第13話 レンタル『ヒトダマリ』
ここは不思議な商店街――「幸坂ストリート」。
そこで出会う人々は皆、
“何かを失ったまま”この坂を歩いてくる。
そして店を出るとき、
その手のひらにはほんの少しだけ、あたたかい何かが残る。
奇妙で、やさしくて、少し切ない。
現実の方が少し“夢のよう”に見えてくる。
扉の向こうにあるのは、不思議――
それとも、あなたの心の中かもしれない。
坂のいちばん下、古い建物がある。
昼間でも薄暗く、窓には分厚いカーテン。
看板には、手書きでこう書かれていた。
『レンタル ヒトダマリ』
〈一晩だけ、人のぬくもりをお貸しします〉
青年は、なんとなく足を止めた。
仕事を辞めてから、誰とも話していない。
“ぬくもりを貸す”という言葉に、
ほんの少しだけ惹かれた。
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店の中は、異様なほど静かだった。
奥のカウンターに座る女性が、穏やかな笑みを浮かべている。
「いらっしゃいませ。今夜、どんな“人”をお求めですか?」
「……どんな、って?」
「明るい人、優しい人、黙ってそばにいる人。
お客様に合わせて貸し出します」
青年は戸惑いながら言った。
「じゃあ、優しい人で」
「かしこまりました」
女性は奥の棚から、ガラス瓶をひとつ取り出した。
中には、淡い光がゆらめいている。
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「これは?」
「“人のぬくもり”の残響です。
今夜だけ、その人がそばにいるように感じられます」
青年は受け取って帰った。
部屋に戻り、瓶のふたを開ける。
じんわりと温かい空気が広がる。
誰かが隣に座っているような気がした。
「……ありがとう」
そうつぶやくと、空気がかすかに震えた。
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夜。
眠りかけたとき、ふと誰かの声がした。
「こちらこそ」
青年は跳ね起きた。
部屋の中には誰もいない。
瓶は机の上にある。
光は消えていた。
背中に冷たい汗が流れる。
まさか、と思いながらもう一度ふたを閉めた。
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翌日、返却のために店を訪れる。
昨日の女性が出迎えた。
「いかがでしたか? 暖まりました?」
「……はい。でも、なんか……声が聞こえた気がして」
「それはきっと、前のお客様の“お礼”ですね」
「前の……?」
女性は笑った。
「うちの瓶は“返したくなかった想い”が少し残るんです。
たまに声を出しますけど、悪気はありません」
青年はゾッとした。
「……その“前のお客様”って、今は?」
「ええ。お戻りになりませんでした」
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外に出ると、日が沈みかけていた。
背中にまだ、誰かのぬくもりが残っている。
どうやら瓶の中身は、完全には返せなかったらしい。
振り返ると、店のガラス戸に貼り紙があった。
《貸し出し中:青年(優しい)》
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《ヒトダマリ》では、人のぬくもりを貸し出している。
返却されなかったぬくもりは、
次の誰かの“優しさ”として、また貸し出される。
――この街では、優しさほど長くは持たない。
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