第九十六頁 蜻蛉返
クリスティナ嬢はお紅茶を優雅に飲み干されると落ち着きを取り戻した。
「もう大丈夫だよな?」
ビゼーが尋ねた。
「……平気」
「本当かよ……」
カフェには七人という大所帯で入った。
大人数用の席はなかったため、テーブルは二つに分かれることになった。前後ではあるが、スカーレッドとクリスティナの物理的距離を離すには十分だった。
クウヤとスカーレッドは改めて会話をする。
「久しぶりだな!」
「うん。本当だよね!一年ぐらい会ってなかったかな?」
「そんな⁈マジか……あっ、それよりなんでここにいるんだ?がいこくだぞ?ここ」
「あ、うん……ちょっとね……その前に皆さんに挨拶していい?」
クウヤは気づかなかったが、スカーレッドの言い方は明らかに誤魔化すようなものだった。
クウヤは了承すると、スカーレッドはクウヤの仲間たちに向けて元気良く挨拶を始めた。
「皆さん、クウヤと仲良くしてくださってありがとうございます!初めまして!クウヤの幼馴染のスカーレッド・ヴィオラです!よろしくお願いします!」
最後に深々と礼をした。
仲間たちも次々に名前を言っていった。
最初は彼女の真正面にいたロッドから。
「初めまして!俺はロッド・アーロンソン。よろしくね!」
「はい!アーロンソンさんですね?よろしくお願いします!」
「名字……なんか照れるな……下の名前でいいよ。だし、俺、クウヤと同い年だから君とも同い年だよ」
ロッドは笑っていた。
「そうなの?すっごく大人に見えたから。落ち着いてるからかな?改めて初めまして!ロッドくん!」
スカーレッドは驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔を見せた。
(落ち着いて見えたのはお互い様だな。話すと案外年相応なのかも?)
感想はロッドの胸に留めるだけにしておいた。
次にスカーレッドは彼の隣に座っていた男を見た。
「おれ、アダン・バスケス!よろしくな!」
「アダンくん。初めまして!」
「アダンは年上だぞ」
クウヤがボソッと教えた。
スカーレッドはすぐに謝った。
「あ!本当にごめんなさい!さっき、ロッドくんが同い年って聞いたから、皆そうなのかと思ってしまって。すみません!はやとちりでした!」
「ちょっ……なんかそんなガチガチなほうがやだよー。ふつうでいいよ。としなんかきにしないでさ!」
「オレも言われた」
(じゃあなんで伝えたんだ?)
クウヤの発言に対し、ロッドとビゼーは思った。
「あ……そういうことなら。よろしくね?」
「おう!」
次にスカーレッドは彼女の前のテーブルで彼女の方を向いて座っている二人に目を向けた。
「じゃあ、次あたし!さっきはごめんね!もう大丈夫だから!本当に!神に誓う。だから許して。クリスティナ・ガーネット=クロウです。あたしはすーちゃんより先輩だから敬ってね」
反省しているのか否か。
声色からは判別できなかったが、少なくとも謝っているときは必死な表情だった。
(すーちゃん?って私のことかな?うん。多分そうだよね?)
「もちろんです!敬います。初めまして!よろしくお願いします!ガーネット=クロウさん!」
「すーちゃん!私のことはクリスティナ様とお呼び!」
「は、はい!クリスティナ様!」
「あは〜……」
クリスティナは鼻の下を伸ばした。
「クリスティナ!」
彼女の正面でビゼーが形容し難いものすごい顔をしていた。
静かなる怒りをひしひしと感じた彼女は縮こまって言った。
「ごめんなさい。冗談です。クリスティナでいいです……」
「わ、わかりました……でも私、人のこと呼ぶ時は呼び捨てにしないって決めてるので。クリスティナさんって読んでいいですか?」
「うん!」
クリスティナは目を輝かせた。
「オレは?」と言いはしなかったが、口を動かしながらクウヤはスカーレッドの方を見た。
彼は彼女からガッツリ呼び捨てにされていたからである。
同時に自分の顔も指差している。
彼の正面でロッドが「やめな!」と口だけ動かし、首を振った。
その後人差し指を立てて、口の前に運んだ。
さらに「ややこしくなる」と口の形を作った。しかしこちらはクウヤには全く伝わっていなかった。
続いてスカーレッドはクリスティナの横でモジモジする幼い女の子を見た。
「あなたのお名前は?」
優しい声と表情で問いかけた。
「えっと……あの、石澤美玖莉です」
下を向いてミクリは答えた。
「初めまして!イシザワちゃん?っていうの?珍しい名前だね!」
ミクリはポカンとした。
「ミクリはミクリだぞ、スカーレッド」
クウヤがフォローした。
しかし言葉足らずであった。
「どういうこと?」
スカーレッドが理解できていなかった。
「あのね、彼女のファーストネームはミクリちゃんだよ。イシザワが名字。イシザワ家って知らない?テレビとかに結構出てる……」
ロッドが解説した。
スカーレッドは顔を赤らめた。
「イシザワさん?存じ上げないな……テレビとか見ないし……ごめんね!ミクリちゃん!名字、先パターンがあるの?全然知らなくて。私の住んでた村にも、進学した大学にもそういう文化なくて。頭に入れとくね」
「だ、大丈夫です。私こそごめんなさい」
二人で謝りあった。
「でもおもしろいよな。ミクリはなまえあとにいうんだもんな」
「あれ、あたしミーちゃんの名前素直に受け入れたけどなんでだっけ?」
「アダンはお母さんが教えたんじゃなかったっけ?クリスティナには俺がサクッと紹介しちゃったかも」
アダンとクリスティナの疑問にロッドが答えた。
「でも言われてみれば気になるね。どうしてなの?」
ロッドはミクリに尋ねた。
ミクリは困惑した。
「……う〜ん……そう言われても……お母さんもそんな感じで言うし……」
「なんか、ごめん……」
ロッドを筆頭に、アダン、クリスティナ、スカーレッドは謝った。
続いてロッドはスカーレッドに言った。
「君の話はクウヤから聞いてるよ!クウヤの剣を作ったんでしょ?すごいね」
「ありがとう。でもほとんどお父さんが作ったから。私は刃の片っぽしか作ってないし」
「それでも十分すごいよ」
「ホント?照れちゃうなあ。私の知らないところで噂になっちゃってるのもなんか有名人みたい。むず痒いかも」
ロッドは褒め称え、スカーレッドは謙遜した。
「うわさになってるだけでてれてたらこの先てれっぱなしだぞ?」
クウヤが茶化した。
「まだ心の準備ができてないだけだよ!鍛冶屋の資格も取ったばっかりだし」
「ずっととるって言ってたやつか。やっぱすげーな!」
今度は褒めた。
「あっ、そうそう。私ね。クウヤにこれを渡しに来たんだ」
背中の物をさしてスカーレッドが言った。
明らかに剣の形状をしている。
「ここで色々やるとまずいから、一旦外に出ない?」
一同賛成した。
「会計しとくから先行ってろよ」
ビゼーが言った。
クウヤらはゾロゾロと店を後にした。
スカーレッドも後に続いていたが、ビゼーの横を通り過ぎてから引き返してきた。
「ねえ」
そのまま話しかけた。
「何だ?」
ビゼーは返事をした。
「名前、聞いてなかったよね?私、スカーレッド・ヴィオラ!よろしくね」
「ビゼー・アンダーウッド。よろしくな」
「うん。先行ってるね」
スカーレッドはクウヤらを追いかけた。
ビゼーが会計を済ませて戻ると、事態はそれなりに進んでいた。
まずスカーレッドが背負っていた剣はクウヤに譲渡されていた。
今度の剣は正真正銘の鉄剣のようである。
剣を扱う能力を持つクウヤはアルミ剣でも鉄剣でも大して変わらない様子だ。
確実に重くなっているであろうに表情一つ変えていない。
また、人が少ない場所へ移動することも決まっていた。
条件に合う場所を探し当てると、スカーレッドはクウヤが元々持っていた剣を見た。
「何?これ?ボロボロじゃん!何に使ったの?」
素人目には分からなかったがかなり刃こぼれしていたようだ。
「え、あ、いや、えーと……」
「姉と戦いました」などとは言えるはずがなかった。
「まさか!人を傷つけるために使った?」
(えっ?)
図星すぎて声が出なかった。
スカーレッドの表情も険しかった。
「見せて!」
半ば強引にアルミ剣を取り上げると、じっくりと観察を始めた。
観察を終えると、首を捻りながら言う。
「?……別にそんな感じないみたいだけど?何でそんな言いづらそうにしてるの?」
突如として、彼女の表情は和らいだ。
何を根拠にそう思ったのかは不明だが、クウヤの過ちがバレなかったことは、ポジティブに捉えていいのかもしれない。
クウヤが言い淀んでいると、ロッドがフォローした。
「ああ、クウヤが言いづらそうにしてたのは俺と戦ったときに使ったからじゃないかな?俺、クウヤとは敵みたいな感じだったからさ……」
ロッドは自らがクウヤと旅をすることになった経緯を語った。
もちろん、能力は抜きで。
「そっか。お仕事ね。じゃあクウヤも死ぬ気で戦わないと死んじゃってたかもしれないってことか」
「うん。だから言い出せなかったんじゃない?俺も剣をもらった時のことは聞いてたし」
「それなら許す」
「ありがとうございます!」
クウヤは深く感謝した。
頭を上げた後で「ロッド、ナイス!」の意味でサムアップした。
「よし!私はこれで帰るんだけど、クウヤと二人で話したいことがあるんだ。いいかな?」
ただごとではない表情。声のトーンだった。
「うん?」
クウヤがスカーレッドを見ると頷いた。
「言ってこい」と仲間が言うのでクウヤは少し離れたところでスカーレッドと話した。
二分も経たないうちに二人は戻ってきた。
「早いね!告白?」
「ちがう(違います)!」
クリスティナが茶化したのを二人で否定した。
彼女は「な〜んだ」と言ってつまらなそうな顔をした。
「あの、クウヤから聞いたんだけど、みんなも能力者なの?」
「も?」
衝撃的な質問がなされたが、それ以前にロッドは助詞に引っかかった。
「その、クウヤにしたかった話って『私が能力者』だってことで。伝えたら、皆に言ってみろって……」
「だからさ!スカーレッドもいっしょに旅しようぜって話したんだ」
クウヤが補足とは言い難い追加情報を宣った。
あまりにも突然で一同は固まってしまった。
「えっ?みんな?おーい?」
クウヤが呼びかける。
「いいんじゃね?なかまがふえたらたのしーから!」
「そうだね!」
「えっ!こんな可愛い子が仲間あ⁈ついてきてよかった!」
「クウヤの暴走止めるのも疲れるからな。取説知ってる人がいるなら俺たちの負担も減るしな」
それぞれの言葉で祝福した。
ミクリも笑顔で小さく拍手した。
一人置いてけぼりになっていたのはスカーレッドだった。
二人で話した時、旅がどうのこうのなどと言う話は聞いていない。
しかし話がとんとん拍子に進んでしまった。
「どうする?」
クウヤが尋ねた。にっこりと笑っていた。
「えっ?いや……私、旅とか……そんな……」
「いやか?」
クウヤが悲しげな表情でスカーレッドを見た。
「嫌ではないんだけど……」
「じゃあいいじゃん!いこう!」
クウヤはすぐに港の方に向かって歩き出した。
「えっ?もう?ちょっと待って!もう一つ聞きたいことがあるの!」
スカーレッドは止まったままクウヤを引き止めた。
「なに?」
「皆が能力者ならアダン・エストレ先生って知ってる?」
「うん」
クウヤは何食わぬ顔で答えた。
他のメンバーは仰天していた。
なぜ彼女の口から「アダン・エストレ」の名前が出たのだろうか。いくら能力者とはいえ、研究者の名前を知っているというのはなかなか信じられないことだ。
そんなことはおそらく考えもついていないであろうクウヤは淡々と会話を続ける。
「あいたいのか?」
「うん。できれば。えっ?」
スカーレッドも困惑した。
「しょーかいするよ。もどろう」
「はっ?」
スカーレッド以外の仲間は声を揃えて反応した。
「ほら早く!」
「うん」
クウヤに促され、スカーレッドが歩き出す。
「みんなも!」
一同は返事はしなかったが、足を出した。
それをクウヤが確認すると走って先頭に移動した。
なんの因果か、彼らの目的地はフィッシャー人間科学研究所に変わった。
次回 急転直下




