異常な才能
瑠愛さんの魔術を見せてもらった俺は未だにわずかな恐怖が残っていた。
身の丈を超える岩を一撃で粉々に砕く。俺の魔術が誤差に見えるほどの力だ。
瑠愛さんが規格外の才能を持っていると、改めて実感がわいてくる。
なにより、本人が平然としていることが恐ろしい。
演習場は別の人が軽く片づけをするらしい。その間、俺たちは小会議室に戻っていた。
「さてさて、慎平君にも瑠愛ちゃんの現状を見てもらいました。もうちょっと詳しく説明していきましょう」
琴羽さんはホワイトボードの前に立って説明を始める。
「色々あるんですけど、わかりやすい原因は魔力量です。私の知ってる中でも、十本の指に入る魔力量ですから」
「…………」
乾いた笑いが出そうになる。
琴羽さんの見てきた中での十本の指に入るのか。きっと俺には想像もつかないような凄まじいランキングなのだろう。
瑠愛さん、そこに並んでいるのか。
「慎平君と同じ感覚で魔術を使ってもあんな風になっちゃうんですよ。
瑠愛ちゃんにとって、あれは必殺技ゲージを消費する技じゃありません。ボタン一つで出せる弱攻撃なんです」
言いたいことはわかる。でも、なんだか緊張感の薄れる表現だな。
「琴羽さんも格ゲーやるんですね」
「この仕事やってると、若い子の話題についていけるようにしないといけないんですよ。最近は娯楽も多様化して大変です」
琴羽さんの仕事って何だっけ?教師ではなかったと思うけど。
「ちょっと待ってください、琴羽さん。
さっきの魔術は弱攻撃じゃありませんよ。強攻撃くらいはあります」
瑠愛さんが手を上げて訂正を求める。その言葉でさらに力が抜けた。
「だそうですよ」
「みたいですね」
琴羽さんと顔を合わせる。二人で微妙な表情になった。
結局、さっきのが溜めなしで打てる攻撃には変わりない。瑠愛さんの強攻撃一発で、俺のHPバーは跡形もなく吹き飛ぶだろう。
「なんでその状態で魂魄魔術は抜群の精度なんでしょうね?本当に意味がわかりません」
琴羽さんは机に半身を預けて大きく溜息をつく。表情からかなりの疲れが見て取れる。
ちょっと言葉が崩れてきているけれど、仕方がないかもしれない。
瑠愛さんの面倒を見ているのは恐らく琴羽さんだ。この状態で指導するとなればな。
『魂魄と生命は別の属性。属性ごとに勝手が違うのですから、瑠愛さんの状況は当たり前じゃないでしょうか?』
リナさんは冷静に反論を繰り出す。それを琴羽さんは拒否した。
「限度がありますよ。な~んで魂魄属性は私を超えちゃってるんですか?」
『え?』
琴羽さんがさらっと口にした言葉に俺と九條さんの声が揃う。
「今、宵宮瑠愛が琴羽さんを超えていると……仰いましたか?」
九條さんの声が震えている。あまりの内容を信じられないのだろう。
俺も信じられない。
五大組織の一角、魔女の家のナンバー2。つい今しがた、とんでもない魂魄魔術を見せた琴羽さん。
彼女よりも瑠愛さんの方が上の使い手?
「そうですよ。単純な技量ならもう私より上。下手すると魔女の家全体で一番かもしれませんね」
「なんかそうらしいですね。琴羽さんより上手いのは間違いないと思います」
琴羽さんと瑠愛さん、二人はあっさり言ってのける。嘘を言っているようには見えない。
「正直、魂魄魔術に関してはできないものを探す方が難しいくらいです」
「できないのは何がありましたっけ?人を操る魔術?」
「それはそもそも教えていません。できてもいいことがないので」
その言い方だと教えたらできるのではないだろうか?再び冷や汗が流れる。
「宵宮瑠愛はまともに魔術の訓練を受けるようになって1年程度。そう記憶しているのですが?」
「い、1年⁉」
九條さんの言葉でさらに驚愕する。魔術師は普通かなり長期で訓練を行う。それだけ便利で危険なものだから。
俺の場合、中学から大学まででおよそ10年。九條さんは名家の生まれなら、物心ついたころから15年はやっていると思う。
琴羽さんなんて生涯鍛えているだろう。
それが1年?たったの1年?
「転校してきたのが2年生の最初だから、多分それくらいですね。それまでは1年くらい野生の魔……術師をしていましたから」
「独学期間も合わせたら2年ですね」
どっちにしろ魔術師としては異例の短さだ。俺なら基礎の基礎しかできなかった状態だぞ。
「ちなみに、そのとき資格は……」
「ないに決まってるじゃないですか」
「ですよね」
琴羽さんが諦めの顔で笑っている。多分、明らかな黒だな。
むしろある方が不自然だ。いや、それを容認していいかと言われたら無論ダメなのだけど。
「うちの子が地方に行ったときに見つけて報告くれたんですよね。私も目を疑いました。
平然と使ってましたから」
指導もろくに受けてない子が魔術を使っていた。それがそもそも信じがたい。
その上、このレベルなのだから。
「なんで子供のうちに見つからなかったんですか?検査はしていたんでしょう?」
普通、魔力に覚醒するのは小学校の低学年くらい。遅くとも、10歳くらいにはわかるようになる。
だから、小学校の健康診断で一緒に魔力検査をするのが通例だ。俺もそうやって見出してもらった。
「……たまーに後から覚醒する子がいるんですよね」
「初めて聞きましたね」
魔法学園でも聞いた覚えがない。俺が聞き逃したのか、かなり専門的な内容なのか。
「大事なことなので覚えておいてください。魔女の家ではそういう子が重要な保護対象です」
琴羽さんは重々しい口調で話しを続ける。
「わかりました」
つまり俺のこれからの仕事に深く関わるということだ。しっかり勉強しておかないと。
「そういう子は才能のある子が多い。瑠愛ちゃんはその一例なんですよね~。かなり極端な方ですけど」
「身に染みてよくわかりました」
瑠愛さんの半分でも俺より数段上だ。そんな子が何も知らずに魔術を使うと思うと……怖くて背筋が震える。
「基本の魔眼は勿論。念話、動物操作、魔術干渉。本当に魂魄魔術ならなんでもできちゃいます。
キリがないので、時間があるときゆ~っくり見せてもらってください」
魂魄魔術全般って感じだな。専門外の俺でも範囲が広すぎると理解できる。
それを網羅しているなんて。本当に規格外だ。
「あとは瑠愛ちゃんの得意技を見せてあげてください」
「得意技?ああ、あれのことですね」
瑠愛さんは立ち上がって琴羽さんの隣に立つ。
「慎平君、身体強化をしてください。そんなに強くなくていいので」
「わかりました」
俺も立ち上がって何度も描いてきた術式を魔力で編む。へその少し下、丹田に術式が浮かび上がる。
術式から緑色の魔力が流れ身体に力が溢れる。他の人に比べると貧相かもしれないが、これが俺の身体強化だ。
「瑠愛ちゃん、いいですよ」
「ほいさー」
瑠愛さんは何も持たないままダーツを投げるポーズをとる。そして手を頭の後ろまで引くと指先に魔力が集まる。
現れたのは紫色の針。それを思いっきり俺に投げた。
「え、ちょ⁉」
完全な不意打ちで回避行動も取れない。針はまっすぐ俺に向けて飛び、丹田に浮かぶ突き刺さった。
目をつぶって耐えようとするが痛みはない。
プツン。まるで電気が切れるように俺の術式が力を失う。
「これは?」
ただ筋肉に力を込めているだけになってしまった。術式が壊されてしまったようだ。
「アンチマジック。瑠愛ちゃんのオリジナルですね」
「アンチマジック……」
「文字通り、魔術の効果を失わせる強力な技です」
琴羽さんがホワイトボードに身体強化の術式を大雑把に描いていく。
「厳密には魔術じゃありません。ただ瑠愛ちゃんの魔力を針状に固めて投げているだけなので」
「それだけで術式を破壊できるんですか?」
「普通はできませんよ。でも、理論上は可能です。術式の綻びを正確に狙うことができたらの話ですが」
「弱点……術式の中心とか?」
ちゃんと見えたわけじゃないけど、さっきは多分中心を刺されていた。俺が知らないだけでそういう概念があるのだろうか。
「今回は中心でしたね。実際、円の中心近くが綻びになることは多いです。魔力の循環の起点ですから」
琴羽さんはホワイトボードに書いた術式の中心を指で叩く。
「術式の綻びっていうのは魔力の流れが乱れているポイントです。
魔力と術式の関係は水と水路のようなもの。きれいに魔力を流すことで魔術は発動します。
でも、綻びでは術式に必要以上の魔力が流れていて負担がかかってる状態です」
琴羽さんが術式の隣にイメージ図を描いていく。管の中を液体が流れているような図だ。
一点だけ矢印が三本描かれて『辛いよー』というコメントが添えられている。そこが綻びということなのだろう。
「俺の制御が甘いということでしょうか?」
これでも自信はあったのだけど。突出した魔力量もセンスもないけど、丁寧さだけは負けないと。
「いいえ、むしろきれいな方だと思いますよ。
誰でも魔力を術式の中で100%きれいに循環させるのは無理です。ほぼほぼ綻びはできます。
私も綻びをなくすのは無理ですから」
ならば諦めはつく。琴羽さんが無理なことを俺がやろうとしても厳しいだろう。
「瑠愛ちゃんは魔力を圧縮して綻びに突き刺しています。するとどうなると思います?」
「魔術が失敗する?」
「その通りです。綻びを正確に刺すことで術式にひびを入れたような状態になります。そこに魔力が流れると術式が壊れちゃうんですよ」
図の中の管は壊れて液体が溢れてしまった。これがさっき俺の魔術で起こっていたことなのか。
「便利な技ですね」
この理論通りにできれば少量の魔力で相手の魔術を封殺できる。魔術師なら喉から手が出る程欲しい技術だ。
「確かにそうなんですけど、多分思ってるより使い勝手悪いですよ。というか、瑠愛ちゃん以外はまともに使えません」
「そうなんですか?」
「同じ術式でも弱点は同じじゃありません。
人によってかなりずれますし、そもそも同じ人が使う同じ魔術の中でも秒単位で少しずつずれていきます。しかも的は大きくてもミリ単位ですよ」
「え?じゃあ、瑠愛さんはそれを一瞬で見極めて当てたってことですか⁉」
「そうなんですよ。本当、神業です」
琴羽さんが腰に手を当ててうなずく。さっきから難しい顔をしている理由がようやくわかってきた。
「なんかわかりません?ここなんか不自然だなって」
「動いてるんだよね?」
「それもなんとなくここら辺に来そうだなって」
悪いが瑠愛さんの言ってる意味がわからない。
俺はそもそも魂魄魔術が使えないからはっきり言えない。でも、瑠愛さんの言っていることは普通じゃないと思う。
「瑠愛ちゃん、前も言いましたけどそれは魔眼の超高等テクニックです。見極められるようになるまで普通は十数年、或いは数十年かかります」
「でも琴羽さんはできるじゃないですか」
「私のキャリアを舐めないでください」
基準がだんだんわからなくなってくる。瑠愛さんが普通じゃないんだよな?
「なんでそれが2年でできているんですか?」
「だから、意味がわからないって言ってるんですよ!」
段階を飛ばしているというより、階段そのものをすっ飛ばしているレベルだ。俺も琴羽さんに同意したくなってきた。
「そんなこと言わないでくださいよ。大変だったんですよ、これ思いつくの。『人を傷つけない必殺技を身につけろ』だなんて無茶ぶりするから」
「半年そこらで新技術を編み出すとは思わなかったですよ」
琴羽さんは既存魔術から選ぶと思っていたのだろう。それが箱を開けてみたらオリジナルを自分で開発。
うん、琴羽さんが頭を抱える気持ちもわかる。
「まあ、そんなところですよ。多分、半年くらいは驚きっぱなしになると思いますよ」
「……覚悟しておきます」
こうして瑠愛さんの実力がわかった。俺では測りようがないということが。




