第九十一頁 執着
一七三一三年某月某日
欧州・某所
俺はガキの頃から碌でも未い奴だった。
生まれてすぐに俺は親に捨てられたらしい。だから俺は本当の俺のことを何も知らない。
戸籍上の名前、どこで生まれたのか、いつ生まれたのか、誰が産んだのか、調べようと思えばいくらでもできる時代だが、俺を捨てるようなクソ野郎共に関する情報を調べようなんて思ったことは一度もなかった。
物心ついた時には、孤児が集まる施設にいた。
俺は、施設にうまく馴染めず、ケンカばっかしてた。
気に入らねえことがあれば殴って解決した。
そんなことだから俺に寄りつくやつなんて一人もいなかった。
俺の人生が変わったのは十歳くらいの時だ。
つっても、本当の誕生日なんか誰も知らない。俺が保護された日のちょうど三ヶ月前が誕生日ってことになってるらしい。
それは置いておいて。
——俺はその日、人を殺した。
孤児院の一番偉いババアだった。
確かこの日の前日、俺はどっかに外出して門限を破ったかなんだかしたはずだ。
そんなことで怒られた。
元々ババアは嫌いだった。
礼儀にうるさく、いちいちつっかかって小言を言っては、ため息を吐く。ネチネチしたババアだった。
その日も説教が長くて、だんだんイライラしてきた。
だから一発ぶん殴ってやった。
顎にストレートをかましてやったんだ。
そしたらババアの首が見たことない方向に曲がって、そのまま動かなくなった。
大騒ぎになったらしいが、俺には関係なかった。むしろ、面倒なババアがいなくなってせいせいした。気持ちもスッキリしたんだ。
当時の俺はなんだか分からなかったが、すぐに新しい施設に移動させられた。
そこのメシがクソマズだった。
それだけじゃなく、一日中、ダセエ帽子被った青い服の連中に見張られてた。
便所のドアもなくて、他の家具もねえ。安っぽい部屋だった。
昼間の間は強制的にどっかに連れ出されて、やりたくもねえ作業をやらされた。
その時間は他の奴らもいたが、皆同じ服装をしてやがった。灰色のスウェット上下。俺もおんなじもんを着てた。動きやすくて俺は好きだった。
しっかし退屈な時間だった。
我慢の限界が来たから入り口の柵みてえなドアを壊してやった。
そしたらまた別の場所に連れてかれた。
次の場所では俺は椅子に括り付けられた。
手足を縛られた上で金属でガチガチに固められた。体もだ。
どう軽く足掻いただけじゃ取れなかった。
便所も行けやしねえ。
小便が限界だったからちんけなもんはすぐにぶっ壊した。
大人が寄って集ってきたが、全員ぶっ飛ばした。
しつこい奴らだった。ぶっ飛ばしてもぶっ飛ばしても虫みてえに湧いて出てきやがる。
ま、その度にぶっ飛ばすだけなんだけどよ。
便所探してる間に、たまたま外に出れた。
なんでか未だに分からねえが、自由になれた気がした。
暴れたら腹が減った。
今まで、食いもんは勝手に出てきてた。一人になると自分で探さなきゃなんねえんだと知った。
だから適当に調達した。
そうすると俺はいつも追いかけられた。
大人ってのは足が遅い。ガキの俺よりも足が長えんだよ。怒鳴りながら追いかけてきたが、俺はなんとか毎回逃げ切ってた。
今思うとこん時の俺は何も知らなかった。
社会も怖いものも。
しばらくすると俺の噂が立つようになった。
歩いてっと、悪どい顔した奴らが武器を持って話しかけてくるようになった。
無視しても、付き合ってやっても攻撃された。
そんな奴らとつるむと腹が減る。
相手したくなかったが、ふっかけてくるから遊んでやった。
最初は面倒だと思ったが、段々楽しくなってきた。
思い出したんだ。ちょっと前にババアをぶん殴ってスカッとした時の気持ちを。
それに気づいてからは喜んでケンカを買った。
終わったら、食いもんを要求した。
どんなやつも素直に従った。
俺は思った。最初からこうすれば良かったんじゃねえかと。
気付いたら下僕が増えてた。
食いもんには困らなくなったが、別の欲求が湧いてきた。
——もっと強い奴と戦いたい!
挑んでくる奴のレベルが低すぎて、ヒリヒリしなくなってた。
もっと刺激が欲しくなった。
下僕の一人に勧められて俺は「ちーむ」ってのを立ち上げた。
そしたらそいつの言うとおり、ガラの悪い連中がゴロゴロやって来やがった。
あん時が一番楽しかったなあ。
好きなことをして生きてた。大満足だった。
そんな俺にもう一度転機が訪れたのが十三の時だ。
奴と出会ったんだ。
俺は下僕から変な紹介を受けた。「ねっと」ってやつで見つけたらしい。
何やら「強い奴募集」とかなんとか書いてあったみたいだ。
当時、俺は字が読めなかったから代わりにそいつが読んだ。
聞いてるだけでワクワクした。
俺はその場所に行ってみることにした。
つっつても、選ばれた人間しか行けないらしいってことで連絡を待つことになった。
そんなケチくせえこと言わねえで、全員と戦えばいいじゃねえかと思った。ウズウズしながら俺は連絡が来るのを待った。まあ、連絡は俺じゃなく、その下僕のとこにくる感じになってたんだけどよ。
何日か待ってたら連絡が来たと知らされた。
俺は指定された場所に一人で向かった。
辿り着くまでめちゃくちゃ時間がかかった。イライラした。だが、これから強い奴と戦えるんだと思うと、少しだけイライラを収められた。
電車ってのにも初めて乗った。あれはヤベエ乗り物だ。静かで心地よくてつい寝ちまったことは覚えてる。いつも俺は騒がしいとこにいたからな。
集合場所がどんなとこだったかは忘れたが、色々検査されてから中に入った。
そこに奴はいた。
俺と奴。他に二人いた。男と女が一人ずつ。
この四人以外は誰も来なかった。俺が最後だったらしい。
どいつの顔を見ても俺より弱そうだった。全員ガキだった。俺より小さかったし、とてもじゃねえが強く見えねえ。
俺は全員に聞こえるように言った。
「テメエら本当に強えのか?」
腹立つ喋り方の女が答えた。
「オ前、何言ッテルカ?」
ヒョロイ男も言った。
「何を以って強いって言うの?」
コイツらは訳わかんねえことを言ってる。俺は言った。
「強え奴募集って話じゃねえのか?」
女は笑った。
「ハハハ……オ前馬鹿ヨ!我ハ自分ヲ知ル為、ココへ来タネ。変ナオッサン、我ニ言ッタヨ。『私ニツイテ来ナイカ』テ」
そしたら男も笑った。
「フッ。君もよく分からないことを言ってるね。何のために来たんだい?悩みを解決してくれるって言うから、俺はここに来たんだ。君のそれは悩み相談なのかい?」
「私ニ悩ミナンカナイヨ。ココハソンナ場所ジャナイネ。冷ヤカシナラ帰レヨ」
「はっ?」
「おい!俺が聞いてんだよ!んなことはどうでもいいから俺と戦え!」
「嫌ヨ!」
「嫌だ!」
同時に「嫌だ」とほざきやがった。俺はイライラしてきた。
「あっ?」
「何でそんなことしなきゃいけないんだ?」
「面倒ネ」
「この野郎!」
イライラがマックスになったんで、俺はそいつらに殴りかかった。
その時だ。
不覚にも俺は動きを止めちまった。
そいつらの顔も「なんだ?」っつう顔だった。
なんつうか、動いたら死ぬって空気だった。
「ねえ、仲良くしようよ。せっかく集まったのに、いきなり喧嘩なんて良くないよ」
「テメエ強えだろ?」
一瞬で分かった。いや、分からせられた。
今まで黙ってた女。変な喋り方の女より華奢だった。
だが、この空気感を受けて俺の心は踊った。
「お前、今すぐ俺と戦え!」
「はぁ……今、仲良くしようって言ったばっかりだよ」
「言葉ではそう言ってっけどよ。雰囲気が戦いたいって言ってるぞ!」
俺はそいつに殴りかかった。
だが、奴は驚かなかった。
腹立つことに、綺麗に避けやがったんだ。
「嫌だって言ってるでしょ!」
女はキレてた。
「攻撃してこねえなら当たるまでやるだけだ!」
「はあ……ホントに……」
「ハハハ……死ね!」
この後何かが起きたんだ。何が起こったのかは未だに分からねえ。
覚えてんのは、俺が仰向けで倒れて、奴の指の爪が俺の喉元に触れてたとこからだ。
「おっ?」
「凄イネ!」
周りからも声が上がってた。
「これで満足?」
(何だ?負けた……のか?)
「ふざけんなあ!」
俺は負けを認められなかった。
馬乗りになられたわけで腕を拘束されてたわけでもなかったから、ぶん殴って奴の腕を真っ二つにしようとした。
だが……俺の腕は弾かれ、代わりに一発。腹に蹴りを食らった。
今でも覚えてる。
人生で初めて感じた。
——「痛み」ってのを。
「分かった?仲良くしましょう?私はミロク・インディュラ。皆の名前も教えて。あと皆違う理由で集められたっぽいからそれについても整理しましょう?」
(みろく……何つった?奴の名前か……だが俺には関係ねえ。が、忘れねえぞ!その名前!必ずテメエをぶっ倒して、俺がナンバーワンになってやる。この世界で一番強いのは俺じゃなきゃなんねえんだ!)
俺は誓った。
生きてるうちに必ず奴を倒す。
ま、いつしかそれだけじゃ足りなくなって、奴をぶっ殺す、に目標が変わったがな。
俺はそれのためだけに生きてきた。
それ以外どうでも良かった。
だが、その目標は突然俺の前から消されたと知った。
あの野郎が知らせてきやがったからだ。
一七三二四年六月十四日(水)
欧州連合国・フランセーズ(イタリアーナ) モンブラン山頂
敗者は地面の際際に爪先で立った。
姿は見えないが、勝者の方を向いて語りかける。
「最後にテメエに感謝する。俺に現実を見せた。そんで教えられた。俺が奴に挑むのには全てが足りなかった。鍛え方が足んなかったってことをよ。だが、もう奴はいねえ……フッ。最期に思う存分暴れられて楽しかった……あばよ……」
男の体は雄大な大地から解き放たれた。
次回 帰還




