第6話 貸し空間 『可視空間4次元』
ここは不思議な商店街――「幸坂ストリート」。
そこで出会う人々は皆、
“何かを失ったまま”この坂を歩いてくる。
そして店を出るとき、
その手のひらにはほんの少しだけ、あたたかい何かが残る。
奇妙で、やさしくて、少し切ない。
現実の方が少し“夢のよう”に見えてくる。
扉の向こうにあるのは、不思議――
それとも、あなたの心の中かもしれない。
坂の上のほう、壁のない店がある。
正確には「店の形をしている“空間”」だ。
看板には、こう書かれていた。
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貸空間 可視空間4次元
〈あなたと誰かの“間”をお貸しします〉
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中を見ると、白い床と天井だけがある。
奥に受付カウンターがあり、
若い女性が、ゆるく笑っていた。
「いらっしゃいませ。ご利用は“個人”ですか、“関係”ですか?」
「……関係って、借りられるんですか」
「ええ。見えなくなった関係ほど、広めの空間が必要になりますので」
青年は少し考えて、
「なるほど。では、関係で」
と答えた。
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彼女はタブレットを操作しながら尋ねた。
「どんな関係ですか?」
「……昔の同僚です。仲は悪くないけど、最近は会っても空気が変で」
「なるほど。じゃあ、“3.5次元ルーム”をお勧めします」
「そんなのあるんですか」
「3次元より広く、4次元より近い――曖昧な関係専用です」
青年が入ると、空間の中央に光の糸が浮かんでいた。
その糸は、どこかで誰かと繋がっている。
ただ、たるんでいた。
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「距離が伸びてますね」
受付の声が空間の壁から聞こえた。
「これ、誰と繋がってるかわかるんですか?」
「心の方向を向くと、自然に光ります」
青年が目を閉じると、
ぼんやりとひとりの顔が浮かんだ。
喧嘩をしたわけじゃない。
けれど、互いに譲り合いすぎて、
気づけば会話が減っていた。
光の糸が、ゆるやかに震えた。
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「どうすれば、またちゃんと繋がりますか?」
青年が尋ねると、受付の声がやわらかく返ってくる。
「引っ張りすぎないことです。
でも、切れそうなら、少しだけ声を出してください。
あなたが今、何を思ってるかを」
青年は深呼吸をした。
そして、誰に届くともわからない空間に向かってつぶやく。
「……俺、気を使いすぎてたな。
本当は、もっとくだらない話がしたかった」
糸が一瞬、光を強めた。
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「調整完了ですね」
声がまた響いた。
「これで、無理に近づかなくても見えるようになりますよ」
「見える?」
「ええ。相手が遠くにいても、ちゃんと“心がそこにある”って感じられるくらいに」
青年は軽く笑った。
「……高性能ですね」
「いえ、これはあなたのほうの設定変更です。
もともと、繋がってたんですよ」
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外に出ると、空気が少しだけ柔らかく感じた。
ポケットのスマホが震える。
画面には、数ヶ月ぶりに届いたメッセージがあった。
『久しぶり。今度、飯でも行く?』
青年は空を見上げた。
坂の上のほう――
「可視空間4次元」の看板が、
ゆらゆらと光に滲んでいた。
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《可視空間4次元》では、見えなくなった“人との間”を貸し出している。
距離を無理に詰めず、見えるだけで安心できる関係をつくるために。
この街でも、繋がりは見える物ではなく、空間として存在する。
触れられなくても、確かにそこにあるもの。
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