再建が命の領主様は犬系男装少女と意気投合する
幼い頃は、何も考えずにただ与えられていた。
それが当然のことだと、自身は貴族で、領民のことは無関係な自分とは別の生き物だと認識していた。
父のしている行動に何の疑問を抱かなかった。
領民をただ搾取する対象として認識していた。領民の心情も痛みも見えていなかった。
だから父の行動に関心を持たなかった、父の行動を咎めなかった。
ある事をきっかけに、抑圧されていた貧民街の孤児たちが暴徒化し、屋敷を焼かれ、父は殺されるまでは。
本来なら、そこで私も母も殺されていた筈だった。
領民を圧政し、贅沢尽くしの生活をした報いとして民に殺された、馬鹿な領主一家で終わる筈だった。
だけど、殺されなかった。
「ごめんな」
緑色の瞳を持つ、がたいの大きな青年に出くわした時、私の人生は終わったと思った。
でも、そいつは、その人は、顔と自慢の銀髪を煤だらけにして逃げる私と母の姿を見て、剣を下げた。
その人は私の剣によって軽い傷を負ったのに、そうしたのだ。
母親の『そのままそいつを殺して私だけを守りなさい』と叫ぶ醜さが、遠のくくらいには衝撃的だった。
「なんで、助けるの……」
「俺が止められなかったから、誰も救えなかった結果がこれだから……」
暴徒の大半はスラム街の孤児だった。そんなどうしようもない奴らなら、私達のことを容赦なく殺すのだと思った。暴徒なのだから。
でも、その後も見逃された。
「ガキだし、何よりティムが逃したんだ。なら、俺らはその選択を蔑ろにする訳にはいかないよ」
「ナーヒブも、子供は殺さないことにしたってわざわざ言い残したんだ」
その後、自身を見逃してくれたティムという暴徒の、育て親の女が、父の暴政に抗議したことで殺されたと知った。
暴徒の首領ナーヒブが、その女の死をきっかけに今回の計画を企てたのを知った。
抗議した女が必死に、父にも周りの領主にも手紙を送ったのに、全て握りつぶされたのを知った。
その女が暴徒以外にも慕われていて、領民が彼女の死について皆怒っていたことを知った。
知れば知るほど、今までの自身の生活が何だったか思い知らされた。
止められなかったのは誰だ。救えなかったのは誰だ。本当に謝るべきなのは誰だ。
私だ。自身の生活が領民の犠牲によって成り立っているのに気づかず、父のことを止められなかったから、私が彼に謝るべきだった。
噂で、暴徒たちは盗賊団になったと聞いた。
それを聞いた時、自分自身の価値がドブ以下になった。私の家族が、私が、自分勝手に周りを考えずに生きていた所為で、彼らは犯罪者にならざる得なかった。
母は実家に引き取られた。私もそちらで暮らすのが成り行きだっただろう。
でも、そうはしなかった。私は領地に残った。領地に残って、頭を下げて、知恵者に学び、汗水たらして、荒れ果てた領地を再建することにした。
責務だった。これは私の贖罪だ。
***
「ラバン様、中央の方から見合いの申し込みが……」
そう老執事が手紙を差し出す。質の良い封筒と、私でも少し目にしたことある家紋の封蝋にため息が出る。
「今回も全て断る。何度断ればいいんだ? いい加減しつこいにも程がある」
「中央の方々は旦那様のご活躍っぷりに感心されているのでしょう……」
「それで? 青田買いで自分のとこの領地経営させるか、余り物の娘を嫁がせて金を絞りとるってか?
私はこの土地から離れる気もないし、領地の利益を貴族様の財布に入れる気もないぞ」
ここ数年、うちの領地が調子が良いことを聞きつけて、よだれを垂らした獣がやってきたな。
でも、そのレベルにまで領地が回復したことには少し安堵する。
「旦那様、口が悪いですよ。それに旦那様だって貴族ではないですか」
「没落貧乏が過ぎて、最近まで中央の貴族に領地ごと存在を忘れられていたがな」
「最近は旦那様の尽力で立ち直ってきていますよ。その証拠に中央からこんなにお見合いの申し込みが殺到して」
「ああそうだな、数年前に私が何十通と手紙を送っても、何ヶ月もの旅路を経て直接会っても、援助要請したのを無視されたのに、見事な手のひら返しだ」
数年前だったら、最悪自分を売ったって領地に金が入るなら、結婚したさ。
が、もうその段階はもう過ぎた。
実がなった段階で欲しいとは、随分と都合がいい。その為に、うちの領民がどれだけ尽力したと思ってる。舐めないで頂きたい。
「確かに大変腹立たしいことですが、旦那様もそろそろ結婚されては」
「中央の娘と結婚してうちの領地に利益があるとは思えないな。見栄っ張りな連中には田舎暮らしは向いていないし、無駄に足を引っ張られるだけだ」
「中にはいるかもしれませんよ……」
「いないな。それか素晴らしい人物は、雲の上にいるもんだからここの情報なんて眼中にも入ってない。
まともな奴がここの情報を知っていたらクソ親父の代でうちの家はお取り壊しになってる筈だ。数年前の要請に碌に返事されなかった時点でお察しだ。今、うちに構う連中は甘い汁を吸おうとしているだけだ」
私の手紙だけでなく、あの青年の育て親の手紙まで無視した連中だからな。無視して、クソ親父から利益を吸っていた連中だからな。
「うっ……それはそうかもしれませんが。御子息がいないのは……」
「あのクソ親父の血なんて残して意味があるか? それに世襲で統治しなくても優秀な人材がいればそいつを養子にすればなんとかなる。下手にボンクラが統治するより全然マシだ」
「旦那様は立派な方ですから、きっと大丈夫ですよ。ですから――」
「……もうこの話はやめよう。不毛だ。それに、今日は新入りが来るから」
執事は、私が20歳と若いが、既に当主なのと父方の親戚関係が全滅なのを憂いているのだろう。
母とは数年前に、領地のことで大喧嘩して絶縁した。
でも、正直、私は自分の代で血は絶やしたいんだ。
私が今欲しいのは、この領地に益になる人間、この領地のことをよくしようと考える人間だ。
***
「このルイは馬鹿ですが有能です。ラバン様、こき使ってやって下さい。16歳にしてかなり幼いですがよろしくお願いします」
そんな風に若い従者に変な紹介されたのは、右頬に傷のある自分の4つ下の少年だった。
少年は最初こそこちらに茶色の瞳を真っすぐ向けていたが、あまりの紹介の仕方に隣の赤毛の従者の顔をぽかんと口を開いて見た。
「オレ、幼いの? もう16才だよ。16才って幼いの?」
背の高い従者を見上げるその瞳の色は茶色と凡庸な色だったが、妙にキラキラしていて目をひいた。
無垢な子供のようというかなんというか……。
この赤毛の従者は引き抜き人として優秀だが、どうも癖のある人物を連れてくることが多い。
その中でも、随分とまあ変わった子を連れてきたもんだ。
「このタイミングでそういう質問をそういう言葉遣いでしますから、幼いでしょうね」
「そうなんだ、ですか? 育成学校で言葉遣いはやらなかったなー。他の勉強はやったし、学費の為に一番取ってたけど。うーん、不思議、いっしょに教えてくれれば良かったのに」
首を傾げながらそう言う少年は幼く見えた。仕草や言動は勿論、背が小さく童顔なのも原因だろう。
それにしても、こんなんであの役人育成学校で一番、首席とは凄いな。あそこは超実力主義の筈。
「言葉遣いは周りを気にしていれば自然と覚えるものですよ」
「ルイじゃなくてルウと同じこと言う」
「ルウとはどなたですか、適切な答えだと思いますよ」
「お、妹。あと育成学校のみんなもおんなじこと言ってた」
「ご学友にまで言われているのですか……」
この従者にしては引き抜いてきた相手によく喋る方だな。呆れているっていうのもあるだろうけど。
……いや呆れてるフリか。
気に入っていることは分かる。こいつは連れてきたやつが、ただ有能なだけの奴の場合、最初の紹介の後にすぐに去っていくからな。
「はじめまして、私はラバンと言う。ルイと言ったなよろしく頼む」
「はい、よろしくお願い、します! えーと……なんて呼べばいいの……ですか?」
従者に見られながら、たどたどしくルイはそう口にする。
なんか子供を通り越して子犬を見ている気分になってきた。大丈夫か? こいつ。
「ご主人様とかですかね」
「ごすっ、ご主人様」
「言いづらそうですね。では主様とか」
「ぬしゅ様」
「なんで、さっきとは逆の方向で噛むんですかね」
「あんま慣れてない言葉遣いなんだもの」
今日は本当に従者が饒舌だ。見てて気が抜ける光景だ。
赤毛の従者は、癖は強いが優秀な人物をよく面白がって連れてくる。でも遠目で観察して面白がってるだけで、直接関与しようとするのは珍しい。
この従者ハオスは、若干伸びたくせ毛の赤毛を結んでモノクル眼鏡をしているという、うさんくさい見た目に相応の性格してるからな。いや、優秀なんだがな。
「ラバンでいい」
「ラバン」
「様をつけなさい」
赤毛の従者がかしこまった口調で、新入りに注意するが、こいつも大概裏で私のことを坊ちゃんって呼んでるのを知っているからな。
「ラバン様!」
そんなことは全く知らず、ルウという少年は元気に返事をした。
ハオスが幼いと最初に言ったが本当に幼い。ちゃんと言えたぞとばかりにニコニコしている姿を見ているとどうも険しい顔が出来ない。
「よくできました。敬語は徐々に直して行きますからね。では、お前は先に帰ってなさい」
「はーい」
「返事は短くです。後偉い人の前から立ち去るときは失礼しますと言いなさい」
「はい! 失礼します」
素直に出ていく少年の役人の制服は合うサイズが無かったのかぶかぶかだ。
「………………あれ、本当に使えるのか?」
「行動も言動も、一般常識は乏しいですが、能力は一級品です。むしろ、そこしかないです」
満足気に微笑む従者に自分の不安を漏らせば、はっきりとそう返される。
「なんで、そんなのを採用した?」
非難してる訳ではない。単純な疑問だ。
この二つ上のハオスという従者の目は間違いないし、考えなしに行動は起こさない。
愉快犯でもあるが、こちらの期待にも応える男だ。
だからこそ、放浪していたこいつに、私は頭を必死にさげて、この土地に尽力してくれと頼みこんだのだ。
「扱いやすいですし、あれはああいう性格なのでもし悪事を働いたりしたときに判明しやすいかと、あと故郷の馬鹿な飼い犬に似ていて可愛いです」
「後半は完全に私情だし、なんというか失礼だぞ」
人間と犬を重ねるな。俺もさっき心の中で子犬とか思ったけど、流石に口には出してない。
私の配下は結構めんどくさい連中がいる分、執事と共にまとめているこの赤毛の従者にはストレスが溜まっているのだろうか?
でも、才能を見極めて引き抜きして連れてくるのはこの従者だし、くせ者を連れてきているのもこいつだ。自業自得か?
「育成学校に視察に行った時に散々クラスメイトに犬扱いされてたので慣れているかと」
「おい、犬扱いってどういうことだ?」
「投げられたボールを取りに行って、褒美に昼食おごってもらって、撫でられていましたね」
「新たないじめか?」
「本人も周りも無邪気に笑っていましたよ」
「それもそれでやばいぞ」
いじめる方が問題だが、それにしてもいじめられている方は虐められていることに気づけ。
いや、気付かない方が幸せなのか?
「自分もそれを思ったので聞き取り調査をしたところ、当初はあまり裕福ではない彼をいじめるつもりでかびかけたパンを投げていたそうです」
「おい」
アウトじゃないか。意識の高い役人育成学校でもいじめが起こるんだな。いや、意識が高いから起こるのか?
そういったいじめについて俺はあまり詳しくないから分からん。同世代での集団生活というものをしたことがないからな。近い年代の若者はこの領地から、あの時に随分と去って、最近ようやく新規に住み着いてくれるようになったから。
いびりなら中央貴族共にやられるが、まともに相手をしていないからな。
わざわざ僻地のここまで嫌味の手紙を送ったりして変わった趣味だとは思っている。
だが、いびりよりんは、結婚に関する手紙が来る方が憂鬱だ。
大方こちらが上手くいっているから、青田買いを狙っているのだろうが、そう言った連中の娘を娶ったら浪費されそうだから勘弁だ。
「ですが当人は昼食をもらえると大喜び。あまりに無邪気な反応を返されていじめっ子達は、普通に奢ろうと考えます」
「いじめっ子ってなんなんだろう?」
意外と根が純粋だ。さっきまでいじめてた奴が、なんで奢ろうとか発想になるんだ。
「しかし、普通に奢ろうとすると『投げないのか?』と不思議そうにされたそうです。なのでボールをなげるようになったと」
「………………」
犬だ、そう思ったが犬扱いにさっき突っ込んだばかりなので何も言うまい。
いじめじゃなくて良かったと思うが、なんだろうこの納得のいかない気分は。
「育成学校では彼は『愛犬ルイくん』または『人間浄化装置』と呼ばれていたそうです」
「に、人間浄化装置?」
「彼の学年の生徒は全体的に生意気さがマシです。不良もいませんし、いじめっこもいじめっ子じゃななくなりました」
凄まじい効果だが、あまりにも凄くて怪しい商人の言葉並みに説得力が無い。
それでも今回役人育成学校にこの従者が引き抜きに行けたのは、卒業生だったからだった。……卒業生が認識している役人育成学校がロクでもないな。
が、――数か月たつ頃には『人間浄化装置』その言葉が嘘でもないような気がしてきた。
「すご! ダンさん、数年前の新聞の記事の端に載ってたこと覚えてんの?」
「ま、まぁな……ペドロの所にまた伝えに行くんなら気を付けていくんだぞ」
「なんで? ペドロのおじさん優しーよ。昨日、お昼ご飯奢ってくれた時に、お気に入りの店を紹介したかったんだって言ってくれたし! ダンさんも優しいけどね!」
「そうなのか……私も今日の昼ご飯奢るから、一緒に食べないか? 三番街の角の店のハンバーグが美味しいんだ」
「ほんと? やった! ダンさん、ありがとう! わぁ、今から楽しみだ! あ、今度オレが見つけた面白い本教えるね」
ダンもペドロも随分と随分と気難しいんだが、ついに二人も陥落したか。
ペドロに至ってはただでさえ怖い人相をさらに怖くして助手にと入れた奴を、追い返した過去がある。
「残りはラバン様だけですね。ご飯を奢ってないのは」
「わざわざ口に出して言うことか? そもそも私以外がどうしてご飯を奢っているのかが不思議だ。というか私は外食者以外には食事も与える仕組みを作っている」
別にルイも自ら奢って欲しいとまでは言っていないのに、皆勝手に財布を出す有様だ。
まあ、子供相手に大人がおごるのは当然か。くせ者ぞろいでそこら辺を疑っていたな。……配下の皆に失礼だな。私の認識に問題ありか?
「分かってないですね~、一緒に食べるんですよ。すっごい美味しそうに食べるので、一緒に食べるこっちも気分よくなるんですよね。
あとあの子褒め上手なんで、プライド高い連中達しかいないこの職場の浄化係なんです。空気がバチバチしないんです。マウント取らないし、こちらがマウント取らずとも先に褒めてくれます。
しかし、それを計算とか胡麻すりじゃなく天然でやってくれるんです。可愛い駄犬が大喜びしてるのを見てたら癒されるでしょう?」
従者の言っていることを雑に要約すると、無自覚にプライドの高い連中の承認欲求を満たしてくれるし、癒してくれると言ったところだろうか。
「というか、なんであいつは雑用とか連絡係までやるようになってんだ。仕事はどうした」
「あの子、本当に優秀なんですぐに仕事終わってしまうんです」
「……そうか」
日常的な行動を見ると全くもって優秀な人材には見えないが、仕事面では本当に出来る奴みたいだ。
実際、私のところに来る出来上がった資料も、文句の付け所がない。
あれは一朝一夕で作れるようにはならない。長期的な努力を積み重ねた知識の上に出来上がったものだ。それに、流石、役人育成学校出身、横のラインが強いのか、まだこちらに届きにくい情報まで仕入れている。
言動等との差には違和感を抱くが、総合的に見ればその才能と引き換えに日常的な部分を失ったと考えればバランスが取れているか……。
「で、することなくてぼーっとしてた時に、あのウィルに会いまして」
ウィルって無駄なことが大嫌いなウィルか。
政策の無駄な所と見つけて指摘したりと優秀なんだが、日常生活にもその性格があって面倒だ。時間を無駄にするのも許さないらしく、奴は自分がコーヒーを飲む時間さえも無駄が無いようにと時間を決めている。
「ま、暇そうなルイを見て放って置くわけがなく、雑用をさせるか、人員削減させるかとこちらに文句を言ってきたのでルイに雑用も振ったんです」
「なるほど……ちゃんと仕事こなして、雑用までこなしてなると結構凄いな」
「ええ、ウィルも結構気に入っているので、毎日十秒ルイの頭を撫でる時間が出来ました。連絡係に関して私が思いついてやらせました。お陰で相性の悪い部署同士の協力も上手くいくんですよ」
「確かに、最近は連携が上手くいってるなって思っていた」
優秀な人材がいくらいたって、連携が上手くいかなかったら勿体ないからな。
「見事でしょう? では、ねぎらいに行きましょう! 俺がルウに今日の昼にご主人様が用事あるって呼び出したんで!」
「おい、私の名前を騙って人を呼び出すな。あと、ルウってあいつの妹の名だろう。あいつは、ルイだ」
「ちゃんと家族情報まで覚えてるのは流石ですね。まあまあ細かいことは気にせずに、たまには配下のものと交流しましょうよ。わざわざこんな僻地に来た首席と話すのも息抜きになっていいでしょう」
ハオスのやつ、やけに饒舌だ。
いつも私に対してはよく喋るが、今日はこちらに間を与えないように話している。
「僻地って言うな……というか、お前何を何を企んでる?」
「何って、この領地の未来ですよー!」
お前、そういえば私が従うと思っているだろ。間違ってないがな。
私にはこの領地の未来を創り出す義務がある。
それが、この領地を捨てるしか出来なかった暴徒たちへの、私を見逃してくれたティムという男への、私の親父に殺されたその男の育て親オリビエへの、唯一出来る贖罪だからだ。
***
ハオスに伝えられた通り、屋敷の正門前に行けば、ルイという少年は顔面蒼白で立っていた。
おい、あの赤毛従者、何をやった?
私はこんなの聞いてないぞ。
ただ、昼食を年下の少年と食べる気でいたのに、小刻みに震えた小型犬みたいなやつがいて、面食らった。
「お、おい」
恐る恐る普段より優しさを意識して声かけをすれば、茶色の大きな瞳から、ダーッと涙が溢れた。
な、なんでだ?
「ごめっ、ごめんなさいっ。騙しててごめんなさい。全部全部オレが決めたことで、他はだれも悪くないの。ルイっ、弟もっオレに付き合ってくれてただけだしっ、ダンさんも、ペドロさんも、ウィルさんも、レベッカさんも、他の皆も、オレのことを思って、オレが女の子だってこと黙ってくれてたの!
だから八つ裂きにされたくはないけどっ、するなら絶対オレだけにしてっ、あでも殺すならオレが兄貴には会ってからにして下さいっ」
………………情報が多いな。
地面に膝をついて土下座している、少年? を前に私は思考が停止しかける。
が、まずは情報整理だ。
私はハオスに頼まれて、新人のルイという少年にねぎらいの意味も込めて食事をおごることになって、集合場所に着いた。そこでルイという少年がいきなり泣き出したあげく、性別を偽っていて申し訳ないと謝罪しだした。
最初に、確認すべきことは一つだな。
「お前、女だったのか?」
「え? 知ってたんじゃないんですか?」
茶色の瞳を丸くする少女の返事に、私は場違いにもここに来た時より言葉遣いが随分マシになったものだと、成長を感じてしまった。
「今、初めて知ったな」
言われてみれば、小柄だし、瞳は大きいし、可愛い顔をしている。が、全体的にスレンダーな体形で少年のふりもしやすいだろうなと本人の適性も感じる。
髪もところどころぴょんぴょん跳ねているし、肘とか擦りむいた跡があるのを見ると、どうも元気な少年というイメージが勝ってしまう。
「ええー⁉ だ、だって、ハオスさんがご主人様にバレたから八つ裂きにされる前に謝りましょうって」
あの愉快犯め。本当に何考えているんだ。
「何もともあれ性別詐称はよくないな……」
「申し訳ありません……」
そう言いつつも、仕事の質も、人材の歯車的存在としても、優良な存在だからなと思い悩む。
それでも、この子の様子的に特に今まで危ない目には遭ってなさそうだが、男が多い役場では性別による危険性はある。
炊事や洗濯、掃除等を担当する女性陣がいるが、彼女らは彼女らで固まって仕事できるように、配置している。レベッカがそのまとめ役だ。男女のいざこざや、好色なやつらが出てきたら仕事の周りが悪くなるからな。勿論、雇う時点でそこらへんも大丈夫そうな奴らを選んでいるがな。
というか、さっきダンとペドロ、ウィル、レベッカ、みんなも黙っていたとか言っていたと聞いたな。何人黙っていたとかはもう調べる気にはならんが、私には報告するべきだろ。
「そもそもお前が出た役人育成学校も男限定だろ。どうやって入って乗り切った?」
「お、弟のルイと取り換えっこして入って……同級生の皆にはバレたけど、みんな黙っててくれた」
おどおどとした様子で語られる内容に、頭痛がする。
役人育成学校はザルか? というか同級生全員にバレてたってどういうことだ? それも全員黙ったってなんでだ? 疑問は次々湧き上がるが、少女の瞳はまっさらで嘘を吐いている様子はない。
そんな状態だったら、ハオスが引き抜く時点でこの子の性別には気づいていただろう。愉快犯が作動して連れてきたのか? でも、それだけではあいつは動かない。
それに、なんでこいつ自身も二回も性別詐称をした?
そこまで危険を冒すなりの理由が有る筈だ。こいつは何を目的にしている。
「なんでそんなことをした?」
答えによっては、こいつをやめさせるどころか、罰する。
こんな子供、16ならもう子供扱いは良くない気もするが、こんな子供みたいな相手に、それは冷酷と非難されるかもしれないが、私は領地の為なら何でもする。
私の問いに、ルイ(仮)は大きな瞳をまたたかせた後、めずらしく引き締まった顔つきをする。
そうすると、右ほおの傷跡がやけに似合う。
「オレを助けてくれた兄貴にまた会って、恩返しするため」
「兄貴?」
「血は繋がっていないんだけど、孤児だったオレと弟を助けて育ててくれた盗賊団員なんだ。オレらを盗賊にしないように追い出されてから会えてない……です」
盗賊団員、不穏な言葉に思わず眉を顰める。
「それが性別詐称にどうつながる?」
「犯罪者は捕まった時に、故郷の領地に送られるから。役人として働いていれば兄貴にまた会えると思った。ティムの兄貴の故郷はここだから」
ティム、盗賊団、ここが故郷――それらが自分の昔の記憶に結びついた時、私は息をのんだ。
「ティム・フォスターか?」
「苗字は知らない。名乗ることはもうやめたって。肉親死んでからいらないって思ったんだって、ですっ」
私が想像している人物と同一人物かという意図でその苗字を聞いたが、その名前を捨てたという事実に、私は言葉を失う。
私の父がオリビエ・フォスターを殺してから、ティム・フォスターに血縁者はいなくなった。
「そいつは、その人は、緑色の瞳を持った大柄な人物だったか」
「兄貴のことを知っているの?」
忘れる筈もない恩人の特徴を口にすれば、少女はそう無垢な質問を返してきた。
ああ、この瞬間、私は責める立場ではなく、責められる立場に変わった。
………………性別詐称なんて今はどうでもいい。
ティムという男の関係者がこの領地に来た、それが一番重要な事項だ。
「知ってる。覚えている。
彼の育て親、彼の叔母であるオリビエ・フォスターを殺したのは、私の父親だからな」
風が私達の間に吹き抜ける。
「その盗賊団は、我が領地の腐敗から生まれた孤児たちから作られた」
領地だけではなく、私の評価が上がったり、私へのアプローチが増える度に、ずっと違うと思っていた。
何故なら、私がしていることは、一度自分たちの手で滅茶苦茶にしたものを元通りにしようとしているだけだから。
オリビエ・フォスターの命も、それ以外の命も、失われたことに変わりない。
荒れ果てた時代の、領民たちの苦しみも消えはしないのだから。
だから、私はずっと彼らに裁かれたかった。
でも、領地に残っていた領民は、私が父親を亡くしたのと、私がまだ子供だったのもあって、許してしまった。
許して……今では、『この地がまたよくなったのは貴方のお陰です』なんて笑いかけてまでくれる。
でも、違うんだ。盗賊団になった彼らに聞けば、きっとそれが分かる。
本当に賞賛されるべきは、オリビエ・フォスターだったのに、彼女は功績を残す前に殺された。
私の告白に、ルイという少年はしばらく黙り込んだ後、口を開く。
「オレ、ここに来るずっと前からさ、兄貴の故郷で役人になって待つなら、兄貴からきいてた滅茶苦茶になった故郷を少しでも良くしようと思ってたんです」
少女の言葉から、私を殺さなかったティムという男が、どれだけ情深い人間だったかが分かる。
盗賊団になっても、孤児だった子供を助けて育てた男がどれだけ目の前の少女を大切にしたのかが分かる。
血は繋がっていないが、ティムという男から目の前の少女に受け継がれたものが分かる。
この少女は、他はどうも気が抜けているが、仕事面ではどこまでも本気だったからだ。
あの実力の原動力が、何によって構成されたかが分かって、私は正直感動している。
この子はただ、恩人の為に必死だった。
「でもさ、役人学校卒業前から、聞いてた地名が発展していってるとうわさきくし、ついたらすっげぇ良い場所で、オレびっくりしたんだ。なんでそうなったんだろうって」
だからこそ、
「でも今、分かりました。ラバン様、貴方は兄貴たちのこと覚えてすっげぇ頑張ってくれてたんですね」
私に対してそんなに笑いかけないでくれ。私の功績だと言わないでくれ。
純粋な恩義に対して報いようとする君と違って、私は咎人なのだ。
「私はやるべきことはやっただけだ。褒められるようなことじゃない」
「やるべきこともやらないどころか、
やるべきじゃないことをやる人間が多いって兄貴は言ってた」
「っ」
やるべきじゃないことをやる人間、それは昔の私や私の父親だ。
彼女は、やるべきことをやっているじゃないかと励ましのつもりで私に言っているだろうが、
私はあえて、自分の血筋と自分の過去、ひいては自分自身を否定する為、その言葉に同意しようとしたが、彼女は更に続ける。
「兄貴もよく言われてたんだって、だから、やるべきじゃないことをやる人間を、少しでもそうでない人間にするんだって、そうすれば皆で幸せになれるって。
でも、自分はやるべきじゃないことをやる人間になってしまったって」
皆幸せになれる、そう言っていたのは、きっと処刑されたオリビエだろう。
彼女は盗みを働かないと生きていけない孤児の為に、彼らが罪を犯さずに済むように領地を変えようとした結果、抗って死んだ。そんな彼女にとって、自分の育てた甥までもかつての孤児たちと共に盗賊団になったと聞いたら嘆くだろう。
それは勿論、ティム自身も分かっていた。だから、目の前の少女を救えど、盗賊仲間にしなかった。
だが、ティムという男がそうなった責は、私とその家族にある。そう、言おうとした瞬間だった。
「でも、オレはずっと言いたかったよ。
よく分かってなかったけど、盗賊は悪いらしいけど、オレはそんな兄貴に救われたよって。
兄貴が苦しいなら、兄貴たちが苦しいなら、オレが、すべきじゃないことをせずに済むようにするって」
あまりにも真っすぐな言葉だった。かつて、この地に存在したオリビエという女もそんな人物だったのだろうかと重ねて想像してしまう程に。
普段の間の抜けた様子とは対照的な、彼女のはきはきとした口調が、私に突き刺さる。
自分の青色の瞳が見開かれるのが自分でも分かる。
「でも言えなかったよ。オレはその時、兄貴たちにおんぶにだっこで生きてたから。
だから、追い出された後に、自分たちの力をつけて、兄貴たちが罪を償ったあとに、幸せにいきられるようにするって弟のルイと決めたんだ」
少女の拳は震えている。自分の無力さに対しての悔しさ、それには私もよく覚えがある。
いくら施策をしようとも、いくら手紙を書こうとも、いくら学んでも、領地の様子が変わらなかったあの頃を思い出す。同時期にこの少女もその悔しさを感じていたのだろうか。
あの優しいティムという男と、その仲間たちの運命を嘆いていたのだろうか。
嘆いて、考えて、彼らを完全に善な存在として捉えるのをやめたのだろう。自分自身の力の無さを認めたのだろう。
でもそこで諦めたのではなく、彼らの過ちも、自分たちの弱さも分かったうえで、まだ足掻いてるのだと、希望の光を灯す気でいるのだと分かった。
人が過ちを犯した時に、過ち自体は否定するが、その人の人生を全て否定して終わらせず、正しい道で歩んでいけるようにすると、彼女は言っているのだ。
それは、あまりにも眩しい。そして、私にとっての希望だった。
「だから、得意分野がオレは役人育成学校向きだったし、弟の方が女の子のフリ上手いし、弟と入れ替わった。性別を男だってだましました。ごめんなさい」
再び頭を下げる少女に、私はなんて返すべきだろう。
性別詐称は良くない。領主としても、雇い主としても許すべきではないだろう。
だが、その背景にある事情は、私にも深く関係があることだし、少女の願いはあまりにも私の胸を打った。
私はずっとこの領地を立て直しかったが、それ以上に――過去をやり直したかった。
勿論、過去には戻れなくて、あの日の暴徒たちは今も盗賊行為を働いている。
もう、うちの領地だけの話じゃなくなってしまったし、彼らも裁かれなければいけなくなってしまった。
取り返しがつかないことには変わりない。
だが……私を見逃したティムという男や、自身の身を危険に晒してまで正しさを貫いたオリビエという女が、踏みにじられたままで終わるのは間違いだと思うのだ。
犯罪者になった、殺された、それで終わらせたくはないのだ。
だから、目の前の少女が、彼らに希望の光をもたらしたいと願うのなら、私はそれに力を貸したい。
貸すというか、協力して共に願いを叶えたいというのが正解だ。
元凶である私が何を馬鹿なことをと思われるかもしれないが、元凶でも、過去も血も間違いでも、私は少しでも正しい道を歩けるようになりたい。
自分の人生を最期に振り返った時、正しい道を歩んできた分が少しでも多くあれるよう、抗っていきたい。
「そうか……では、お前には罰としてこの領地を今以上に良くすることと、ティムたちの盗賊団が捕まった際には、迎えに行く役目を課そう」
「? オレ……このまま働いていいどころか。兄貴が捕まった時の連れてくる係で良いの?」
私の答えに少女は困惑したように首を傾げ、頭のアホ毛も同時に揺れる。
それに対して私は穏やかな気持ちで応える。
「勿論、脱走防止で私も同行するが。いい」
「ありがとう! ラバン様!」
破顔して飛び跳ねる姿は無邪気な子犬そのもの。
これはきっと世間的に正しくない判断だろう。
だが、私の目的は、自分自身が壊したこの領地と、そこに関わっていた領民の人生を立て直すことだ。その目的とは何もずれていない。
この土地も彼らも、国の仕組みを担う中央には一度見捨てられたんだ。
だったら、こちらが少し破るくらいいいだろう。
そんな風に感慨深く思っていると、急にきゅるるるるという音がする。
なんだと思って、そちらを見てみれば、少女がお腹を押さえていた。そういや、昼食を食べるんだった。色々あって、忘れていたがな。
「お昼食べるか」
「うん! じゃなくて、はい!」
「そういや、ルイじゃないとなると、名前はルウの方か」
「そうです! でも、呼ばれてんのが、オレって分かればいいです! 弟も弟で今女装してレストランの給仕でルウって名乗ってるから」
「聞き捨てない情報が出てきたが、では、ルウ、昼の席についてから話そう」
「はい!」
歩き始めた私の横に、小さな歩幅をせかせかと動かして少女は追い付いて返事をする。
たまに会話にとんでもない内容が混ざるが、その無邪気さは彼女がどれだけ周囲に守られてきたかがよく分かってホッとする。
オレという一人称が定着しきっていることといい、行動におしとやかさが全くないことといい、素の才能もある気もするが、万が一のことがあれば、私は私の恩人にどんな顔をすればいいか分からない……あ。
「なあ、ルウ。お昼食べ終わったら、ハオス、呼んで来てくれないか。あと、お前の性別のことを知ってたやつもだ。心配するなって言うつもりだ」
「? 承知しました!」
知ってた連中には報連相するように指導する。
そしてあの愉快犯の従者、ハオスはシメる。
あの従者が、この子の性別やもろもろの事情を知らないで、雇ったとはどうも思えないのだ。
***
「知ってましたよ! めっちゃうちの領地のぴったりだなーって思いました」
やっぱりな、いけしゃあしゃあと宣う従者に頭痛がする。
「何故、性別のことを秘匿して、少年として雇いだした?」
「本人が性別隠してたのが2割、おもしろそうが8割ですねー」
「何故、急に明かさせようと思った?」
「馴染んで有用性示せてたんで、そろそろいいかなーって」
「何故、バラし方が報告ではなく、当人ビビらせて告白させるって方法にした?」
「劇的で面白そうだったからですね」
「八つ裂きにされるうんぬん言ったな」
「はいって、ぐえええ、坊ちゃんやめて下さいって。そこ、関節逆ですって!」
何やら技をかけた従者がやかましいが、どうでもいい。
関節逆? そんなの分かったうえでやっている。
隠し事をした少女を私刑で八つ裂きにする趣味はないが、愉快犯で本気で生きている人間を引っかき回す従者を、仕置きをしない馬鹿でもないぞ。
「旦那ぁ、もっと左に捻るといいです」
「おお、ペドロ珍しく良いこというじゃないか。ルイ君を虐めた罰は重いからな。ラバン様、あとで拷問の本貸します」
「ダン、それは名案だな」
「なんで、この二人普段仲悪い癖にこんな時は意気投合するんすか……って、坊ちゃん実行しないで!」
報連相を忠告した後の配下の、ダンとペドロが私にアドバイスをしてくる。確かに、仲悪い二人が意気投合している。二人とも、娘がいたらあの子くらいの年だろうから、ハオスの愉快犯ムーブがあの子に及んだことを許せないのだろう。
こいつらが居れば、あの子は無事過ごせるか。少し安堵しつつも力の向きを変える。
「こんな時だからこそだろう……ああそうだ。性格泥水野郎、今夜10分時間をお前に割く」
「性格泥水って俺のことですか? あと、ウィルさんに時間割かれるって碌なことじゃないですか!」
「酷い言いようだな。まあお前相手なら禄なことじゃないで正解だが」
部屋の隅っこにいたウィルがそう宣言するので、一応、翌日仕事出来る状態にはしといてくれと後で頼もうと記憶する。
「ルイ君助けて、俺が悪かったからっ」
「ルウちゃんなら、今は執事のスチュワート爺さんが相手してるよ。悲鳴なんて汚いもの純粋なあの子に聞かせる訳にはいかないからねぇ」
ハオスの助けを求める声に、レベッカはおっとりした様子でそう返す。
「くそっ、くせ者しか連れてこなかったばかりに……」
「「「「一番のくせ者が何か言ってらぁ」」」」
がくっと項垂れる赤毛の従者と、それを嘲笑う配下の者たちを見て、これで普段胃が痛むのが辛いとか抜かしているのは、従者が悪いだろと結論付ける。
「ラバン様、ルウちゃん良い子でしょう?」
それでも翌日、こりないのかニヤニヤしながら話しかけてくる赤毛の従者の意図、私には分からない。
分からないが、素直に評価は言うべきだろう。
「ああ、目的が似通った良い仕事仲間が出来て嬉しい。
それに恩人の子供みたいな存在だ。うちの領地に引き抜いてきてくれてありがとう」
「そうじゃないんだよなあ……」
万が一、他の領地にあの子が勤めて危ない目に遭っていたらと想像し、素直に礼を言えば、何故か落胆した声が聞こえて、従者の顔をよく見る。
なんで、昨日より疲れた顔しているんだ?
***
「なんで、あの坊ちゃんはあれで、良い仕事仲間を見つけたになんだろうなぁ」
ルウちゃんの性別をラバン様に明かしてから、一週間後、俺は執事の爺さんに酒に付き合ってもらっていた。
「爺さん、俺頑張ったんだぞ。
なのになのに、あの二人。来る日も政策と兄貴の話しかしないんだ」
「ハオスさん、ルウさんも随分な気が……」
「あの子は学生時代からそうらしい。でも、学生時代も、兄貴のことしか眼中にねぇしかないせいで、同級生二人を無自覚にはじいてたらしいぜ。それが面白くて連れてきたのもある」
「やっぱり貴方は随分な愉快犯ですな」
愉快犯、そう従者な俺はよく言われる。
その意味としては悪い意味もあるが、俺はその呼び名が嫌いじゃねぇ。自分のしたいように生きている感じがするだろ?
「面白くなきゃ、こんなとこにいねぇって。逆に面白いならいくらでもいる。
領主も癖あり、執事も癖あり、配下の人間も癖あり、最高なんだが。
ルウの弟知ってるか? 姉に名前取られてた期間ずっと女装してたらしいぞ。メイドに雇うか?」
「一番、癖あるのは貴方なんですよ」
「で、面白い奴と面白い奴が結ばれでもすれば、最高に面白い次期領主様出来るのになーって思ってんのに、あいつら恩人しか目に入ってねぇ」
ルウを見つけて、ある程度の情報を集めた途端、この嬢ちゃんあの領主様にぴったりじゃねぇかって思ったんだ。
年も若干離れているが、四つ差で丁度いいと思ったんだよなあ。身分の差とかは、まあうちの領主様はあんま気にし無さそうだし、外部にいたっては俺が黙らせる気でいた。
あの役人育成学校で、人間浄化装置なんて絶賛されてた子だ。
禄でもねぇやつに囲まれてねぇで、うちの領主様と一緒に居た方が幸せに決まってる。
でも、肝心の二人は、仕事! 兄貴! で恋愛のれの字も出てこねぇの!
坊ちゃん、あの後からよく一緒に話すようになったから気に入ってはいるんだよな。
あの人、基本女と仕事がらみ以外では話さないし。いや、ルウとも仕事の話ばっかだけど、オレの見間違いじゃなければ表情柔らかいし。
「まあでもルウのやついれば、面白い奴らやってくるか。無自覚にはじかれてた奴ら、ルウに会う手段考えてんだってよ。
黒髪メガネの方が先に来そうだな。猫被りな奴らしいから、くそボケ領主は気づかず素直に気に入って、他の使用人連中とは相性悪そーう。最高じゃん」
そう言いつつ、外部から刺激があればあの坊ちゃんも何かしら気づいてくれないかなと期待もしている。
一応、坊ちゃんにも話をしてるけど、何故か既にライバルのことをルウが話してみてたみたいで把握しているし、その優秀さをこの領地だったらどう活かせるか語っている。そうじゃないんだよなぁ……。
まあでも、人には特に言及せず『育成学校でルウに恋してる奴いたらしいですよ』って言ったら、『見極めないとな』と言ってたから、親心だと本人思い込んだ無自覚なのかもしれねぇ。
「話飛んだうえ、色々最低ですよ。他人の恋愛事情引っ掻き回すのは行儀が悪いです。
私としては、ルウさんが旦那様と結ばれるのは一番丸くてよろしいのですが」
大人しそうに見えて、やっぱこの執事もぶっ飛んでんだよなあ。
先代の領主は嫌いらしいし、当時刃向かってたらしいけど、先々代の領主には思い入れがあって、先々代に似て優秀なラバン様の血は残して欲しいらしい。
だけど、坊ちゃんは、あの通り『私の血は残さない。優秀な養子を迎え入れればいいだろう』って宣言してるから。あの坊ちゃんは坊ちゃんで、潔癖つーか、無駄に背負う真面目ちゃんだから。
「ああやっぱ、あんたはそっち派だよなぁ。
これでどうする? 兄貴が出てきて、兄貴が全部かっさらっていったら」
「領主様は喜ぶでしょうね……でも、盗賊相手は正直やめて欲しいです」
「ルウちゃん孫かよ。
まあでも、あの二人の様子からして、その兄貴って奴、面倒見てた10個年下に手を出すタイプじゃねぇだろ」
「では、兄貴さんは敗退と。ならうちの領主様が勝つに決まってます」
「は?」
「うちのラバン様より、良い男なんていませんから」
「爺さん、坊ちゃん過激派だったんか、おもしれー」
ケケケと笑う俺に、不快そうに執事の爺さんは眉を顰めた後に、水を差しだしてくる。
呑みすぎだってか? うるせー、知ってんだよ。そんなの。
「まあでも……俺も、中央の汚ぇ権力者見た後に、
自分より年下の少年に必死に頭下げられて寂れた領地を一緒に立て直してくれって頼まれた時は、
眩しくて仕方なかったなー」
国の為に、国で生きる人々の為に、頑張ろうなんて思って役人育成学校に入ったら、
面倒で自分のメンツしか考えねぇ連中ばっかでさ、
それでも頑張って卒業して就職した先は伏魔殿で、まともでいたら精神壊れちまうって思った。
子供の頃の夢とか、理想とか、全部馬鹿馬鹿しくて、
全てほっぽり出した時にあの坊ちゃんに出会った。
真面目で愚直で、馬鹿みたいに真っすぐな少年。
今も背負い込みすぎて、自分が幸せになる可能性までも、領地再建に捧げてしまった青年。
「そんな坊ちゃんには幸せになって欲しいよ……なんってねー、ここでは好き勝手に出来て楽なんだよ」
「本音漏らすのは貴方らしくないですね……酒が回りすぎです。寝ましょう」
「うるせー、まだのむんだー」




