3話
第三話 噂は広がる(兵士・民衆視点)
兵士エリオ視点
俺は王都警備隊に所属する新米兵士、エリオという。
あの夜、自分の目で見た光景をどう説明すればよいのだろうか。
闇の中、窓から侵入しようとした刺客。
普通なら、俺たちでも手こずる手練れだ。
だが――勇者様は、音もなく近づき、ただ一言。
「立入禁止だ」
低く放たれたその言葉は、耳にしただけで体が硬直した。
気がつけば刺客は床に倒れ伏していた。
魔法も、剣技もない。ただの言葉と一撃。
だが俺には、それが人智を超えた“絶対的な支配”に見えた。
あの方はきっと、我らを導く存在なのだろう。
王女殿下の護衛に任じられたのも当然だ。
これで王国の未来は守られる――そう信じている。
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居酒屋の主人視点
「なあ聞いたか? 昨夜、王城に刺客が忍び込んだらしいぜ」
常連客に酒を注ぎながら、俺は噂を小耳に挟んだ。
「でも安心しろ。勇者様が一瞬で片付けたそうだ」
「さすが勇者様だな! 昼間も魔物を素手で倒したって話だぜ」
「しかも“立入禁止”って言っただけで敵が動けなくなったんだろ?」
「やっぱり勇者様は神の加護を受けてるに違いねえ!」
噂は尾ひれをつけて広がっていく。
俺の耳に届く頃には、勇者様は“言葉ひとつで魔物を縛る聖盾の化身”になっていた。
俺だって直接見たわけじゃない。
だが、酒場の空気はもう「勇者様こそ我らが救世主」一色だった。
事実がどうであれ、誰もそれを疑わない。
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王女アリア視点
……あの夜から数日。
勇者様の名は瞬く間に王都全域へと広まっていた。
街を歩けば誰もがその話題を口にする。
「勇者様が見回りをしてくださっている」
「だから王都は安全なのだ」
民の目に浮かぶのは、恐怖から解放された安堵と感謝の色。
それを目にするたび、私は胸が熱くなる。
――やはり間違いない。
勇者様は人々を守るために召喚されたのだ。
それなのに、ご本人は。
「いや、ほんと俺はただ巡回してるだけなんですけど……」
そう言って首を傾げるばかり。
けれど、その謙虚さこそがまた、人々の信仰を深めているのだった。
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老騎士ダリウス視点
わしはこの目で見た。
勇者殿が、王女殿下の背後に控え、まるで影のように動きを殺していた姿を。
騎士にとって、護衛とは誇り高き務め。
だが勇者殿はそれを当然のようにこなし、一歩たりとも隙を見せなんだ。
あれはただの技術ではない。
“守る”という信念が形になった境地よ。
若き兵士たちも皆、あの方を手本にしようと必死に鍛錬しておる。
勇者殿の存在が、この国の軍をも変えつつあるのだ。
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王都の市民視点(老婆)
市場で買い物をしていた時じゃ。
背後から盗賊まがいの男が金を奪おうとした瞬間――勇者様が現れた。
何をしたか?
ただ私と男の間に立ちはだかり、「そこまでだ」と声をかけただけ。
それだけで男は蒼白になり、手を震わせて逃げ出したのじゃ。
……勇者様の背中は、大きかった。
あれはきっと、神の盾そのものじゃ。
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こうして王都のあちこちで、勇者佐藤守の伝説は語られ始めた。
一方で本人は――。
「いや、なんで俺がこんなに有名になってんの?」
首を傾げ、頭をかきながら、今日も巡回に出る。
ただ“ガードマン”として。
依頼された任務を、淡々と果たすために。
だがその一挙手一投足は、すでに人々の目には“英雄譚”として映っていた。