第8話 葬祭所『言の墓』
ここは不思議な商店街――「幸坂ストリート」。
そこで出会う人々は皆、
“何かを失ったまま”この坂を歩いてくる。
そして店を出るとき、
その手のひらにはほんの少しだけ、あたたかい何かが残る。
奇妙で、やさしくて、少し切ない。
現実の方が少し“夢のよう”に見えてくる。
扉の向こうにあるのは、不思議――
それとも、あなたの心の中かもしれない。
坂の上のほう、風の抜ける高台に、
白い建物がひとつ建っている。
看板には小さく書かれていた。
『葬祭所 言の墓』
〈言えなかった言葉、お預かりします〉
通りすがりの青年は、
その名にひっかかるものを覚え、
ふと中へ入った。
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中は静かで、香のような匂いがした。
壁には無数の小さな石板が並び、
それぞれに短い文字が刻まれている。
「ありがとう」
「ごめん」
「またね」
「だいじょうぶ」
その一つ一つが、
誰かが言いそびれた言葉だという。
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受付の老僧のような男が顔を上げた。
「ようこそ。弔いですか、供養ですか?」
「……その違い、あります?」
「ありますよ。弔いは“言わなかった言葉”、
供養は“言いすぎた言葉”です」
「なるほど……じゃあ、弔いでお願いします」
青年は胸ポケットから小さな紙切れを取り出した。
「ずっと言えなかったことがありまして」
「どうぞ。お預かりします」
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男は、石の机の上に紙を置き、
筆でその言葉を写し取った。
その動きは、まるで祈りのようだった。
「言葉というのは、
声に出さなくても形が残ります。
だからこうして“埋めて”あげるんです。
そうしないと、ずっと浮かんでしまう」
「浮かぶ?」
「はい。心の中の水面にね」
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青年は目を伏せた。
紙に書いた言葉は、
たった一行の「ごめん」だった。
あのとき謝れなかったことが、
ずっと胸の奥に沈んでいた。
老僧が静かに頷いた。
「ここでは謝罪も成仏します。
ただし、供養には“感謝”が要ります」
「感謝?」
「言葉を持っていた自分に、です」
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外に出ると、
風が少し強くなっていた。
ふと振り返ると、
建物の上空に、
白い紙のようなものがゆっくり舞っていた。
それは、誰かの言葉の欠片だろうか。
それとも、自分のものかもしれない。
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ポケットの中に、
老僧から渡された小さな紙片があった。
そこにはこう書かれていた。
『言葉は、言えなかった時点で「過去」になります。
でも、思い続ける限り「今」にいます。』
青年は小さく笑った。
「……なるほど、“供養”って、そういうことか」
風に吹かれながら、
坂をゆっくりと下っていった。
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葬祭所『言の墓』では、言葉を葬る代わりに、沈黙を生かしてくれる。
誰かに届かなかった言葉も、
風に乗れば、いつかどこかで“別の誰か”を癒やすという。
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