表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/17

第4話 ラーメン屋 『逆流亭』

ここは不思議な商店街――「幸坂ストリート」。

そこで出会う人々は皆、

“何かを失ったまま”この坂を歩いてくる。

そして店を出るとき、

その手のひらにはほんの少しだけ、あたたかい何かが残る。


奇妙で、やさしくて、少し切ない。

現実の方が少し“夢のよう”に見えてくる。


扉の向こうにあるのは、不思議――

それとも、あなたの心の中かもしれない。



夜の坂を上る途中、ふと香ばしい匂いがした。

どこかで誰かが、スープを煮込んでいる。

その香りに誘われるように、小さな暖簾をくぐった。


「いらっしゃい。ようこそ逆流亭ぎゃくりゅうていへ」


店内は一席だけ。

客は自分ひとり。

カウンターの奥で、白髪の店主が麺を一本一本、指で伸ばしていた。

まるで糸を紡ぐように。


---


「すぐできるからね」

「……ラーメンって、そんな手間かけるもんでしたっけ」

「ここの麺は特注なんだ。一本一本、“人の思い出”でできてる」


「思い出?」

「そう。長いやつほど重くて、すぐ沈む。

 短いやつほど軽くて、すぐ浮く」


湯気の奥で、店主の顔がゆらめいた。


---


ほどなくして、丼が置かれた。

透き通ったスープに、麺がふわりと漂っている。

箸を入れた瞬間、懐かしい声がした。


――「おかえり」


「……いま、何か……?」

「麺の一本一本が思い出だからね。

 食べると、あなたの記憶が少しだけ戻るんだよ」


青年は戸惑いながらも口に運んだ。

ひとくち目は、小学校の運動会の味。

二口目は、初恋の放課後。

三口目は、泣きながら帰った夜のにおい。


涙がこぼれた。

それはしょっぱくて、どこか温かかった。


---


「スープは、なんですか」

「周りの人の想いさ。

 自分では気にしなかった“誰かの想い”を、全部ここに煮出してる」


「……じゃあ、これも俺の人生?」

「人生の味見みたいなもんだよ。

 しょっぱくても、飲み干したくなるのがラーメンだろ」


店主は静かに笑った。

湯気の向こうで、鍋の音がゆっくり響いていた。


---


気づくと、丼は空っぽだった。

店主が湯気の中から声をかける。


「味、どうだった?」

「……なんか、思い出しすぎて胸いっぱいです」

「そりゃ上出来だ。元々あんたが受け入れてた味だからな、

しっかり馴染むはずさ。

ちょっとしたきっかけ」


勘定を払おうとすると、店主が首を振った。

「いらないよ。

 お会計は“思い出した涙”で支払い済みさ」


---


外に出ると、夜風がやけに優しかった。

ふと見上げると、湯気が空に昇って雲に混じっていく。

その形は、まるで一杯のラーメンのようだった。


翌朝、目を覚ますと、夢のように記憶が薄れていた。

ただひとつ、両手に残る香りだけが確かだった。

それは――しょうゆと涙のあいだの匂い。


---


逆流亭のラーメンは、時間をさかのぼる味がする。

 麺は思い出、スープは他人の想い。

 完食した者は、みんな少しだけ前を向くという。



評価、感想ありがとうございます。

励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
どのお話も優しくて、読後感が素敵でした。 お支払いの方法が「溜め息」だったり「涙」だったり、人生を重くしがちなものなのが良いですね。自分にとっては厄介な物でも、人にとってはありがたいものなのかもしれな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ