続き
第三話 市井の英雄
王城の護衛任務を任されてから数日。
俺――佐藤守は、王女アリアの護衛を兼ねて王都の街を巡回していた。
(いや、ほんとビル警備と変わらないな……)
制服こそ違えど、やっていることは同じだ。
「巡回ルート」を決めて歩き、人の流れを観察し、不審な動きがあれば声をかける。
ただそれだけのこと。
ところが、この世界の人々の反応は――。
「おお、勇者様が街を見回ってくださっている!」
「これで盗賊も魔物も寄りつかぬわ!」
「ありがたや、ありがたや……」
……いやいや。
俺はただの見回りだって。
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迷子騒動
ある日のこと。
市場の片隅で、子供の泣き声が聞こえた。
「う、うわーん! お母さーん!」
人混みに取り残された小さな男の子。
俺は自然と足を向け、しゃがみ込む。
「大丈夫か? 迷子か?」
ポケットから紙とペンを取り出し、子供の名前を書かせる。
そして近くの兵士に声をかけて案内を頼んだ。
(よし、これで迷子センターに届けるのと同じ要領だ)
ところが――周囲の民衆は息を呑んでいた。
「あ、あれが勇者様の“言霊”か……!」
「名前を書かせることで魂を守護する加護が生まれるのだ!」
「子供が泣き止んだ……! 勇者様の微笑みは聖母の慈悲に等しい……!」
……いや、ただ名前を書いただけなんだが。
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スリ事件
別の日。
俺が巡回していると、買い物帰りの老婆が背後から布袋をすられそうになっていた。
「危ない!」
反射的にその手を掴み、肘を極めて地面に倒す。
すぐに兵士が駆けつけ、犯人を拘束。
俺としては「現行犯逮捕、任務完了」なだけ。
だが周囲の人々は大騒ぎだった。
「一瞬で賊を制圧したぞ!」
「見えたか!? あの俊敏さ! まるで影が動いたようだ!」
「勇者様は闇をも縛る聖なる鎖を操られるのだ!」
いや、ただの“警棒術+護身術”です。
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ラジオ体操
ある夜、兵士に「勇者様、我らも鍛錬をしたいのですが」と相談された。
そこで俺は言った。
「じゃあ、朝に“ラジオ体操”でもしてみたらどうです?」
翌朝、王城の庭で俺がいつもの体操を披露すると、兵士たちは食い入るように見つめていた。
「……な、なんと調和の取れた動き!」
「この流れるような動作……体内の魔力の循環を整える秘術に違いない!」
「勇者様の聖なる儀式だ! 我らも倣うのだ!」
次の日には、兵士全員が真剣な顔で“ラジオ体操”をしていた。
……あれ?
これ、もしかして異世界に“ラジオ体操”広めちゃった?
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英雄伝説の拡散
こうした些細な出来事が、尾ひれをつけて噂となり、王都全域に広まっていった。
「勇者様は子供の魂を守護した」
「盗賊を鎖の術で縛った」
「聖なる儀式で兵を鍛えている」
本人の意図などお構いなしに、佐藤守の名は人々の口から口へと伝わり、英雄譚として形を変えていく。
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その晩。
王城の自室でベッドに横たわりながら、俺は頭を抱えていた。
「……なんで俺、どんどん話が大きくなってんだ?」
だが翌朝も、俺は変わらず巡回へと向かう。
――なぜなら、それが“ガードマンの仕事”だからだ。