第九十八頁 露天風呂
一七三二四年七月十三日(木)
ヘルヴェティア フィッシャー人間科学研究所
一週間ぶりに見ても湖畔と建物を主としたこの土地の景色は格別であった。
今度は正門からこの施設に入ることになる。
インターホンはないため、彼らはそのまま扉を開けた。
「こんにちは!」
「——!こ、こんにちは……どうなさったんですか?」
元気よく挨拶をすると受付係が大変驚いた。
「突然すみません。アダンはいますか?」
「はい、おります。お呼びしますね。えっと、その間にもう一度受付をお願いします」
一行は指示に従った。
受付に呼び出されたアダン(エ)も大変驚いていた。
再会するなり彼は「なんでいるんだ」と言いたげな表情だった。
しかし彼はすぐに前回の別れ際との相違点を発見した。
「見ない顔があるんだが?」
「ああ……」
「あなたがエストレ先生ですか?」
クウヤが紹介しようと口を開いたところで、スカーレッドは自らアダン(エ)と話そうとした。
「いかにも。しかしなぜ俺の名を?」
「著書を拝読いたしまして。お顔は存じ上げなかったのですが、お名前だけは……」
「本か。珍しいこともあるもんだ。出版当時はほぼ相手にされなかったんだが、そんなものが出回っているとは。名前は?」
「スカーレッド・ヴィオラです」
「俺の本を読んだということは……能力者か?」
「はい。ほぼ間違いないと思います。あの、彼らからここで検査してもらえるかもしれないと聞いたんですが……」
「……ここは病院ではないんだが……まあいい。能生研に伝えておく。自分の能力で知っていることを教えてくれ」
「はい!」
アダン(エ)は歩き出した。
スカーレッドもついていこうとした。
しかし歩き出してすぐ、アダン(エ)は止まった。それにつられて彼女も止まった。
アダン(エ)はビゼーたちの方を向いた。
「お前たちは……好きにしてくれ……」
「本当にすみません……」
ロッドは謝った。
スカーレッドはアダン(エ)に連れていかれた。
暇になった一行はなるべく迷惑をかけないよう食堂で大人しく彼女を待つことにした。
月替わりメニューが変わっていたので彼らはそれを食らっていた。
そこにスカーレッドが戻ってきた。
「ただいま!色々調べてもらったよ」
「ろうらっはんうぁ?」
クウヤは口の中をギチギチに詰まらせながら聞いた。「どうだったんだ?」と言いたかったらしい。
それを理解したかは定かではないが、スカーレットが話す。
「なんか。私の想定は大体あってたみたいなんだけど、正確には『物質に特性を付与する能力』じゃないかって」
「なんか複雑そうだね」
ロッドが言った。
彼女がケビンから聞いた話によれば、スカーレッドが研究室内で触れたものを解析したところ、彼女の生気の痕跡が残っていたらしい。
能力者は瞬間的に物体に生気を付与することはできるが、そうは言っても永続的に物体に生気の痕跡を残すことは難しいのだそう。理由は生気が不安定だからである。
クウヤのように、自分の能力と相性がいいものには自身の生気を永続的に込めることが可能らしい。
しかしスカーレッドにはそれができる。
この結果から「物質に特性を付与する能力」の線を軸にさまざまな実験を行ったところ、確たる証拠が次々と得られたという。
「自分の力を知ることができたのは収穫だけど、なんか複雑だよね……」
「それは俺らも一緒だ。一生付き合っていかなきゃいけねぇもんだからな」
「世間に理解してもらうためにこの研究所があるんだよ。いつか能力者であることを誇りに思える日が来るように、ここの人たちは毎日頑張ってくれてるんだ。今は公にはできないけど、能力者だってことを悲しんだらここの人たちに失礼だよ。ポジティブに考えよう」
「そうだよね。ごめん!皆に比べたら私、かなり恵まれてるもんね。」
ビゼーとロッドの言葉からスカーレッドは自分勝手な考えを反省した。
この時代に、魔人に対する考え方を転換できる人間などほぼいないだろう。
その点において正しい知識を得ている彼らはとても恵まれているのかもしれない。
前向きになったところでクリスティナがある提案をした。
「よし!それじゃあ女子は露天風呂入ろ!結局あたし一人でしか入ってないんだよねー。後悔してたんだー。ミーちゃんと一緒に入っとけば良かったなーって。今はすーちゃんもいるし。お風呂は人数が多ければ多いほど楽しいじゃん?」
「お前、ちゃっかり入ってたのかよ?」
「うん。やることなかったから」
「お前らは?」
ビゼーは全員に確認した。
クリスティナ以外は入っていないという。
「じゃあ、男子も行こうよ!すーちゃんもミーちゃんもいい?」
「はい!」
スカーレッドは返事をし、ミクリは頷いた。
「お前らは?」
「いく!」
「俺もいいよ!」
クウヤとアダン(バ)は声を揃えていた。ロッドも賛成した。
全員一致で可決すると、一行は五階、大浴場へ移動した。
一七三二四年七月十三日(木)
ヘルヴェティア フィッシャー人間科学研究所 F5 大浴場
「あたしたちはこっち、男子はそっちね!じゃあね。また後で!」
脱衣所の前で男子と女子に別れた。
先に女子たちが中へ入っていく。
それを見て男子たちも入っていった。
——女湯脱衣所——
「わー!思ったより広いですね!」
スカーレッドは脱衣所の広さに感動していた。
マッサージチェアや自販機などの設備もしっかり整っている。
「無料で使っちゃうなんてなんか悪いですね」
「理系君が『サンプルが取れるなら文句はない!』って言ってたから心配しなくていいんじゃない?さっ、早く入ろー?」
「はい!」
ふとミクリの方を見ると、すでにTシャツを脱いでいた。
堂々としている。
(ミクリちゃん、恥ずかしいとか思わないんだ。意外だな)
スカーレッドが準備を始めようとすると隣でガッシャンガッシャンと大きな音が鳴っている。
何事かと思い、音のする方に目をやった。
クリスティナが甲冑を外す音だった。
(着るのも外すのも大変そうなのに凄いな……)
と同時に見てしまった。
甲冑の下に隠されていた曲線美を。
甲冑の下に服は着ておらず、下着姿であった。
「えっ!」
思わず声も漏れてしまった。
すぐに両手で口を塞いだ。
クリスティナには聞こえていない様子だった。
(セーフ。っていうか、クリスティナさんスタイル良すぎ!何あれ?私、本当に同じ人間?)
反射で下を向き、自分のものを確認した。
気持ち程度に膨む女の象徴を視野に入れた。
その上で、もう一度横目でクリスティナのそれを一瞥する。
落胆せずにはいられなかった。
(こんなことって……はっ!)
急いで顔をミクリの方に向ける。
彼女は既に服は脱ぎ終わっていた。
スカーレッドはミクリのそれも確認する。
安堵した。
程なくして、虚しさが込み上げてきた。
(……いや、何やってんの、私⁈なんでミクリちゃん見て安心してんの?バカバカ!ミクリちゃんってまだ十歳でしょ!比べていいわけないじゃない!)
両拳でポコポコと自分の頭を殴った。
自分の愚かさを悔いた。
覚悟を決めて風呂に入る準備をしようとした。
「すーちゃん、何してんの?」
クリスティナに話しかけられた。
既に全裸だった。
隠すという発想がないかのように、豪快に立っている。
「準備遅くない?入りたくなかった?」
クリスティナは不安げな顔をしている。
「あっ、いやちょっと恥ずかしいなって……」
「え〜?そんなこと?堂々とすればいいのよ〜。私たちしかいないんだから!ね、ミーちゃん?」
「うん!」
「そ、そうですよね。急ぎます……」
「うん。先行ってるね〜!」
クリスティナはミクリを連れて先に浴場へ入った。
(私は、あんなに堂々とできないよ……だってクリスティナさんは……)
度胸を羨ましく思った。
——男湯脱衣所——
「広〜い!」
クウヤとアダン(バ)は脱衣所の広さに感動していた。
マッサージチェアや自販機などの設備もしっかり整っている。
「これタダなんだろ?すごくね?」
「アダンが『サンプルが取れるなら文句はない』って言ってたからね。なんか申し訳ない気はするけど」
「だな」
クウヤはふとビゼーの方を見るとすでにTシャツを脱いでいた。
堂々としている。
「ビゼー、腹筋やべーな」
くっきりはっきりと八つに割れていた。
「能力者だって分かってから筋トレはしてるからな」
ズボンを脱ぎながら語る。
そのままパンツも脱いだ。
クウヤは見てしまった。
服の中に隠されていた神秘を。
「えっ!」
思わず声も漏れてしまった。
すぐに両手で口を塞いだ。
しかしビゼーには聞こえてしまっていた。
「なんだよ?」
「イヤ!ナンデモナイ!」
声が裏返った。
わざとではない。
「じゃ、騒ぐな!先入ってるぞ!」
ビゼーはひと足先に浴場へ消えていった。
クウヤは何とは言わないが、下を向いて自分のものを確認した。
もう一度さっき見たビゼーのそれを頭の中に浮かべる。
落胆せずにはいられなかった。
(こんなことって……はっ!)
クウヤはアダン(バ)の方を見た。
彼もクウヤの方を向いていた。
二人同時に喋った。
「見た?見たよな?やばくね?」
一言一句同じセリフ、同じタイミングであった。
「君たち何してんの?」
ロッドに话しかけられた。
既に全裸だったが、局部はタオルで隠していた。
「早く入ろうよ。先行くね!」
「おう……」
二人は何もないふうを装った。
ロッドは先に浴場へ入った。
「ロッドのってどうなんだろ?」
「気になるな」
鎮まらぬ興味をころし、ようやく服を脱ぎ始めた。
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