第12話 代行処『祝呪屋』
ここは不思議な商店街――「幸坂ストリート」。
そこで出会う人々は皆、
“何かを失ったまま”この坂を歩いてくる。
そして店を出るとき、
その手のひらにはほんの少しだけ、あたたかい何かが残る。
奇妙で、やさしくて、少し切ない。
現実の方が少し“夢のよう”に見えてくる。
扉の向こうにあるのは、不思議――
それとも、あなたの心の中かもしれない。
坂の裏手、路地の奥にひっそりと明かりがついている。
暖簾には、少し不吉な文字が並んでいた。
『代行処 祝呪屋』
〈祝いと呪い、どちらも代行いたします〉
「……え、両方やるの?」
青年は思わず声に出した。
ドアを開けると、カラン、と鈴の音。
中には和装の女店主がひとり。
白い半纏に「おめでたくて、めんどうくさい」と書かれている。
---
「いらっしゃいませ。祝いますか? 呪いますか?」
「え、えっと……どっちって、そんなノリで選ぶもんですか?」
「お気持ちで構いません。最近“心がどちらに傾いているか”で」
「いや、そんな診断受けにきたわけじゃ……」
店主は微笑んだ。
「どちらも同じ源ですよ。“誰かを想う”という点でね」
---
店内には、色とりどりの札が並んでいた。
赤い札は“祝い”、黒い札は“呪い”。
よく見ると、同じ名前が両方に書かれているものもあった。
「これ、同じ人に両方出してるんですか?」
「ええ。好きな人ほど、祝って呪うんです」
「……重いですね」
「人間なんてだいたいそんなもんですよ」
---
青年は少し考えてから言った。
「じゃあ、祝ってほしい人がいます」
「どんな祝福ですか?」
「元恋人が結婚するんです。幸せになってほしいけど……
なんか、モヤモヤするというか」
「お任せください。“複雑系祝い”ですね」
店主は筆を取り、さらさらと書いた。
『末永く幸せでありますように。
ただし、少しだけ私を思い出す日が、年に一度ありますように。』
青年は吹き出した。
「……うわ、それ最高です」
「祝いと呪いの“ちょうど真ん中”です」
---
代金を払おうとすると、
店主がふと筆を止めた。
「実は“自分への祝呪”も承ってますよ」
「自分に?」
「はい。『もうちょっと頑張れ』とか、『今日ぐらいは何もしたくない』とか。
そういう想いを封じると、意外と気持ちが軽くなるんです」
青年は少し考え、紙に一言だけ書いた。
「もう少し、自分を許す」
店主は頷き、白い札を結びながら呟いた。
「はい、これは“祝い寄りの呪い”ですね」
「どっちつかずだなぁ」
「真ん中が一番人間らしいんです」
---
店を出ると、坂の上の風鈴が鳴った。
音が、少しだけ笑っているように聞こえた。
ポケットの中には、店主から渡された小さな札。
裏には手書きの文字があった。
『祝いも呪いも、向けた相手に届く前に、
自分の中で一度だけ、やさしく反射します。』
青年は笑った。
「……なるほど。だから優しくしないと燃えるんだな」
風が抜け、札がかすかに揺れた。
どこかで鐘の音が鳴った気がした。
---
《祝呪屋》では、祝いと呪いを同じ筆で書く。
どちらも“強く想う”という点で変わらない。
結局、人の心にあるのは一つだけだ。
「あなたを見ている」という祈り。
評価、感想ありがとうございます。
励みになります。




