4話
第四話 王国の危機と“勇者の結界”
その日、王都は少し騒がしかった。
市場に並ぶ野菜の値が上がり、兵士たちは慌ただしく街を駆け回っている。
「勇者様! お聞きになりましたか!」
「王都の近くに魔物の群れが出たそうです!」
兵士の報告を聞き、俺は眉をひそめた。
魔物の群れ? ……まあ、この世界ならありえる話なのかもしれない。
「討伐隊が組織されました。勇者様もぜひ出撃を……」
「いやいや、俺は王女殿下の護衛任務がありますから」
あくまで俺は“警備員”。
守るべき対象を離れるわけにはいかない。
だから当然のように王女アリアの傍を離れず、市街地の巡回を続けた。
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食料倉庫の異変
巡回中、ふと人気の少ない路地で、不審な物音を耳にした。
(……誰かいる?)
気配を追って進むと、大きな木造倉庫の扉が半開きになっている。
中に入ると、干し肉や干草が散乱し、袋が破かれていた。
鼻をつく獣臭。
「……なるほどな」
俺は思い出した。
現実のビルでも、食料品の保管場所にはネズミや野良猫が入り込み、警報が鳴ることがある。
つまりここは“餌場”だ。
魔物が王都に近づく原因は、この倉庫にあったのだろう。
俺は散らかった袋を片付け、扉を閉じ、手近な木材で簡易的に補強した。
ついでに「立入禁止」と紙に書き、目立つ場所に貼り付けておいた。
(よし、これで不審者は来ないだろ)
俺にとっては、ただの通常業務だった。
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英雄譚の誕生
翌朝。
討伐に向かった兵士たちが戻ってきた。
「おかしい……魔物の群れが忽然と消えていた」
「王都に結界が張られたかのように、近づくことすらできなかったのだ」
その時、別の兵士が言った。
「思い出した! 昨夜、勇者様は王女殿下を守りながら市街を巡回しておられた!」
「きっと勇者様が“結界”を張られたに違いない!」
そこから噂は一気に広まった。
「勇者様は魔物を寄せつけぬ結界を張られた」
「聖なる札に『立入禁止』と記されていたらしい」
「それこそ神より授かった封印の言葉なのだ!」
……ちょっと待て。
俺が書いたのはただの“注意書き”だ。
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王女アリア視点
「……勇者様。あの札に、何と書かれていたのですか?」
アリア殿下が恐る恐る尋ねてきた。
俺は正直に答える。
「『立入禁止』って書いただけです」
「……!!」
王女は両手を合わせ、感極まったように頷いた。
「やはり……“禁域の言葉”を記してくださったのですね!」
「勇者様の守護がある限り、王都は決して魔物に侵されません!」
……いや、ほんと、ただの注意書きなんだけど。
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市民の信仰
その日以来、王都のあちこちに“立入禁止”の札を真似して掲げる商人や市民が現れた。
「これで我が家も勇者様に守られる」
「勇者様の御札だ! 家宝にするぞ!」
いつの間にか俺の字が“聖遺物”扱いされている。
(……いや、ガードマンってここまで影響力持つ職業じゃないんだけどなあ)
俺はただ苦笑しながら、今日も王都を巡回するのだった。