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魔人キコウ録  作者: 长太龙
第二篇 欧州篇

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第八十八頁 憤怒

「なんかクウヤ、不利そうだな」


 戦いを見て、ビゼーは呟いた。


 ロッドが反応する。


「確かに、動きは悪いよね。何が原因なんだろう」


「足元の雪だな。俺らもかなりそれに苦戦したしな。それにこんなほっそい道でやるのも慣れてねぇだろ」


「ただ立ってるだけだって怖いのにね」


「多分、相手は『落ちないように』とか微塵も思ってねぇだろ」


「それだけじゃないよ」


 クリスティナが割って入る。


「それ以上に実力差がある。パワーもスピードも技術も敵の方が一段上。それに地の利もある。自分に有利な環境で戦うのも立派な作戦の一つだし。ずっとここで鍛えてきたんじゃない?だからどんな動きをすればこの細い雪道を目一杯使えるか体で覚えてるんだよ。不安定な足元でも自分の動きができるように何度も反復練習したんじゃない?どんな相手にも勝てるように入念にさ。結構執念深いみたいだしね……何?」


 クリスティナはビゼーとロッドが不思議そうな顔をしてこちらを見ていることに気付いた。


「いや、そんなに良く見えてるんだと思って」


「正直……いや、やめとくわ」


「何?言ってよ。そこで止めるのはないでしょ!」


 目を細めて、ビゼーを軽く睨んだ。


「……怒んなよ。正直、頭のレベル、クウヤくらいだと……」


「いつからあたし勉強できない判定されてたのー⁈烙印押すの早くない?あたしだって普通に勉強できるし。っていうか成績いい方だったし!高校まで皆勤だったし、大学も出てるんだけど!」


「えっ⁈」


 二人の目が飛び出しそうだった。


「年上かよ!」


 そこまで把握できていなかった。


「失礼すぎるでしょ!ふんっ!タロット君の小学校中退!パン屋君の学歴空欄!」


「学歴マウント……」


「俺らが気にしてねぇから悪口にならねぇんだよ。つか、そういうとこじゃねぇのか。知的に見えねぇの」


「飛び級もしてるのにー!なんであたしだけ傷付かなきゃいけないのー?」


「知らねぇよ……」


 ロッドは現実を思い出した。


「そんなことより……」


「そんなことってなによー!」


「いや、ごめん。クウヤだよ。攻めあぐねてる感じもあるし……」


「剣士君を信じるしかないね。あたしたちが割り込んでも足手まといになるだけだしねー。こんな細い道じゃ……あっそうだ。私たちの安全確保しよ。二人とも動かないでね。いくよ。金剛之鎖ダイヤモンドチェーン!」


「なんかしたのか?」


 二人は特に変化した点に気付かなかった。


「今二人を地面と繋いだから。命綱。滑落したら即死だしね。ダイヤモンドは軽いからそんなに気になんないでしょ」


「ありがとう!助かるよ」


「いいえ〜。ホントは剣士君にも繋ぎたいけど……」


「動きを制限する方が危険だよな」


「そう。パンチ(あれ)当たったら絶対死ぬでしょ?誇張なしに」


「外から見てるだけでも怖いよ。あの人の能力なんだろうね」


「どう見たってただのパンチじゃねぇよな」



 彼らの会話中もミロクとクウヤの死闘は続く。

 間合いを詰めたミロクはパンチを繰り出す。

 それになんとか対応し、ギリギリで躱した。

 その後、クウヤはパンチがヒットしない距離を保つよう努めた。

 その間に消極姿勢から抜け出す方法を思案した。

 一方、ミロクは不満を募らせた。


「チッ。腹立つな。当たらねえように距離取ってやがる。小賢しい」


 吐き捨てるように呟いた。

 こちらも自分の間合いに引き込むための作戦を考えた。

 ミロクはクウヤを際まで追い詰めた。

 クウヤは内心焦りを感じる。当たったら死。後ろに避けたら死。

 しかし研究所での訓練を思い出した。


「れーせーに。ピンチのときこそれーせーに」


 暗示をかけるように唱えた。

 ミロクが振りかぶった。

 構えに移行するためのそのわずかな時間。クウヤは勝負をかけた。


「ソニックはつどう!」


 クウヤは音の速さでミロクの脇を駆け抜けた。

 ミロクが気付いた時、クウヤは既に遥か後方にいた。


「チッ。超速移動……そんなとこまで……ああ、イライラする。ぶちのめす!」


 クウヤから見ても相手がフラストレーションに囚われていくのが分かった。


(あんだけおこってればのうりょくもちっとはよわまるはず。そこをねらう。よし。オレはれーせーに)


 研究所で耳が腐るほど聞いてきた理論。自分の体にも言い聞かせた。

 ミロクはまだクウヤの方を向いていない。その時間を利用してクウヤは息を整えた。

 ミロクが反転するのと同時に動き出すことを狙った。

 しかしうまく決まらなかった。

 突然だった。


「あああああああああ!」


 大音量の叫び声が聞こえたかと思うと、ミロクは足元に拳を振り翳した。


 ズドーンという大きな音と共にカラカラと小石が落ちていくような音が聞こえてきた。

 直後、ミロクの足元より少し前方が徐々に横にずれていき、やがてその部分は完全に滑落した。

 その状況でもミロクはほとんど動かなかった。


「ああ〜!イライラする。イライラする。イライラする!はああああ〜……もういい。テメエマジで殺す」


 次の瞬間クウヤの視界からミロクが消えた。


「えっ?」


 彼は困惑した。


「クウヤ!」


「剣士君!」


 仲間の声が聞こえる。

 彼はそちらに振り返った。

 ロッドとクリスティナが深刻な顔をしている。


「バカ!正面!下!」


 ビゼーが彼らの隣で怒鳴っている。

 正面を向き直して戦慄した。

 鬼の形相で殺意を剥き出しにした男がクウヤの前に立ちはだかっている。

 その姿をクウヤは山よりも大きいと感じた。


半牽制ハーフジャブ……」


 ミロクが呟くように言うと、クウヤは腹部に強いと言う言葉では表しきれないほどの衝撃を覚えた。


「っ!」


 声にならない音が漏れた。

 内臓が潰れたような痛みが沸々と湧いてきた。


「!」


 声が出ない。まるでボールが股間を直撃したかのような、そんな感覚だった。

 内側がズキズキと痛んで、外側を押さえるのでは何の効果もない。

 しかしだからと言って押さえないままではそれもまた痛すぎるのだ。

 今日初めてまともにパンチを食らった。

 痛みを出す信号が優先的に出され、他のことを命令する信号が届かない。

 戦いの最中さなか、膝をつくわけにもいかない。必死で立ったままを貫いた。


「こんなもんか?四半曲拳クオーターフック!」


 左の拳で右脇腹を抜かれた。

 先ほどの攻撃より痛みは少ないが、悶えていたクウヤにはオーバーキルな攻撃だった。

 膝を着いて蹲る。膝につく雪が冷たい。

 時間が経って、腹の痛みが少し引いたような気がした。

 代わりではないが、脇腹の痛みが増してくる。


「つまんねえ。イライラする。はあ……もう終わらせていいか?」


「まだだ……」


 喋れる程度には回復した。

 これも研究所での特訓の成果である。

 姉から言われた通り、こんな状態になっても剣は離していなかった。右手でギュッと剣を力強く握り締め続けている。


「はあぁ〜!」


 クウヤは剣を振った。


四半反撃クオーターカウンター!」


 クウヤの剣をいとも簡単に見切りった。

 と同時にミロクの右拳がクウヤの顎に炸裂した。

 凄まじく脳が揺れる。

 意識が飛んだ。

 その後の記憶は彼が再び目を覚ますまで切り取られたようになくなった。

 そんなことは露知らず、ミロクは倒れたクウヤに言う。


「弱すぎる。見込み違いだった。テメエじゃ奴の代わりになんねえ。この程度の技。モロにくらってダウンか。もうやってらんねえ……用済みだ。死ね」

 ミロクはクウヤの後頭部をがっしり掴んだ。

 そのまま体を持ち上げる。

 顔も、腕も、足も。全身の力が抜け、クタッとなったクウヤに対して、舌打ちをした。

 ミロクは構えた。


全力直拳フルストレート〜!」


 インパクトの瞬間グシャっと鈍い音がした。

 無防備な状態で拳が胸に当たっていた。

 クウヤの体は遠くまで吹っ飛んだ。

 幸いクウヤは放物線の軌道上にあった岩にぶつかって止まった。


 岩はクウヤがぶつかったところを中心に長さ二、三十センチほどのひびが入った。


「クウヤ!」


「剣士君!」


 ビゼー、ロッド、クリスティナの叫び声が何度も谺した。


「チッ。発展途上なんて冷めたマネしやがって。永遠に寝てろ!」


 ミロクは体を捩って踏ん張った。

 数秒ためて、地面を蹴る。


助走有全力直拳フルスロットルフルストレート!」


 ミロクはクウヤ目掛けて突撃した。

次回 男女

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