第九十五頁 邂逅 肆
「アダン!オレたちそろそろしゅっぱつしようかなって思うんだけどじゅんびだいじょうぶか?」
アダン(エ)はクウヤを一瞥した。
すぐに顔を背けると全体に向かって話した。
「出発なら自由にしてくれ。俺はここに残る」
「えっ?」
一同唖然とした。
その様子を知ってか知らずかアダン(エ)は顔色を変えずに話す。
「俺はお前たちの旅の仲間になるなどとは一言も言っていない。そもそも行動を共にしたのは、お前たちの実験サンプルを得るためだ。その条件として能力者についての研究成果を話した。利害が一致した。それだけの話だ」
「えっ?そうだったの……」
クウヤは戸惑った。
その様子を見て、ビゼーが言った。
「俺らと旅を続ければ色んなサンプルが得られるんじゃないのか?」
「的を射た意見であることは認める。行動すればする分だけ能力者と遭遇する確率は上昇するだろう。しかしサンプル数を増やすだけでは駄目だ。取ったサンプルを用いて、実験・観察をし、起きる事象や発見した出来事を検証しなければならない。そのためにはこの施設の存在が不可欠だ。開発部に依頼をしている簡易の能力者判定キットは、完成・流通までにはまだかなり時間がかかる見通しだが、いずれ俺たちの研究に役立つ物として重宝することになる。能力者のサンプル数を増やすのはそこからでも遅くはない。俺が研究所の外でできることといえば、フィールドワークと論文執筆くらいのものだ。どっちも今回の出張で大方片付けた。次は研究の時間だ。留守中にここでやらなければならないことが山のように積み上がっている。俺は俺にできることをやる」
「なるほど……」
アダンの説明にビゼー、ロッド、クリスティナは納得した。
「そうだね。それならアダンの意思を尊重しないとね。フィールドワークは俺たちでもできるけど、研究はアダンにしかできない。俺たち能力者の未来がアダンに懸かってるのは間違いないし。研究を進めてもらおう」
「理解があって助かる。もし旅先で手に入れた貴重な情報があったら手紙で送ってくれ。外国だと電子機器による通信が制限されるからな。まあ外国への手紙も検閲される。その点は変わらないわけだが……」
「会ってすぐお別れなんて悲しー」
クリスティナはぶっきらぼうに言う。
「旅が終わったらここに来ても構わないぞ。常々研究員は募集中だからな」
「あたし引き抜かれてんの?」
「うちで働ける条件は『能力者の未来を良くしたいという思いを持っていること』だ。どんな人間でもできる仕事はある。来るものは拒まない」
「えー、考えてみよっかな?」
満更でもない顔を見せた。
「心配しなくても能力者と関わっていればそのうち会うだろう。嫌でもな……」
「じゃあ、俺らだけで行くか。悪いな、忙しいのに」
寂しい気持ちもあったが、ビゼーは気持ちを切り替えた。
「すまないな。出発日や次の目的地は決まったのか?」
「まだだ。お前が来てから決めようと思って」
「そうか。出発日はそっちで決めればいいと思うが、目的地は『サハラ共和国』にしたらどうだ?欧連から入国するのであれば比較的チェックが緩い。それに俺もあまり行けていない国でな。代わりにと言うつもりはないが、迷っていたらどうだ?」
「それも含めて考えてみる」
「分かった。決まったら教えてくれ。出発の日は見送ろう」
「ありがとう」
「こちらこそだ。では俺は戻る」
アダン(エ)は去っていった。
一七三二四年六月二十九日(木)
ヘルヴェティア フィッシャー人間科学研究所
クウヤたちの出発の日を迎えた。
結局目的地はアダン(エ)の提案を採用してサハラ共和国へ向かうことにした。
見送りには迎えの時と同じく、マルコ、ケビン、エミリアがいた。
「おせわになりました!」
クウヤが大きな声で言った。
「いいえー、こちらこそー」
エミリアが返事をした。
「君たちも旅を頑張ってくだいね。無事を祈っています」
ケビンが言った。
「ありがとうございます」
彼の研究室に入り浸った二人が答えた。
「お別れかー。でも私らズッ友だから!たまには私のことも思い出してね。ギャルマインドは忘れずに!」
「はい!本当にありがとうございます!」
「チエミーもげんきで〜!」
彼女の研究室に入り浸った二人が答えた。
「ありがとね!理系君!あたしもお世話になっちゃって」
「能力者に手を貸すのは当然だ。それと、お前に話があるんだが……」
「何?」
「……」
「——!」
「……」
「……」
二人で何やらヒソヒソと話し始めた。
「また会いましょうね!」
マルコの言葉にミクリはにっこりと笑って頷いた。
「おっし。そろそろ行こーぜー!」
クウヤの掛け声で別れの挨拶は止んだ。
「いいんですか?本当に。国境まで車で送りますよ?」
「だいじょうぶです!オレたちずっとあるいて旅してきたんで」
マルコの好意をクウヤはやんわりと断った。
「じゃあな!アダン!」
「健闘を祈る」
「さようなら」
「また会う日まで」
「バイバーイ」
クウヤの挨拶に研究所の四人はそれぞれ返した。
ここへ来た時からメンバーは変わったが、人数は変わらず。
新たな六人で旅を再開した。
一七三二四年七月六日(木)
欧州連合国・フランセーズ マルセイユ
研究所を発ってから一週間。
研究所の鬱屈とした空気感から解放され、欧連の空気を堪能していた。
一行は欧連屈指の港町、フランセーズはマルセイユに来ていた。
サハラ共和国へは水路で行こうと考えたためだった。
何の因果かは不明だが、また大規模な移動が真夏と被ってしまったためである。
船を調べるために立ち止まっていると、突然声をかけられた。
「クウヤ!」
本人は振り返った。
リーダーの名前が聞こえた仲間たちも振り返った。
「えっ?」
クウヤは思わず言葉を漏らした。
彼らの視界に映っていたのは絶世の美少女であった。
艶やかな長い紅い髪をハーフアップにしている。
あげている髪は綺麗に編み込まれ後ろで結ばれていた。
スラっとしていてどんな服を着ても無条件に似合ってしまいそうである。
「可愛い!」
「かわいい!」
クリスティナとアダンは歓喜した。
残ったクウヤを除くメンバーは息を飲んでいる。
「スカーレッド!何でここに?」
「何⁈剣士君!あの超絶美少女と知り合いなの⁈」
スカーレッドがクウヤの問いに答える前にクリスティナが割り込んだ。彼女の圧が強い。
「何か言え!早く」と顔面全体で激しく訴えている。
これでもかと顔を近づけてくるので、クウヤはのけぞって答えた。
「ああ。おさななじみだよ……」
「えっ?あの子と⁈何それ羨まし〜い!」
両手をグーにしてクウヤの肩をポコポコ叩いた。
クウヤはスカーレッドの方を見た。
彼には彼女がとても引いているように映った。
彼女が近づく。
「久しぶり!なんか……すごい賑やかになってるね!」
「ああ、うん。旅してると中であったなかま!みんないいやつだよ!」
「へ〜、はj……」
「ね〜え〜!すっっっっっごい可愛いじゃ〜ん!何食べてるの?何飲んでるの?スキンケア何してる?化粧品何使ってる?おすすめ教えて?美貌を保つ秘訣は?あ〜!聞きたいこと多くて困っちゃう!ホントにか〜わ〜い〜い〜!」
クリスティナは早口で捲し立てた後、スカーレッドの頬を両手の親指と人差し指で摘んで上下左右に動かしたり、円を描くように引っ張ったりした。
「うぃー……う、い〜い〜……」
表情から読み取るに非常に困っていた。
「クリスティナ……スカーレッド、すげ〜こまってるぞ……」
「はっ!」
我に帰ったクリスティナは両手を離した。
「ごめんね!一瞬、顔……いや御尊顔を見た……拝見した時からずっと輝いてたから!つい触りたくなっちゃって!許して!」
両手を合わせて全力で謝罪した。
「あ〜、はい……」
勢いに押され、何も言葉が出なかった。
「ありがと〜!可愛いだけじゃなくて心も広いんだ!こんなのずるい〜!無敵の女神様じゃ〜ん!結婚して!」
「あ、あの……」
スカーレッド自身も顔が引き攣っているのを自分で感じていた。
「クリスティナ?」
「はっ!」
クウヤの呼びかけで再び我に戻る。
「剣士君!駄目だ!あたし、この子と話してると駄目になっちゃう!」
「いや、もとからこんなかんじじゃん」
「ちょっと!この子の前で変なこと言わないでよ〜!やばい女だと思われるじゃん!」
「ときすでにおすしだろ」
「遅しな」
ビゼーが冷静にツッコんだ。
クリスティナとスカーレッドが平常心に戻ることを祈って近くのカフェに入った。
次回 蜻蛉返




