第九十頁 選手交代
一七三二四年六月十四日(水)
欧州連合国・フランセーズ(イタリアーナ) モンブラン山頂
ミロクとロッドは息を合わせたように同時に走り出した。
先に仕掛けたのはロッドだった。
「銭・十の札! TEN of PENTACLES!」
十枚のコインと二匹の犬、それから青年、壮年男性、老年男性の三人が現れた。
それらはミロクを取り囲んだ。
かごめかごめのように彼の周りをぐるぐる回っている。
(なんだ?人間と犬だったら分からなくもないが、この金はなんで浮いて、しかも勝手に動いてやがるんだ?)
ミロクはイマイチロッドの能力を掴めきれていなかった。
「目障りだ!一個ずつぶっ壊す!四半牽制!」
宣言通り、三種十五個の具現化した物体を全て殴って周囲を片付けた。
彼の思惑では一個何かを破壊して逃げ道ができればいいと考えていた。
しかし目の前の物を壊してもすぐに次の物が視界を塞いだ。道が切り開けない。結局、全てを殴らざるを得なくなったのだ。
「チッ。終わった!」
敵の方を見ると三本の剣が横並びになっていた。剣先が自分の方を向いて浮いている。
「ありゃあ、こっち飛んでくんのか?」
ロッドがミロクの方に腕を伸ばすとサイドの剣は互いにクロスし、センターの剣は直進しながらミロクに迫った。
着弾位置と着弾タイミングを先読みし、跳んで回避した。
跳びつつ敵の位置を確認する。
「ん?どこだ?」
剣に集中するために目を離していた隙に敵は消えていた。
彼が敵の代わりに見つけたのは、七つの巨大な杯だった。
着地すると、彼は杯に近づいた。
それぞれが一メートル五十センチはある。
「この中のどれかに隠れてるってことか……チッ。小賢しい。イライラする。四半牽制!」
先ほどと同様に一つ一つ乱暴に破壊していった。
「おらあ!」
五つ目。この中にもいない。
残る杯は二つ。
「なんで当たんねえんだ?イライラする!どっちかには確実にいる。両方同時にぶっ壊す!」
ワンツーで破壊しようと試みた。
「おらあ!」
——バリンッ。
こちらでなかった。
「チッ。もう一丁!……あ?」
七つ目を破壊しようとするとそこにあったのは杯ではなく、ロッドだった。
「残念。剣・騎士の札! KNIGHT of SWORDS!」
——ドーンッ。
白馬に乗った騎士がミロクに突っ込んでいき、彼はクウヤがぶつかった岩に激突した。
「トドメだ!棒・切り札! ACE of WANDS!」
長い棒を持った真っ白の手が現れた。
凄まじい速さで、ミロクが激突した辺りに持っている棒を突いた。
岩は粉々に砕かれた。
砂埃が舞い上がった。
ロッドからは岩周辺の様子を視覚で確認することはできなかった。
一時の静寂が訪れる。
すると砂煙の中から叫び声が聞こえた。
「あああああ!イライラする!くそがあっ!全力曲拳!」
バキッ、と鈍い音が聞こえた。風圧で砂が瞬時に拡散された。
ミロクは立っていた。
足元には真ん中から綺麗に折られた棒が転がっている。
ロッドは気を引き締め直した。勿論だが、この瞬間まで油断していたわけではない。
砂が完全に消え去るとミロクが小刻みに震えているのが分かった。
しかし確実にダメージは負っている。
「この野郎。コスい戦いしやがって!隠れて、反撃の瞬間を待ったたのか、クソ野郎!イライラする。興醒めだ。ぶち殺す!」
頭に目一杯血が上っている。
「!棒・十の札! TEN of WANDS!」
ロッドの危機察知センサーが働き、脊髄反射で次のカードを引いた。
天から十本の棒がミロクへ降り注ぐ。
しかし降り注ぐ速度をミロクが振り切る速度が上回った。
全ての棒を余裕で躱して構えに入った。
「助走有全力直拳・改!」
——バキンッ。
甲高い音が谺した。
「クソがああああ!」
ミロクが破壊したのは一枚のコインだった。それを抱えて持っている男性は貫通したものの、そのすぐ奥にいたロッドまではギリギリ届かなかった。
「銭・四の札。 FOUR of PENTACLES」
(焦った……本気で危なかった)
「腹立つ!イライラする!クソッ!」
地面に拳を当てた。
地面が数秒間震えた。
「クソッ!全力直拳!」
残りの三つのコインを即座に破壊した。
「死ね!全力連打!」
間髪入れず、次の攻撃に転じた。
「銭・王の札! KING of PENTACLES!」
こちらは間一髪。
バリンと音を立てコインが割れた。
コインは王様が持った一枚だけであったが使用したカードがコートカードだったこともあり、他のペンタクルのカードよりも頑丈だった。
ミロクに滅多打ちにされ、王はボロボロだ。
そのままドサっと音を立てて倒れ、そのまま静かに消滅した。
しかし限界を迎えたのはカードから出てきた王様だけではなかった。
「はあ……はあ……」
ミロクは明らかに疲弊していた。
ロッドと戦う前、クウヤとも戦っている。その間、休憩時間などなかった。連戦である。
最後に手数の多い技を繰り出したことで疲労が表面化したのだ。
ロッドは体こそ無傷だったが、能力の方が限界だった。
生気の限界が隣に居座っていた。
(なんとか疲れさせることには成功したけど……こっちも限界だ……次がラストかな。それ以上やったら絶対動けなくなる。使ったカードは八枚……か。連発だったとはいえ情けないな……相手の生気の状態は分からないし。限界が近いことを祈るしかない。とりあえず。俺はまだやれるって見せつけておこう!)
ロッドは活動限界覚悟で次のカードを引いた。
「杯・九の札! NINE of CUPS!」
ロッドの前に壁とその上に綺麗に並べられた九つの杯が現れた。
「チッ。また防御系の……イライラする……」
(これが破られたら終わりだ。お願い!なんとか!)
表情には出さないように留意し、相手の出方を伺う。
「クソが……全力……直拳お!」
バキン、と甲高い音を発した。
しかし一つ杯を割ったところでミロクの動きが止まった。
それにはロッドも気づいていた。
音が聞こえなくなったことを不思議に思いつつも、警戒は怠らなかった。
「チッ……イライラする。俺の、負け……だと?」
ミロクの声はロッドに届いていなかった。
また壁のせいでミロクの姿さえ見えていなかった。
ミロクの指の皮膚は擦り切れ、血が流れていた。
「なっさけねえ……俺は、こんな奴相手に一度も攻撃を当てられなかった。手数にやられて、手も足も出なかったってか?弱えな……弱すぎる。フッ。こうも持久戦に弱えか。笑えるな。こんなことじゃ奴と戦ったって……ボコされるだけじゃねえか。そもそも挑戦権すらもらえねえのかよ。チッ。奴ならこの程度の手数だってなんとも思わねえで、涼しい顔してとどめまで持ってくんだろうなあ。クソッ。俺の敗因はあん時か……」
彼が言ったのは、クリスティナを殴った時のことである。
「あれでヒビ入ってたのか。もう指が開かねえ。力も入んねえ。全力連打で使い切ったのか……奴を意識しすぎて、他の奴を相手にした時のシミュレーションが疎かになってた。フッ。怒ってて気付けなかった。馬鹿らしい。そういや何度もあの野郎に言われたっけかな。冷静になれって……こういう時のためか?ああ、やっぱ左も鍛えとくべきだったか?そもそも圧倒的パワーで捻り潰すっつう作戦が間違ってたのか?奴を超えるには俺の武器を強化するしかねえと思ってたが……いいや、思いついたとしてもあん時の俺は実行しなかったはずだ。今アイツに負けたからこんなこと思ってるだけだ。……チッ、反省なんてらしくねえ。なんで今更、こんなこと……あ〜あ、俺はこれから何を目的に生きりゃいいんだ?俺もテメエんとこに行きゃあ永遠に戦い続けられるのか?ハハハ、ハハハハ……」
最後の笑い声からロッド、ビゼー、クリスティナの耳にミロクの声が入ってきた。
ミロクは高らかに笑い声を上げたまま最も標高が高い地点に向かって歩いていった。
彼は宿敵との出会いを振り返った。
次回 執着




