表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

雪と泥

日が沈み、空が黒く染まる。

時計の長針と秒針すらも曖昧になるこの時間は、俺ら盗賊にとってはゴールデンタイムだ。

俺はニックと分かれ、雪のように白い豪邸の入り口付近まで来たとこでイヤホンを耳に差し込んだ。


「こちらニヤけ金髪、どうぞー」

もはやトランシーバー越しにも、あの笑顔が浮かぶ。


「…ニックそれ気に入ってたのかよ、どう考えても罵倒じゃねーか」

さっきまでの興奮と緊張が一瞬にして冷めた、


「逆にカッコよくねぇ?このコードネーム、ギャップみたいな?」


「素がダメなんだから、ギャップもなにもないだろ。この仕事失敗したら、お前も道連れにして仲良く臓器売買だぞ」

俺は半分冗談、半分本心でそう返した。


「へいへい了解、こちら肝臓だけは失いたくない金髪、どうぞー」


「…お前まさか飲んでないよな」

ニックのあまりの狂人さに、もしかしたら俺の緊張を解くためかと一瞬誤解した。


「来たまではいいけどさ、どう入るよこれ」

広大な庭の見渡す限りがいかにも高級そうな鉄のフェンスで囲われていて、その隙間からおそらく防犯用であろうドローンが十数体、飛び交っているのが一目で分かった。

俺はそれを見た瞬間、あまりの防犯の徹底さに唖然としていたが、一方でニックは意外にも落ち着いていた。


「多分絶対見たとこだと基本的に巡回しているだけ、たまに変な動き、石投げても反応しねぇ…おそらくきっと熱感知かな」

人が変わったようにニックがそう言った。


「いきなり冷静になるなよ、あと断定しとけ、せっかくのスリルが冷める」

そうは言っておきながらニックのことは信用していた。コイツはなんやかんやで有能だ、悔しいことに。


「ってかそうか、少なくとも地温に反応しないんだから、変温で地温に合わせちまえばいいんじゃねーか?」

俺はニックに提案した。


「そんなトカゲみたいなことできちゃ苦労しねぇよ」


「トカゲなんだよ俺は」

自分でもこんな言葉吐くことになるとは思わなかった。

俺は地面を体に当て体温を地温に合わせてから、全速力で庭を抜けた。


こう、全速力で走る感覚は懐かしい。けれど、懐かしい記憶はどれも俺の胸を締め付けるものばかりだった。


無論、煙草も同じだ。俺は咳と呼吸を落ち着かせながらニックの話を聞いていた。


「…それにしても、動体探知機能がないとはなぁ。やっぱり金持ちっての嘘なんじゃねぇの?」

ニックは何か引っ掛かるような発言をした。


「まぁ金持ち共も土が動いて襲ってくるとは思わないだろ」

俺は泥を払いながらそう答えた。


「よし、第一関門突破だな。事前に調べた鍵穴ってのはこのデカい門でいいんだよな」

俺は尻尾を使って、練習した通りに鍵穴を開けた。


「それにしても、正面突破とは。手が震えるな」

俺は震えた声でそう言った。


「お前、手あったんだ」


「前足じゃねぇよ」

良くも悪くも、ニックのスタンスには調子が狂わされる。

門から入った途端、見たこともない広さの玄関に見惚れてしまった。


ジャンプしても全く届きそうにない高い天井に、これまた高そうなシャンデリアが玄関全体を見渡している。そこから三方向に分かれている廊下は、肉眼では突き当たりが見えず、白い壁が遠くの方になるにつれ、影で黒くなっていた。


まるで御伽話の中のお城のような景色に意識を奪われていると、門がガチャと音を立てた。


「しまった、閉じ込められた、罠だったのか?おい、どうすればいいニック!」

語気を強めながらも、俺は冷や汗が止まらなかった。


「オートロックだって、だいじょぶだいじょぶ」

ニックの呑気さに、特大のため息が出た。


そうこうしていると、一台のロボットがこちらに気づいてしまった。

反応次第ではやられる前にやると身構えていると、ロボットが話しかけてきた。


「アナタハ、コノ施設ノ登録者ニ含マレテイマセン」

どうやら家政ロボットらしい。

無機質な機械音声が、広い廊下に反響する。俺は焦りながらも考えを巡らせる。


ーー即敵対反応は出てないから、家政ロボット。それも見た目的に最新型だな、見たことない。

ーー別に家族の情報はある程度は割れている。父母娘の三人家族、名前、職業辺りなら。でも、家族の合言葉やらを聞かれちゃ当てずっぽうになる。

ーー急な訪問客を装うか…?それも事前に登録制だとまずいな。そもそも家の奴らの不在を狙って、庭を抜けている時点でまともな訪問客じゃないし…


「…やべ、詰んだかも。どうすりゃいいニック」

俺は小声で聞いた。


「とりあえず時間稼ぐしかない、俺が言ったこと真似しろ。んで隙を見て逃げろリザ」

ニックの声が今までにないほど頼もしく聞こえた。


俺はゆっくり家政ロボットに近づいてこう言った。

「あー、ごめん忘れちゃってるのかな。私、エリーだよ」

俺はなるべくか細く喋りながら、内心で女だと騙らせるニックへの殺意が湧いた。


ーーせめて騙るとしても父親だったろ、声的にも割れている情報的にも一番可能性はある。


「声紋ガ一致シテイマセン」

当然の反応だった。俺はニックが裏切ったとさえ勘ぐったが、ぐっと文句を堪えた。


「ごめん、今ちょっと病気で…喉枯れているんだ」

なんともありきたりすぎて、無茶苦茶だと感じたが、ロボットはすんなりと受け入れた。


「デシタラ合言葉ヲ答エテクダサイ」

来ると思っていた質問が来た。焦りに焦った俺はニックの言葉も無視して逃走を図った。


「別に外で軽く散歩でもしたいだけだから、いいでしょ今は」

これで逃げられると思ったが、家政ロボットからの言葉は想定とは違った。


「エリーオ嬢様ノ外出ハ認メラレテイマセン」

なんとも過保護な。富裕層ってのは世界のみならず、親からも溺愛されているのか。

リザは殺風景な実家を思い出して、一層富裕層への怒りを感じ、逃げることはもう眼中になかった。


「あーごめん、合言葉忘れちゃったんだ。部屋に戻って確認してもいい?」

勝手なことをして軽くキレてるニックの言葉をダメ元で復唱した。


「…カシコマリマシタ、オ帰リクダサイマセ」


少し悩んだようにも見えたが、俺はその場から一目散に離れた。

やがて、また人気のないところへ移るとニックが小声で怒鳴ってきた。


「おい、俺の言葉無視すんなって!危なかったじゃねぇか」


「仕方ないだろ、娘を騙るなんて。俺の演技力に感謝するべきだぞ」


「うるせぇ、理由ならあんだよ。まず、この家庭は父母娘の三人家族、つまり一人っ子だ。しかも、これほどの金持ちときちゃあ、娘なんて何にも変えられない財産だろ。そんな娘を、ただのロボットの勘違い程度で危害を加えるようなシステムにはしていないはずだ」

俺はニックの言葉にぐうの音も出なかった。


「ごめんな、お前がこんなに有能なの、イカサマする時くらいだからさ」

俺は照れ隠ししながら、ニックに謝った。


「まぁ過ぎたことはいいぜ、それより金の保管場所だ。上を目指すぞ。」


ニックに許されて、再び探索を開始するも中々、上下の移動手段が見当たらなかった。

別に俺の目が節穴だったとか、そういう冗談を言っているわけじゃない。


理由はわからない。ただ、事実として知った。


丸一時間かけてやっと発見したエレベーターは巧妙に隠されていた上に、

登録者に「エリー・N・グラシェル」の名前が含まれていなかったことを。





















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ