続き
酔っぱらいを取り押さえた後、俺はそのまま兵士に引き渡した。
王都の警備兵がやって来て拘束してくれたので、そこで任務終了――のはずだった。
「勇者様! 見事な御働き、恐れ入りました!」
兵士が深々と頭を下げる。
「いえ、あの……普通に暴れる人を止めただけなんですが」
「なんと謙虚なお言葉! 真の英雄とは斯くあるべし!」
……伝わらない。
完全に話が噛み合っていない。
(まあ、いいか。結果的にトラブルを防げたんだし)
そう自分を納得させて帰ろうとしたところで、今度は煌びやかな馬車が目の前に止まった。
扉が開き、そこから現れたのは――昼間に謁見した、あの王女だった。
「勇者様、やはりこちらにいらっしゃったのですね!」
「え、ええっと……」
不意に名前を呼ばれて面食らう。
王女は俺に駆け寄り、スカートの裾を軽く持ち上げ、優雅に礼をした。
「私はアリア。王国の王女にございます。どうか、私の護衛をお引き受けいただけませんか」
「護衛、ですか」
言われてみれば、これはむしろ本職だ。
警備員の仕事は、建物や人を守ること。王女の護衛なんて、ある意味で最高峰の依頼だ。
「危険なことが多いのです。私一人では心許なくて……」
不安げに視線を伏せる王女。
その姿は“守ってあげねばならない対象”そのものに見えた。
「わかりました。全力で、お守りいたします」
思わず、警備業務マニュアルで教わった“安心感を与える返答”を口にする。
するとその場の空気が一変した。
周囲に集まっていた市民や兵士が、一斉に歓声を上げたのだ。
「おお……! 勇者様が直々に王女殿下をお守りくださると!」
「これでもう王国は安泰だ!」
「聖盾の加護だ……!」
いやいや、俺はただ、護衛を引き受けただけだ。
だが彼らにはそうは聞こえなかったらしい。
どうやら「勇者が王女を守る=国を背負って立つ英雄の誓い」と解釈されたようだ。
(……マズいな。なんだか話が大きくなってきてないか?)
焦りを覚えつつも、王女の真剣な瞳を見てしまえば断るわけにもいかない。
結局、俺はその日から「王女付きの護衛騎士」として動くことになった。
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夜。王城の客室。
俺はベッドに腰かけながら、今日一日の出来事を思い返していた。
「……俺、なんでこんなことになってんだ?」
朝は普通にビル警備員。
昼には異世界に飛ばされ、勇者と呼ばれ、酔っ払いを取り押さえただけで魔物討伐の英雄に。
そして今、王女の護衛騎士。
普通のガードマン生活が恋しくなる。
しかし――。
(けどまあ……誰かを守るって意味では、やることは変わらないんだよな)
警備員だろうが勇者だろうが、本質は同じ。
危険を察知して防ぎ、大事なものを守る。
それが俺の仕事であり、生き方なのだ。
「……よし。異世界だろうが、俺は俺のやり方でやるさ」
そう小さく呟いた時だった。
窓の外から、かすかな気配がした。
「……不審者?」
体が勝手に反応する。
懐から警棒を抜き、音もなく窓辺へ。
闇の中で黒い影がよじ登ろうとしていた。
――王女の部屋に忍び込もうとしている。
「立入禁止だ」
無意識に出た声と同時に、俺は影の腕をつかみ、窓枠に叩きつけた。
鈍い音と共に、侵入者は動かなくなる。
息を整えていると、廊下から駆けつけてきた兵士が目を丸くした。
「ゆ、勇者様!? 闇の刺客をたった一撃で……!」
「……は?」
まただ。
俺にとっては、ただの“現行犯逮捕”に過ぎない。
だがこの世界の人間には、やはり“奇跡の英雄譚”にしか見えなかったのだった。