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一七三二四年六月十四日(水)
ヘルヴェティア 上空
「……というわけでお前たちを迎えに来た次第だ。バスケスには道案内係を、ミクリには通信係を担ってもらった。マルコには俺から連絡して先に帰ってもらっている。とは言っても、先に研究所に到着するのは俺たちになりそうだが……」
アダン(エ)が締め括った。
全てを聞いたビゼーは口を開いた。
「なんか心配かけたな。悪ぃ」
「みんなでちゃんとかえってこれてよかったよ」
「生きてるだけでいいもん」
仲間たちは安心していた。
「まあ、死んでねぇか気が気じゃねぇよな。俺が待つ側だったとしても気になって仕方ねぇと思う。……あ、気になったと言えば、さっきのテレパシーみたいなのって?」
ビゼーはその件について聞いていなかったことを思い出した。
アダン(エ)が答えた。
「本人に説明してもらうのが一番だろう。俺もぶっつけ本番だったからな」
アダン(エ)とビゼーはミクリを見た。
「はうっ!……えっと……」
ミクリは慌てふためいた。
「あ……ゆっくりでいいからな」
「……うん」
ビゼーの言葉にミクリが返事をすると一度深呼吸をした。
落ち着くとミクリは話を始めた。
「あのね。石澤流通信魔導の他の技があるの」
「通信魔導って……クウヤが空港で剣受け取るタイミングを見計らってたアレか。あん時はアダンに伝えて、迎えにいってもらったよな。使ってたのは……八番だっけ?」
微かな記憶をビゼーは確認した。
ちなみに空港でアダン(バ)が必死にクウヤに伝えようとしていたのはこの話である。
「……えっと……其ノ漆です……」
ミクリは悲しそうな表情をした。
「……俺が悪かった!あれも随分前だったし、一回しか聞いてないからさ。これからはちゃんと覚えとく……から気にしないで続けてくれ」
ビゼーが弁明すると、ミクリはコクっと頷いてから説明を再開した。
「その時使ったのは信号の受信しかできないやつだったんだけど、其ノ捌・中継っていうのがあってこっちは信号を私が一旦受け取って他の人に流すの。それと其ノ伍・精神感応を使ってみんなにメッセージを届けたの。其ノ伍だけだと私からしか発信できないから」
「アダンが念じた内容を一旦ミクリがキャッチしたのが八番で、それを俺らに流したのが五番ってことか?」
「完璧!」
ミクリは目を輝かせていた。
「組み合わせることによってアダンの言いたいことが俺たちに伝わったってことか」
「そう。でもそれだと一人しか発信できないの。だから……」
「俺たちからの返事を聞くのに一度解除してそれ用の技に変えたんだな?」
「うん。其ノ陸・相互精神感応。こっちならみんなとリアルタイムでお話しできるから」
「最初からそっちじゃ駄目だったのか?」
当たり前に考えられる疑問について答えたのはアダン(エ)だった。
「それについては俺も提案した。しかしテレパシーという特殊な通信手段を未経験の人間に使うと、様々な声が入り混じり、上手く聞こえなくなるらしい。念じたことが全て発信されるからな」
「なるほどな。だから一回目は俺たちの声が入らないように。一方通行の連絡にしたのか」
ミクリは大きく頷いた。
「通信魔導は難しい魔導じゃないからそんなに疲れないし。普通は番号が大きくなると魔導力の消費は多くなるけど、この魔導はそんなに変わんないから」
(テレパシーが『難しくない』に分類されんのか……)
「そ、そうか。ってか、アレめっちゃ酔ったんだけどなんとかなんないのか?」
「初めての人にはよくあるみたい。慣れればなくなってくると思う。本当は其ノ肆・集団通話でも良かったんだけど、ヘリコプターがうるさかったから聞こえにくいかなと思って……電話機なしで電話する感じだから……」
「それでテレパシーか。そう言われたら適切な判断だな」
「エヘヘ……」
ミクリは照れくさそうに笑った。
「着いたぞ!」
会話をしているうちに研究所まで戻ってきたようだ。
ヘリポートは建物の屋上にあるイメージだが、研究所の土地が広いため駐車場の隣——完全に隣接しているわけではない——に設置されていた。
そこには他の機体もいくつか止まっている。
ヘリポートには何人もの所員がスタンバイしていた。
着陸するなり、クウヤとロッドは彼らに担架で運ばれていった。
クリスティナは強制的に起こされており、眠い目を擦りながらヘリを降りた。
残りの四人は通常通り歩いた。
ビゼーは最後にアダン(エ)と話す。
「ああ、アダン(エ)。もう一個気になったことあんだけどさ」
「何だ?」
「ヘリが上空五千メートル飛んでんの初めて見たんだけど、大丈夫か?」
「ああそのことか。問題ない。改造してあるからな。市販のヘリにうちの開発部が手を加えている。その辺のヘリとは格が違う」
「市販のヘリって何だよ!でも本当に開発部ってすげぇんだな」
「ああ。精鋭が集まっているからな。その技術力の高さは、上空一万メートルから深海一万メートルまであれ一台で事足りるように仕上げられるほどだ」
「それ、市販の原型、残ってねぇだろ!ってその言い方だと潜水艦にもなるって意味だよな?」
「そうだ。ヘリの付属品を外して潜水艦用の付属品に付け替える必要があるがな。使用に手間はかかるが、一台メンテナンスをすれば水陸両用だ。維持費はだいぶ浮いている。専用の技術者が同乗する必要はあるが、ソイツはパイロットの資格も持っているから人件費も節約できる。全ての面でなんら問題ない」
「すげぇな……」
「俺も機械には疎い。どういう機構なのか理解していない技術だ。詳しく知りたいなら担当に聞いた方がいいんじゃないか?」
「いや、そんなにガッツリな疑問じゃねぇから」
「そうか」
この会話の後、自由行動となった。
仲間たちと別れてビゼーは自分の部屋に入ると、気絶するように眠った。
一七三二四年六月二十四日(土)
ヘルヴェティア フィッシャー人間科学研究所 B1 所員食堂
あれから十日が経った。
次の日にはロッドは活動限界を脱した。
彼はビゼーに感謝した。
有利に戦えていたのはビゼーの能力の恩恵があったからだ、という内容だった。
ビゼーはひっそりと能力を発動していたらしいが、ロッドには全てバレていた。
クリスティナの甲冑も開発部の手によって見事に修復されていた。どこをどう直したのか、表面をいくら探ってもその痕跡は見つからず、まるで最初から傷などなかったかのような仕上がりだった。
修理中、甲冑未装備のクリスティナとすれ違ったメンバーがいたが、初回はミクリ以外気が付けなかった。
理由は明確である。
彼らが彼女と話すときは基本見上げる形だった。
しかし鎧を脱いだ彼女は彼らよりも身長が低い——それでも彼女の身長は百六十一センチメートル——。
見下ろすアングルは慣れていなかった。
また甲冑が巨大だったこともあって、実際スレンダーな彼女を同一人物として認識できなかったのだ。
着脱に関係なく見上げる形で話すミクリは気づけたが、あまりに想定と違った体格にかなり驚いたという。
ちなみに、彼女の生身を見て初めて分かったことなのであるが、(声を小さくして言うと)彼女の胸の主張は誰もが驚くほど激しかったのである。気づかなかった理由はそこにもあったかもしれない。
また先送りになっていた彼女を仲間に加えるか問題についても、ビゼーとロッドが首を縦に振ったことで解決した。
これにミクリは声をあげて喜んでいた。
そして本日クウヤの怪我も完治したと——医者はいないが——診断された。
自然治癒ではどうあがいても十日では治らないのだが、ここは研究所。人間科学研究室というピッタリな研究室も存在した。
クウヤはそこで門外不出の謎の緑色の液体に浸からされた。
室長の見込みでは二、三週間かかるとのことだったが、なんとクウヤは三分の二から半分の期間で完治したのである。
これには研究部の面々も非常に驚いていた。
しかし骨折を二、三週間で完治させる液体がとても凄い。
クウヤだけでなく、ビゼーら仲間にも研究所外での口外禁止が言い渡された。
あの日以降も相変わらずアダン(エ)は所長室から出てこないので、一行は彼を呼び出すことにした。
今、彼らが食堂に集まっている理由である。
アダン(エ)がやってきたところで早速切り出した。
「おっ!きた!アダン!オレたちそろそろしゅっぱつしようかなって思うんだけどじゅんびだいじょうぶか?」
アダン(エ)はクウヤを一瞥した。
すぐに顔を背けると全体に向かって話した。
「出発なら自由にしてくれ。俺はここに残る」
「えっ?」
一同唖然とした。
次回 邂逅 肆




