはちょうどいいわね」
思案顔でなにやら呟いた後、満足げに頷いた少女はこちらに右手を差し出してきた。
そしてぶつぶつと聞きなれない言葉を唱え、それに呼応するように少女の指先から蒼い光が溢れ出る。
やがて光は守を包むように広がっていき、守の身体からも色は違えど似たような光が溢れ出てきた。
(体が……動かない?)
魂が開放されるような、えもいわれぬ快感に包まれながら、守は動かない手足を見て首をひねる。
そして少女の蒼い光が守の体を包み込んだ瞬間、遠くから体中を浅い傷で埋め尽くされた少女が藍色の長髪を揺らしながら駆けて来た。
「――ッ!! そこの人間! 早く逃げてッ!!」
「あら意外と速いのね、悪魔ちゃん。でももう遅いわ」
それを少女はちらりと流し目に見た後、すぐに視線を守に戻す。
そして小指で自分の唇を愛しそうに撫でながら恍惚な貌で、包み込むような優しい声色が静かに告げた。
「さぁあなた――私のために死んで」
(――ッ!? なに、を……)
少女の口から発せられた言葉が空気を振動させた瞬間、守を纏っていた少女の光が引力に引かれるように主の下へと帰っていき、守の体から溢れた光も導かれるように少女の指先へと吸い込まれていく。
「だめぇぇぇぇええええ!!」
そして傷だらけな少女の叫びを鼓膜で反芻させながら、徐々に視界が闇に染められ――。
バッ!
気がつくと自分のベッドから跳ね起きていた。
「…………夢オチかよ」
なんとも言えないオチに、思わず安堵と落胆の入り混じったため息がでる。
念のため自分の体をあちこち触ってみるが大丈夫、どこも変わった様子はない。
変な夢だったなと思いながらも時計を見てみると、短針がまだ「6」を刻んだばかりだった。
(起きるにはまだ早いか……?)
しばらくどうしようか考え、ベッドを出る。さすがにあんな夢を見た後じゃもう一度寝る気にはなれなかった。
(それにしても妙にリアルな夢だったなぁ)
眠い目を擦りながらふと思う。
あの夢はなんだか懐かしいような、前にあんなことがあったような気がするのだ。
もっとも、どうせ小さいころに同じ夢をみたからというつまらないオチなんだろうが。
「ま、いっか」
所詮夢は夢だ。
すぐに気を取り直した守は考えるのをやめ、ゆっくりと学校の支度をはじめた。