二人で独白
「第二関門も突破と、もう世が明ける頃には俺らはヒーローだぜ!なぁリザ」
「あ、あぁ」
俺は楽しそうに話すニックの話を右から左に聞き流した。
広大な豪邸に似合わない三メートル四方のエレベーターの中で呆然としていた。
何せ丸一時間かけて見つけた移動手段、他にあるとは到底思えない。
おそらく唯一の移動手段に、家族の登録者の名前で通らないことなんてあるのか?
もちろん盗みには全く関係のないことだが、変に気になってしまう。
そこそこ時間も経っていただろうか。
俺を思考の中からエレベーターの到着音が呼び戻した。
「とりあえず二階着いたな、リザはエレベーター乗ったことあるか?」
そうか、ニックは乗ったことがないのか。まあ俺より先に裏通りにいた口だしな、と思い
「あー、俺も覚えているのでは初めてだな。あんまデカい建物行く機会無かったから」
と返した。
「そうだよな、リザは壁登るんだろ?」
「俺そんなにトカゲ全開じゃねーって」
物色を続けながらニックにツッコむ。
そういや、ニックとも一年近い付き合いになるのかと感じた。
両親を除けば一番親しい間柄、きっと俺が捻くれていなければ友達と呼べたのかもしれない。
俺はそう思うとポロッと本音をこぼした。
ひんやりとしていて閑散とした空気で、温もりを求めていたのかもしれない。
「ニックは、なんで俺とつるんでいるんだ?」
ほんの少しだけ、言ってから後悔した。
「はぁ?なんだいきなり、しんみりして」
ニックは一瞬戸惑ったように聞こえたが、すぐ答えてくれた。
「なんでかって言われるとムズいけど、なんか似ている気がすんだよな、性格の…そのまた一部みたいなとこが。
俺ん家はさ、兄貴が優秀だったんだよ。今は火星でのインフラ設備に携わっているとこだろうな。」
質問からの短い時間で、軽く想定していた答えとの、あまりの違いに引きつけられた。
少なくとも他人の評価を気にしている人間には見えなかった。むしろそこが、ニックの強さだと思っていた。
「今の家庭ってのは、どこもそうかは知らないけどリレーなんだよな。あの、運動会とかの。
親は自分の力で勝ち組になれないと思えば、できるだけ走って、あとは子供に託す。そして、その子供も一緒だ。
どうか、私たちが生きている間に勝ち組にしてくださいって祈るんだ。いつか、天才の祖先になるがために生きてる」
俺とはまた違う、家庭の闇に触れた。救われると共に、世間知らずな自分を恥じた。
「だから俺みたいな失敗作は、もはや足枷なんだよ。能はないのに、家族だからってなると体裁のために自分らからは見捨てられない。俺は腫れ物扱いでさ、家に居られなくなった。ここでは、こんな俺にも居場所がある。基本的には自分で成果だした分だけいい思いできる個人戦だ。先に走った後、観客面する奴らはいない」
そういえばニックの態度が、来たばかりの俺と他の奴らとで大して変わらなかったことを思い出した。
一見フランクだけど、どこか壁を作るようなやつだった。
「リザからしちゃウザいかもだけどさ、同じだと思ったんだ。俺も、逃げなんだよ、これって」
「いやいや俺なんかとは違うって、ニックは自分で生きる道を選んだんだ、俺よりずっと小さい時にな」
俺はニックの境遇から、もっと距離が離れてしまったようで悲しくなった。
そして、悲しくなるほどニックの境遇を想像だけで決めつけていた自分に嫌気がさした、
「同じさ、逃げるってのは負のイメージが付きすぎているけど、本来は危険だとか、責任とかに立ち向かうのをやめるってだけなんだぜ」
「だとしたら、俺のは悪い意味での逃げるってだけだ」
「ま、きっかけはそうなのかもな。でも行動の正しさを決めるのは大抵、原因より結果なんだ。リザの中で言う、悪い逃げをしたリザも、良い逃げをした俺も結局同じ場所にいる。そんで俺らが誰よりも楽しんで生きてりゃ、それは俺らにとって逃げが最善手だったってなるわけだ」
何故か見えてもいないニックが、いつもと違う笑い方をしているように感じた。
「リザ、お前と会った時さ覚えてるか?ぶっちゃけ俺は下に見てたよリザのこと。キメラなんて都市伝説の類としか思ってなかったし、そりゃ字の如く珍獣扱いだよな、俺より酷い人生だったんだろーなぁって。
でもお前さ、笑ってたんだよそん時。あれは愛想笑いじゃねぇ、俺にはわかる。心から笑ってたよ」
「…たしかに、初めて俺の居場所が見つかった気がしてな、嬉しかったよ本当に」
あの頃は、まるで昨日のことのように思い出せる。そう続けた。
「リレーに疲れて、逃げて、行き先もなく歩いててさ、俺の人生どこで間違えたんだろうって、ここからどう生きればいいんだろうって考えていたらさ、お前は笑顔で歩いてたんだ。どこ行けばいいかもわからないのに、キラキラしてたなぁ。そん時だよ、目ぇ覚めたのは」
トランシーバー越しに聞こえるニックの声はいつもよりうわずっていて、時折鼻を啜る音が聞こえる。
「お前が笑ってんなら、俺も間違えてねぇって思えた。感謝してんだぜ、こう見えてな」
「見えねーって、無線じゃあ」
いつの間にか俺にも、湿っぽいのが感染ってきた。
俺の行動が誰かを救っていたなんて夢にも思っていなかった。
「よし、行くか。三階」
ニックが明るい声でそう言った。
冷房の強風に吹かれて舞った鱗が、月明かりに白く照らされた。
長い廊下に並ぶ白銀の鱗片は宛ら道標のようだった。
そしてそれを辿るように俺は歩き出した。