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3.

「なんで?! なんで頷いちゃったの?!」

「な、なんでって」


 なんででしょうね。

 エスィルは眼前に迫る美人のその迫力にたじろいだ。

 ふわふわの銀色の髪と揃いの色をした長い睫毛。宝石みたいな桃色の瞳に、エスィルと同じような環境で生きているとは思えない白い肌の陶器のような滑らかさ。どれをとっても芸術作品みたいに美しく、声まで小鳥のさえずりのように愛らしい。


 そんな美人に「どうして!」の鬼気迫る勢いに言葉に詰まるエスィル。

 つまりは、数時間前と同じ状況であった。


「エスィルさんが……ゼノくんと恋人……」


 そう。ゼノヴァルトに「恋人ね♡」と言われて「はい」などとお間抜けな返事をした状況と。同じであった。

 敵意やら殺意やらはないのに、確実に自分に向けられているプレッシャーへの対処法がわからず、視線が右に左に反復横跳びしちまうエスィルであった。


「ご、ごめんなさいヴィニフィア」

「なぜ謝るの」

「なんででしょう」


 ヴィニフィアの隣で頭を抱えていたイノシティオは、「まあね」と弱々しく顔を上げた。


「エスィルさん、警戒心強いくせに懐に入れた人間には弱いっていうかゲロ甘だからね……。いつかこうなる気はしてたよ……」

「ねえエスィルさん、本当の本当に、あの変態がエスィルさんのことが好きだってことに気づかなかったの? 全然? 少しも? ちっとも?」


 エスィルは首を傾げた。


「変態?」

「そこからかー!」


 イノシティオは再び頭を抱え、ヴィニフィアは重いため息をついた。

 ゼノヴァルトのいつもピンと伸びた背筋と貴族然とした振る舞い、気の良い兄ちゃんのような気安さ、あっちこっちにと走り回りエスィルの後始末をする生真面目さ。どれをとっても「変態」という言葉とは結びつかず、エスィルは首を傾げる。


「ゼノヴァルトって変態なの」

「変態よ変態。まさかエスィルさん、気づいていなかっただなんて……」


 イノシティオは「ほんとに」と胡乱な目を向けてきた。

 いつも大型犬のように、エスィルさんエスィルさんと駆け寄ってくる最年少にそうして温度のない目で見られると、なんだか悲しい。


「でもイノシティオとゼノヴァルト、仲良いじゃない」

「そりゃね。俺がまだ十代のガキだからっていっつも世話焼いてくれてさ。優しいし格好良いし、見てておもしろいし。兄ちゃんみたいで好きだよ」


 でもこれは話が違う、とイノシティオを眉を寄せた。


「ゼノくん、エスィルさんが絡むと変態だもん。俺、ゼノくんのこと好きだけどエスィルさんのことも好きだからさぁ。エスィルさんが変態でも良いって結婚するなら、さみしいけど、お祝いするよ。でもさあ! これなんか違うじゃん!」

「イノシティオあんた可愛いわね」

「エスィルさんちゃんと話し聞いてる?!」


 可愛い大型犬はやっぱり可愛い最年少だった。

 そりゃあもちろん話は聞いちゃいるが、こうもストレートに好意を口にされては頭をわしゃわしゃと撫でくりまわしたくなっても仕方がないではないか。少し硬い青い髪の感触と、ぎゃいぎゃい声を上げならもされるがままのわんこ、もとい可愛い弟分から癒やしを摂取しながらエスィルは、どうしたものかとあの美丈夫の笑顔を思い浮かべた。


 エスィルの予想通りに現れたレギアノスの群れは、無事討伐された。

 第零隊は他の隊に先んじて対処にあたり、混乱を最小限に留めることができた。あの場において一番混乱していたのはエスィルかもしれぬ。はは。笑うとろこだ。


「フェルゼリア第零隊長」


 魔法がかかった馬車に、レギアノスの死骸を放り投げていたエスィルは顔を上げた。


「ファーレム第一大隊長」

「こちらは随分と数が多かったようだな……。貴官がよければ、第一大隊の小隊を回そう」

「助かるわ。このままだと出発に遅れそうで……ちょうど、お願いしようかと思っていたところなの」


 魔物の死骸は放置していると、他の魔物を呼ぶ要因になる。

 しかも、あら良い餌場ねえって魔物が集まってくるだけでも厄介なのに、体液によって土壌が汚染されることもあるのだ。おまけに、うっかり死骸を口にした動物が魔物化してしまうことだってある。

 魔物の死骸とは、そこにあるだけで様々なトラブルの原因になり得る危険な物なのだ。


 したがって、早急に片付けることが騎士団の規律として決まっている。回収した死骸は薬や武器に再利用されるが、きちんとした手順が必要なため専門分野の知識を持つ者しか解体はできない。

 そこで騎士は、魔物の討伐作戦の後は空間を広げる魔法がかかった馬車に死骸を積み込み、騎士団の解体部門が対応するか業者に委託するのが常だった。


「第零隊の零は、死者数零の零……とはよく言ったものだ」

「私は零隊が通ったあとは草木も残らないから零、って言われてんのを聞いたわ」


 ファーレムは、せっせと馬車にレギアノスの死体を放り込む零隊に騎士たちを一瞥し、エスィルに視線を戻した。


「嘘ではないだろう」

「褒め言葉よね?」

「ああ」


 おやまあ。皮肉のつもりだったエスィルは、ファーレムに頷かれ目を剥いた。

 驚くエスィルにどう思ったのか、ファーレムは表情を変えることなく「当然だ」と言葉を重ねる。


「予定にないレギアノスの群れが現れた。しかしレギアノスは殲滅され、死者も重症者もいない。私は何も準備していないのに、だ。これは貴官の功績だ。礼を言わせてくれ」

「ちょっと、やめてよ。初動はうちが早かったけど、勝手にやってただけだもの。他の隊もそこまでの動揺は見られなかったわ。あなた、何も対策しなかったわけじゃないんでしょう」


 いくら訓練を積んだ騎士だといっても、予定外の敵に襲われて全員が冷静に対応するというのは、なかなかに難しい。相手が大型の魔物とあれば尚更だ。逃げ出す者がいたっておかしかない。なのに、騎士たちが背を向けることはなかった。

 つまり。


「得難い情報だった。部下たちに共有するのは、上官として当然だ」

「……まっじめねぇ、あなた」


 騎士たちがその情報を信じてはいたとは言い難いだろう。けれど、頭の片隅であったとしても、情報があるとないでは、動きも変わる。

 エスィルもそのつもりだった。まさか根拠が自分の言葉しかない情報を、自分よりもはるかに長く騎士として生きている男が信じてくれるだなんて思っちゃいない。んなお花畑な思考で騎士なんか務まるもんか。

 知らないよりは良いだろうとか、自分たちがどう動くつもりか伝えておいた方が良いだろうとか、その程度だったのだ。

 なのに。 


「エスィルさん照れてます?」

「うるっさいわね!」


 仕方がないだろう。エスィルは嫌われることには慣れちゃいるが、評価をされることには慣れておらんのだ。ちょっと戸惑ったりもするわな。断じて照れているわけではない。

 横から茶々を入れるゼノヴァルトの肩を容赦なくどついてやると、ファーレムは眉を寄せた。


「ところでフェルゼリア第零隊長」

「なに」


 ファーレムは眉を寄せたまま、ちらりとゼノヴァルトを見て、顎を撫でた。


「いらぬ世話だと思うが」

「は?」

「娘がいる父親の独り言と思って聞いてほしい」

 

 なんだ。なんの話だ。

 ファーレムに娘がいることは、それなりに有名だ。父親に少しも、すっこしも似ていない、夫人にそっくりのたいそうお可愛らしいご令嬢だという話は、噂話に興味がないエスィルさえ知っているくらいなのだから。だがそれがどうした。なんだ。自慢話でも始まるのかとエスィルは首を傾げ、隣のゼノヴァルトが「あの」と手を上げた。


「ファーレム第一大隊長、申し訳ないんですが僕達まだ仕事が」

「上官の言葉を遮るのはいけないなあ、ぼっちゃん」


 次の瞬間、ファーレムの隣で柔和な顔をしていた部下がすごいスピードでゼノヴァルトの背後から口を塞いだ。


「ぐっ」

「?!」


 すっかり油断していたエスィルは反応できず、ジタバタとするゼノヴァルトを唖然と見るしかない。にっこり微笑む男に、エスィルは固まりファーレムは頷いた。


「よりにもよって戦場でプロポーズするような男はよしなさい」

「?!」


 な……なにを。何を。言った今。

 エスィルはファーレムの目を見上げる。ええい、でかい。目の表情が読めないではないか。本当にこの男が言ったのか? 今の台詞を??

 混乱するエスィルをどう思っているやら。ファーレムは「いいかい」とやたらと優しい声でいった。誰。誰だおまえ。思ったがエスィルの口は動かない。ぱかーんと開け放ったままの役立たずである。


「プロポーズを受けるなら、自分が人生を預かってやっても良いと思った男にしなさい。貴女を世界で一番高貴な存在として扱う男だ」

「は……」


 ようよう口から出ていったのは、掠れた音のみ。

 泣いている子どもが黙ってひっくり返りそうなくらい顔はおっかないのに、口調は小さな子どもに語りかけるようだなんて、どんなホラーだ。

 いや、まて。もしかして、この男、娘に対する時はいつもこんな風に話しているのだろうか。え? じゃあ、今、エスィルに娘のように接していると? やれ野良犬だ狂犬だと悪しざまに言われるエスィルを?


「は?」

「私なら三日三晩市中引き回しにしたいところだが」

「へ??」

「娘が選んだというならば、考えるしかないのだろうな」

「え、選んだ」


 エスィルがいつ、何を選んだ。何の話だ。プロポーズの話か。いや、あれは選んだっていうか勢いでしかなかったし、ファーレムの可憐な御息女ならば戦場でプロポーズは受けないだろうから心配無用である。

 が、そういう話ではないのだろう。んじゃこれは何の話だ。


「フェルゼリア師団長の耳に話が入るのも時間の問題だろう。よくよく考えて決めなさい。母親に心配をかけるものではないよ」


 そう言うと、ファーレムは片手を上げた。

 話は終わり、の合図なのか。ゼノヴァルトを拘束していた男は両手をぱっと上げて、にこりと笑った。


「頑張れ若人よ」


 それでようやく。いやはや、ほんとうに、ようやく。エスィルは思い至ったのだ。

 ファーレムの娘の存在をエスィルが知っているように、噂話というのは興味の有る無しにかかわらず、音速で広がっていくものだということを。

 衆人環視のなかぶん投げられたプロポーズに間抜けにも勢いで頷いた自分の噂は、あっという間に騎士たちの間で広がっているのだと、ようやくエスィルは気づいたのだ。


「……っ!!!!」


 いやあ、そりゃあそうだろうな。御大層なお言葉並べて偉ぶった連中だって、集まりゃ誰それがどうしたあの話は聞いたかと噂話をすることに余念がない。そんな騎士団で。戦場で。

 問題児ばかりを集めた零隊一の問題児、上官に捨てられた野良犬ばかりを集めた零隊の長、野良犬姫と揶揄されるエスィルが結婚を申込こまれたってんだから!


 あっはっは。笑うしかない。いや、笑われてんのか?

 気づいたらもう、駄目だった。エスィルさん終了のお知らせ。

 死ぬほど顔が熱い。

 きっととてつもなく赤くなっていることだろう自分を自覚すると、耳心地の良いこの男の声が『そうやってすぐ真っ赤になるところも、本当に可愛い』とか言いやがったこともエスィルは思い出しちまうので。


「わ、わあああ!!!!」


 思わず手を振り上げた。

 野生児たるエスィルの右手は、混乱の極みに陥り自己防衛、というか排除行動に出たわけである。

 ばっしん!! と想像しなかった音が響き、エスィルは叫んだ。


「なんで避けないのよ!」

「いやあ、色気のないプロポーズだったのは事実なので甘んじておこうかと」

「だっ、だから殴ったわけじゃないわ!」

「はい。エスィルさん恥ずかしがり屋さんなのにごめんね?」

「っ!!!!!!」


 ごめんねじゃねぇわ首を傾げんな可愛くねぇわクソが!!

 と叫ぼうと思ったエスィルはけれど、思うように口が動かずはくはくと息を吸って吐いた。眉を下げるゼノヴァルトの顔を実はちょっと可愛いと思ったから、ではない。違うったら違うってば。


「はぁ、ほんと可愛いなあ。ねぇ、前言撤回はなしですよ? 了解しましたもんね? エスィルさんはそんな卑怯者じゃないですもんね?」

「うううううるさいうるさい!」


 にこにこと笑う顔をもう一発殴ってやりたくてエスィルは拳を握るが、さすがによその隊の人間がいる前で拳はないだろうと震えるしかない。張り手は良いのかって? ツヤツヤのほっぺで「ああ、エスィルさん手が赤くなってますよ。大丈夫ですか?」とか言うとるからセーフだろうよ。


「若いって良いなあ」

「私は胃が痛い」


 去っていくファーレムの背を引き止めたくなったエスィルを誰が責められようか。今すぐ駆けて行って、お願いです騎士たちに口止めを! と叫びたかったが、んなことできるわけがないし意味もない。だってみんな知ってるんでしょ。笑えない。


「エスィルさん、冷やしましょうか。ほら、手を出して?」

「うっ、うるっさいわボケェ!!!」

「はぁ……小さい手……可愛いなあ」

「離せー!! び、ヴィニフィアー! イノシティオー!!」

「ちょっと待ってヴィニーさんはともかく、イノを呼ぶのは違うよね?!」


 エスィルにできたのは手を振り払うことと、部下の名を叫ぶことであった。

 







あと2話くらいになりそうです。

もうちょっとお付き合いください。

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