「この子、いま世界一しあわせそうな顔してる」
【おはなしにでてるひと】
瑞木 陽葵
手に抱えた“クロノ”の柔らかさに、
気づけばニヤけがちで、自分でもちょっと自覚あり。
でも、小学生の「かわいい~」の声で、照れより先に笑ってしまった。
――なんだか今日は、自分が“特別に選ばれた持ち主”な気がする。
荻野目 蓮
ぬいぐるみを胸に抱えて歩く陽葵を、
“見守る笑顔8割・ちょっと照れ2割”の表情で見てた。
すれ違った人の視線を感じながらも、
「それが陽葵だから仕方ないよね」と納得済み。
――でも、最後に“自分もかわいいって言われた”のはちょっと想定外だった。
【こんかいのおはなし】
駅からの帰り道。
陽が少し傾いて、影が長く伸びる時間帯。
わたしは、
“クロノ”を胸に抱えて歩いてた。
ふわふわの手ざわりと、
ちょっと眠たげな表情。
通りすがりのガラスに映った自分の顔、
なんか、やけにやわらかかった。
「……陽葵、さっきから顔、ゆるんでるぞ」
「え、そっちこそ、ちょっとニヤけてない?」
「いやいや、おれは普通。
ぬいぐるみ抱いてる女子高生が横にいるだけで普通でいるの、わりと大変なんだけど」
そのとき――
すれ違った小学生グループのうちのひとりが、
ぽんっと指差して言った。
「あのぬいぐるみ、かわいい~!」
「ありがと~、名前はクロノです」
即答した自分に、
ちょっとだけ自分で驚いた。
でも、それ以上に、子どもたちの反応がうれしくて。
「クロノ~!おいで~!」
「え、動かないよ?」「ぬいぐるみだからね?」
なぜか軽い人だかりができかけたけど、
蓮がさっと立ち位置を変えて、
ちょうどわたしと子どもたちのあいだに入ってくれた。
「はいはい、“姫と使い魔”の静かな帰還なんで、お見送りだけでお願いします」
「ちょ、なんで使い魔……」
「いや、顔が完全に“魔法使いが使役してる存在”のそれだった」
そんなこんなで、
また少し歩いて――
わたしたちは、いつもの帰り道をのんびり進んでいた。
「でも、陽葵って、ぬいぐるみ持ってる姿、
ふつうにかわいいんだな」
「……ふつうに、ってなに。ふつうに、って」
「つまり、言わなくても可愛いってわかるって話」
そんなずるいセリフ言ったくせに、
蓮は、そのあと視線をそらした。
ちょっとだけ、耳が赤かった。
「……そういうとこ、ずるいって言ったのに」
でも、クロノは言わない。
黙ってわたしの腕の中におさまってて、
なにも言わないけど、“わかってるよ”って顔してた。
わたしは、そんなクロノの頭を、ぽすぽすって撫でながら、
静かな夕暮れの風に、ちょっとだけ目を細めた。
「……うちに、帰ろうね」
【あとがき】
この帰り道は、
“ぬいぐるみ”というファンタジーをふたりの現実に招き入れた時間。
クロノはただのぬいぐるみじゃなく、
“ふたりの間に流れた気持ち”をかたちにした存在です。
誰かにかわいいって言われた瞬間、陽葵も“それを選んだ自分”をちょっと好きになれたかもしれません。