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2.


『エスィルさん! すごい! 団体レギアノス大暴れ!』


 エスィルには仕組みがよくわからない魔法がかけられたイヤーカフから、部下の声が響く。

 ばかに楽しそうな声に、エスィルは宙返りをしながら笑った。エスィルが立っていた場所に、大きな爪が突き立てられる。


「なあにイノシティオ。あんたが戦闘で楽しそうなの珍しいわね。うるさいんだけど」

『だってー! ねえ見てー!!』

「見えるかぁ! そっからどんだけ離れてると思ってんの!!」


 耳に直接響く大声に、エスィルも大声で返す。鞘から抜いた剣をまっすぐに振り下しながら、前脚を切り落とした。


『ごめんなさいねエスィルさん、この子さっきあなたに見せた新しいトラップ魔法がピッタリはまって大はしゃぎ中なの』

『だってヴィニーさん見てあそこ! ほら! ふっとんだ!」

「楽しそうだなあ」

『楽しいよゼノくん!』


 図体はデカいが零隊最年少である魔道騎士が、大型犬のように駆け回る姿を想像したのだろう。ゼノヴァルトはにこやかに笑いながら、暴れる魔物の頭に着地する。獅子の姿に似た魔物は、両目にそれぞれ一発ずつ、至近距離で打ち込まれた弾丸に悲鳴を上げた。


『あ、そっちも出たの?』

「いるわよ。四、五、六……ちょっと動かないでよ数えにくい」


 再び跳躍し、首を斬り払いながらエスィルは眉を寄せる。ああもうほら、どこまで数えたかわからん。この魔物は末っ子魔道士をゆうに超える可愛げのない図体のくせに、動きは素早いのだ。


『隊長さんの読みが当たったのも嬉しいんだろ』

『だってさぁレオさん、大隊長さんは信じなかったんでしょ? 痛快じゃーん!』

「うーん」


 エスィルは、作戦の総指揮をとっている縁起が悪そうな顔を思い浮かべる。あれは多分、信じてないわけじゃなかった。ただ、指揮官様には、()()が信じられるだけの「前例」が必要といったところだろうか。大人ってのは大変なのだ。


 事の始まりは、ワーミリオンという魔物の大量発生だった。

 それ自体は別段珍しいことではない。一体一体はそれなりの強さがあるが、訓練通りに二、三人でかかれば怪我なく討伐できるだろうっていう、まあ弱くはないが強くもない。そういう魔物なのだ。

 厄介なのは、その量だった。

 十数体の群れで動くこの魔物の群れが、四十以上の群れで生息していることがわかった。なんで今まで見つからなかったんだと、それはもう上から下への大騒ぎ。

 同数以上の騎士がいれば大きな危険はない。だが、討伐にはそれなりの時間がかかるってんで、事態を重く見た騎士団は早々に討伐作戦を立てた。


 そうして集められたのは、ジョーエルが所属する隊を含む三つの中隊と、魔導騎士で集められた一つの中隊、そしてエスィルの第零隊だった。

 総勢約八百名超える騎士達を指揮するのは、氷界の処刑人(フロスト・エンド)とおっかない通り名で呼ばれる第一大隊長殿。その名を体現している暗い眼が、帽子の下からぎろりとエスィルを見た。


「レギアノスの群れだと?」


 エスィルは動じることなく、地図を指先で叩く。


「そう」

「今回、討伐命令が出ているのはワーミリオンだ」

「わかってるわよ。今あるワーミリオンの群れの位置はここなんでしょ? なら……」


 地図の上の指を、するすると滑らせ、とん、と叩く。


「この辺かしら。多分ね。いるわ」

「そのような情報は入っていない」

「あいつら、群れを隠すのがうまいのよ。知ってるでしょ」


 騎士が群れを見つけるのはいつも、群れが()()()()()後だ。子が攫われ人が喰われ、血溜まりを見て始めてそれらは人に見つけられる。


「なぜ貴官は知っている」

「あなた、私の経歴をご存知?」

「……()平民だと」

「あら、いい人なのねファーレム第一大隊長、あなた」


 エスィルは思わず目を見開いた。

 ぴく、と男の眉が動く。いや、いやいや皮肉ではない。嘘偽りなく、エスィルは驚いたのだ。

 エスィルは、ファーレムは感情をほとんど表に出すことがない冷徹な男だと聞いていた。笑うことも声を荒げることもなく淡々と話すその姿に、さすがだなあと思うなどしていたわけだけれど。

 ファーレムの言葉には棘も揶揄するような色もない。むしろ、どこか気遣うような声にエスィルは「ごめんなさい」と笑った。ジョーエルのようなキャンキャンうるさい男を煽るのは楽しいが、生真面目な男を笑うほどエスィルの性根は腐っちゃおらんのだ。


「あのね、私は子供の頃、何度もレギアノスの群れを見たの。ワーミリオンの群れの死骸を漁る姿を、ね」


 好物なんでしょうね、と笑うエスィルに「まさか」と声を上げたのは第一大隊所属の中隊長だ。


「魔物は討伐した後は速やかに片付けることが決められているだろう!」

「あなた方の隊がどうかは知らないけど、私が子供の頃はそれをきちんと守っている騎士は多くはなかったわ。それにご存知? 騎士に情報がいくのはいつだって、人が死んだ後なのよ」

「!」

「逃げ場所がない。文字通り命をかけて、自分たちを守るしかない。そういう人間もいるの。なかなかよ? 人と魔物の死骸を漁る、レギアノスの群れの姿」

「うぇ……」


 エスィルの後ろにいる騎士が口元を覆う。魔導騎士で構成されている第二師団からやってきた中隊の副隊長だ。

 余談だが、顔合わせで「あら随分と若いのね」なんて驚いたエスィルは、自分が大隊長と同等の権利をもらっている小娘であることを、すこんと忘れている。そういうところがエスィルが周囲から敬遠される理由であったが、本人がなんとも思っていないのでどうにもならん。口に出さないだけのお行儀の良さがある分マシ。というのがエスィルに近しい人間の総評であったがやはり、それもエスィルの知らぬ話である。

 エスィルは再びファーレムに視線を戻した。

 

「大量発生の討伐作戦の後よ。必ず出るわ」

「そんな話を聞いたことがない」

「だから言ったのよ。騎士に情報がいくのは”人”が死んだ後だってね」


 ふん、とエスィルは顎を上げた。


「街の端っこでゴミが味見されてるなんて、騎士が知るわけないわ」

「エスィルさん」


 とん、と後ろから小さく、降ろしているエスィルの左手の小指が叩かれた。

 硬い指先がそのまま、やわくエスィルの小指を握る。

 とんとん、と小指を叩いたのは親指だろうか。手袋の向こうに僅かに感じる温かい指先に、エスィルはため息を逃した。


「すみません、うちの隊長って過激なんです」

「第一師団長殿によく似ておられる」


 どういう意味だ、と返そうとしてエスィルの指が再び握られる。

 わかってるわよ、という言葉も飲み込んで、エスィルはその体温を払った。


「ファーレム第一大隊長、あなたが私を信じるかどうかは任せるわ。私は情報を共有したにすぎない。私は私でやらせてもらうから」

「勝手をするつもりか小娘が!」


 どん! と、無作法な音が響く。机を叩いた男が誰かなんてエスィルは興味がない。好き勝手飛んで回る小娘は騎士団の嫌われ者なので、敵意の先をひとつひとつ確かめていたらキリがないのだ。エスィルは自分が嫌われている理由に興味はないが、嫌わていることは自覚している。

 だけどそれがどうした。だからなんだ。

 エスィルは誰かに好かれるために騎士をやっているわけじゃない。


「黙っていれば偉そうな口を!!」

「言葉がすぎるぞディソール第三中隊長。数が多い故、不測の事態に備え機動力の高い第零隊は()()を指示されているだけだ。私は彼女への命令権を持たない」


 誰かに好かれるために騎士をやっているわけじゃない。けれど、言葉が通じるというのは良いものだ。

 エスィルはにんまりと笑った。


「貴官がどう動くかは、私の関与するところではない」

「もちろん。私達が死ぬのは私の責任よ」


 まあ、エスィルは死ぬつもりも部下を殺す気もないが。

 もちろんエスィルの隊にいる五十人ぽっちのろくでなし共だって、死ぬ気がなけりゃ同僚を失う気もない。誰だって死ぬなら自分のベッドが良いに決まっている。こんな生臭い場所が最期だなんて冗談じゃない。

 だからエスィルたちはいつも通り、戦場を走り回り魔物を狩った。


 ──そして、今。

 エスィルの言葉を疑うことなく備えていた彼らは絶賛()()()()()()だ。

 エスィルの口角が上がる。


「イノシティオ、やりすぎないようにね」

『エスィルさんに言われたくないんだけど』


 まあそれはそう。

 可愛げもなく冷静に返してくる部下はそれでも可愛い。可愛くないのは、それを聞いて笑い声を上げているゼノヴァルトだ。


「一本とられましたね!」

「うるせぇわ」


 エスィルに伸ばされたレギアノスの腕を撃ち抜く銃声に、陽気な笑い声が混じる。舌打ちをしながら、エスィルは周囲に視線を走らせた。

 バタバタと走り回る騎士たちが、必死にレギアノスに立ち向かっている。見上げるほどの巨体と鋭い爪に臆することがない姿は勇ましい。


「まだ上官は来ていないようだけど、思ったより統率がとれているのね」

「前に出すぎず身を守ることを優先しろって言っておきました。ほっとしました?」

「……人んち部下のことなんか知らないわよ」

「またまたぁ。耳が赤いですよ」

「うるっさい!」


 自分に向かってきたレギアノスはゼノヴァルトに任せ、エスィルは再び跳躍する。いくつかの背を足場に、咆哮するレギアノスの首を切りつけた。


「そこの班! 魔導騎士の援護をしなさい! 詠唱を邪魔させるな!!」

「は、はい!」

「他の班もよ! 近くにいる魔導騎士の班とセットで動くの! 基本を忘れるな!」

「はっ!!」


 元気に挨拶を返す声に満足し、エスィルは振り返る。

 自分を獲物に定めたんだろうな。痛みに血走る獣の目に、エスィルは口の端を吊り上げた。


「痛い? それとも腹が立つ? 魔物に感情ってあるのかしら」

「だとしたら、最期に見るのがエスィルさんなんだから喜ぶべきですね」


 短銃ってそんなに威力ありました? なんて質問は馬鹿々々しい。今更だ。

 レギアノスの頭部を横から撃ち抜いたに飽き足らず、巨体を蹴っ飛ばすゼノヴァルトにエスィルは目を細めた。


「なにそれ」

「知ってます? エスィルさんみたいな可愛いらしい人のこと、ツンデレって言うらしいですよ。結局よその隊の騎士を気にかけてるんだもんなあ」

「かっ……?!」


 隣に着地したゼノヴァルトを、エスィルは見上げる。

 また言ったなこいつ?!

 エスィルは目を見開き、その黄金を観察した。どう見ても、どう目を凝らしても、おかしな魔法や呪いがかかっているようには見えない。つまりは正気だ。二度も、エスィルを可愛いと言っておいて。嘘だろ。どういうことだ。


 エスィルは混乱した。

 この世に生まれて多分もうすぐ二四年。エスィルは生きることだけを考えて生きてきた。騙し騙され出し抜いて、牙を爪を研いで生きてきた。

 騎士になってからは、戦い方を変えた。子供の頃のエスィルが今のエスィルを見れば、腑抜けと罵ったかもしれない。飢えることも寒さに怯えることもなく、自分を慕う若い騎士に、なるほどこれが母性、なあんてふざける余裕すらある。

 けれど、生きるための刃を捨てたことは一度たりとない。一度もだ。

 賢くない頭を働かせ、自分の行動をその状況に()()()()()()()()べく闘志を燃やして生きている。


 つまりは、エスィルはこの世に生まれて多分もうすぐ二四年のなかで初めてと言っていいほどに、混乱していた。


「あ、あんた、ずっと、なにいってんの……?」

「エスィルさん、目が落ちそう。可愛いね」


 可愛いね、じゃねーーよ何言ってんだこの男。頬を染めながらレギアノスを見もせずふっとばす銃の威力に、レギアノスがざわついた。え? なにこいつ? と言わんばかりに、凶悪な(つら)をぶら下げた巨体が一歩下がる。ぐる……と低い唸り声に動揺が滲んでいる気がして、エスィルは思わず「わかる」と頷いてやりそうになった。


「お、おちない。目は」


 何言ってんだ私。

 エスィルは自分がわからなくなった。

 ので。

 エスィルは駆け出した。


「あ、エスィルさん」


 ついてくんな!

 思わず口に出そうになって、飲み込む。だって戦闘中だ。レギアノスは怯えたように動きが鈍い。好機だ。ゼノヴァルトが何を考えているのかわからないが、狩りをする腕はエスィルがよく知るゼノヴァルトのもので間違いない。とりあえずはこの戦闘を終わらせなくては。


「可愛いなあ」


 終わらせなくては、いけないのに。

 にこにこと自分を見るゼノヴァルトの黄金がちっとも集中させてくれない。ええいままよと、エスィルはレギアノスの後ろ脚を切りつけた。尻餅をつくように、巨体が大勢を崩す。


「あ、あのさ、あんたさ」

「はい」

「ほ、ほんきなの」

「え? はい。本気でエスィルさんを可愛いと思ってます」

「そっっっちもだけど、そっちじゃなくて!」

「おっと」


 加減を間違えた。エスィルが思い切り頭に剣を振り下ろしてしまったレギアノスを、ゼノヴァルトが蹴り飛ばす。吹き出す血しぶきがエスィルにかかることはなかったが、反対方向にいる騎士たちから、ぎゃあー! という絶叫が飛んだ。悲惨。ごめえんと口から出そうになって、エスィルは眉を下げた。エスィルが悪いけどエスィルは悪くない。だってここは戦場だ。戦場とはこういうものだ。魔物の血を浴びたからといってどうした!

 その身を清める魔法は早急にかけてあげてほしいところだけど。

 運が悪いと、ほら、死んでしまうこともあったりなかったりするので、ね。戦線から離脱させるべきだろうか。罪悪感を胸にエスィルが見やると、杖を持った騎士が駆け寄っている。じゃあ大丈夫だね!

 エスィルは剣握る手に力を入れた。よし。言うぞ。


「け、けっこん、って」

「そっちですか? 本気に決まってるじゃないですか」


 何言ってんだこいつ、と言わばかりの声にエスィルは思った。

 こいつマジか。

 人を振り回しているのはそっちなのによくもまあ、ンな顔できたもんである。ゼノヴァルトにはこういう、図太いというか無神経というか、ツラの皮が厚いというか、デリケートさとか皆無なところがある。だからお育ちは良いくせに、野良犬なんて呼ばれている女の部下にされるのだ。

 ここはひとつガツンと言ってやらねばならん。エスィルは飛び乗ったレギアノスの首に剣を突き立てながら言った。


「い、意味がわかりません」


 敬語だった。どこぞの中隊長殿の部下を笑えない動揺っぷりである。いっそ笑ってくれ。

 尻込みする自分が情けなくてエスィルはちょっと泣きそうだ。だって仕方がないじゃん! 結婚だぞ結婚!


「わからない? 本当に?」


 ふふ、と楽しそうに笑い、ゼノヴァルトは言った。


「エスィルさんのことがずっと好きでした。お嫁さんになってください」

「は、はあ?!」


 ぐさり!!

 思わず抜いた剣をもう一度レギアノスに突き立てながら、エスィルは叫んだ。


「エスィルさん、俺のこと嫌いですか?」

「へあっ?!」

「急にこんな事言われて、気持ち悪い? 顔も見たくない?」

「は、え、あ」

「でも俺の顔、わりとタイプですよね? エスィルさん、キラキラ王子様系より男らしい方がお好きですもんね」

「ひゃ、え、あ」


 自分の顔がタイプだろうって? どのツラ下げて……ってそのツラですね。ええ、はいはい。そのお顔が? タイプかって? 何を言ってくれちゃっているのか。

 タイプに決まっている。

 図星も図星、大的中だこの野郎。特にエスィルが好きなのは、寡黙で有名な第二大隊長の岩のような顔だったりするのだけれど、もしや気づかれているのだろうか。にっこり笑う顔からは何も読めなくて、エスィルは剣を握り締めた。


「お買い得ですよ、俺。ご存知の通り貴族ですし、ご覧の通り腕は立つので、一生食うに困らせることはありません。むしろ存分に贅沢してください」

「う、あ」

「エスィルさんのことも、誰よりも理解しているつもりです。俺ほど、あなたを気持ちよく戦わせる騎士はいませんよね? あなたの副官は俺以外にいませんよね? ね?」

「あ、は、はい」


 頷かないとひどい目にあう。

 ここまでエスィルを生き延びさせた野生の勘が危険を告げていた。ひどい目がどんな目かエスィルは知らんが、何か想像のつかん結末になりそうなことだけはわかる。

 エスィルは頷き、ゼノヴァルトは嬉しそうに笑った。


「生涯、あなたの道を邪魔をせずあなたの道を阻むものを取り除くことを誓っていますから」

「は?! へっ?!」


 重い。落としたら地面が割れるほど重い。誓います、じゃなくて誓っているのか。いつ。いつの間に。了承した覚えがないエスィルは震えた。


「あ、あの」

「大丈夫ですよ。何も今すぐ結婚しようってわけじゃありません」


 よ、良かった。どうやら当たり前の常識もまだ男の中に残っているらしい。ほっとするエスィルにゼノヴァルトは微笑みなが引き金を引いた。銃声がド派手な音を立てる。


「だから帰ったらすぐ婚約しましょうね」


 何も良くなかった。


「盛大な結婚式には準備も必要ですから仕方ありません。あなたに相応しいドレスやアクセサリーを準備するためには、時間がいくらあっても足りませんから。大丈夫、おとなしく待てますよ」


 おとなしいとは? 少なくとも、魔物の群れを狩りながら捲し立てるこの場には似つかわしくはなかろうとエスィルは珍しく真っ当なことを思うわけだが、完全に状況に飲まれているエスィルは機械的に剣を振るうしかできない。やれ野良犬だ無法者だと罵られ、はみ出し者共の上に座る悪鬼だと恐れらてきたエスィルはしかし、今この瞬間ポンコツだった。


「エスィルさん、俺のこと嫌いじゃないですよね?」

「えっ」


 いやそりゃ、そりゃあ、ね。嫌いじゃないさ。貴族のお坊ちゃまのくせに、小娘に大人しく従う真っ直ぐさをエスィルは好ましく思っている。腹が立つほど肝が太いその性格も、実は悪くないとさえ。

 

「俺は好きです、あなたのこと。狼みたいな鋭いアイスブルーの瞳も、自分の美しさに頓着しない危ういところも、小さな手も、騎士の命を背負う大きな背中も、いつも誰かを気にかけている優しさも、それを隠す不器用なところも、大好きなんです」

「ひ」

「そうやってすぐ真っ赤になるところも、本当に可愛い」

「ぐ、う」


 満身創痍であった。

 身体は健康。傷一つない。転がる累々の屍が、エスィルが元気いっぱいであることを証明している。けれど、つらつらとエスィルを褒め称える男を前に為す術もない。万事休す。誰か助けて! 思わず周囲に視線を走らせるが、視界に映るはレギアノスの死骸ばかり。まるで二人の世界ねってうるせえわ。


「エスィルさん、俺のこと気に入ってるでしょ?」

「は、はい」


 いっそ嘘がつけりゃあ良かったんだけど、混乱を極めぼろぼろのエスィルの精神は馬鹿正直であった。何を隠そう、エスィルは嘘が下手だ。


「エスィルさん!」

「ひっ」


 喜色満面でゼノヴァルトが歩いてくる。魔物が転がる中真っ直ぐ、真っ直ぐ、エスィルをめがけて。黄金の瞳で射抜くように、エスィルを見つめながら。


「じゃあ、俺たち今から恋人ですね!」

「は、はい」


 なんで! と叫べばよかったんだけど。

 両手を握られたエスィルは、気づいたら頷いていたのである。






早速のブックマーク、評価、リアクションありがとうございます!!

続きは近いうちに投稿予定です。

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