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魔人キコウ録  作者: 长太龙
第二篇 欧州篇

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第八十七頁 好敵手

一七三二四年六月十四日(水)

欧州連合国・フランセーズ(イタリアーナ) モンブラン山頂


 研究所で高地トレーニングは必死にやってきた。

 しかし本物の山は屋内訓練だけで攻略できるほど甘くない。


 雪道や岩場など慣れない足元に苦戦した。

 登るのに想定よりかなり時間がかかってしまった。

 能力者であることが唯一の救いだった。

 生まれながらの身体能力で命の危機に陥ることはなかった。

 ところでこれらは男たちの話である。


 クリスティナは登山が趣味であった。

 余裕とまでは言わないが、その動きには慣れと安心感があった。

 日常使いのあの巨大甲冑を纏ったまま弱音も吐かずにズカズカと斜面や断崖を登って行った。

 山に不慣れな男たちを先導し、時には次の足場をアドバイスした。

 彼女がいなかったらクウヤたちはどうなっていただろうか。

 想像することも憚られる。


 結局、当初の予定から一日遅れで登頂を果たした。

 四人はアダン(エ)に言われた通り、山頂付近に異変がないか確認する。

 とは言っても実際に確認したのはロッドとビゼーである。


 クウヤとクリスティナは


「なんで山のぼるとさむくなるんだろうな?たいようにちかくなるのに」


「言われてみればそうねー。なんでだろ?あたしはそういうもんだと思っちゃってたな」


「ふしぎだろ?」


「剣士君それ凄い発見なんじゃない?」


 などと会話していた。


 クリスティナは旅のメンバー全員に特徴を示す綽名あだなを付けていた。剣士君とは勿論クウヤのことである。一人一人説明すると長くなるので割愛する。


「お前ら何くっちゃべってんだよ!目的忘れたのか?」


 ビゼーは暇を持て余す二人に怒った。


「頼まれたのあたしじゃないしー!あ、パン屋君は知ってる?標高高くなると寒くなる理由」


「知・る・か!」


 クウヤは「なんかうまくやっていけそうだな」と感じた。


 十数分、滞在(ちょうさ)したが、能力者の存在は確認できなかった。

 ここに来るまでに積み上げた努力が無駄に思えて、さらに疲労が溜まった気がした。


「俺たちなんのために来たんだろうね?」


「アダン(エ)のあの研究スタイルじゃな」


「『些細な情報でもデマ情報でも徹底的に精査する』だもんね」


「無駄足だったかもな。帰るぞ」


「なんだよなー」


「匿名の依頼なんてそんなもんだろ」


「基礎体力向上訓練にはなったね」


 一同は下山しようとした。

 踵を返すと、屈強な男が仁王立ちしていた。

 筋骨隆々としていて且つ力強い表情もしている。

 しかし驚くべきことに半袖短パンなのである。

 少なくとも山頂での服装ではない。強風も吹く中、気温には全く動じていない。

 銀色の短髪が微風に靡いているのではないかと、錯覚を起こしそうになる。


 男は四人の顔を一人ずつ見て、最終的にクウヤと目を合わせ言った。


「待ちくたびれたぞ!インディュラ弟!」


 その声は見た目の割に渋かった。


「えっ?……弟……って?」


 ロッドは言葉を詰まらせながら言った。困惑しているのは彼だけではない。クウヤも、ビゼーもである。

 ただ一人、状況を掴めていないクリスティナは男とクウヤらを交互に見た。


「ど、どうしてオレのこと……」


 クウヤは男に問いかけた。その声色からは動揺が漏れていた。


「ああ?んなもんみりゃ分かる。アイツの腹立つ顔そっくりだ!今でも忘れねえ!」


 不機嫌そうに答えた。

 他人から見れば似ているように見えるのだろうか。少なくともクウヤには姉と自分が似ている自覚はなかった。

 そもそも弟と呼ばれたことで、相手が何者なのか多少理解できた。


「アネキの知り合いなんですか?」


「知り合い?ふざけんな!俺はアイツを殺すと誓ったんだ!殺してアイツを忘れるんだよ!」


 どうも穏やかでない様子の男にビゼーとロッドは警戒心を強めた。しかしクウヤの知りたい情報を持っていそうな貴重な相手だ。できるなら穏便に済ませたい。

 クウヤにこの場を任せることしかできなかった。


「ころすって……なんで?」


 クウヤは尋ねる。


「質問が多いなあ。この世で一番(つえ)えのは俺だ!奴を倒して俺が最強だってことを証明する。それが俺のここしばらくの生きる理由だった。だけだよ、奴を……テメエが殺したんだろ」


「!」


 三人だけでなく、クリスティナも驚いた。


「剣士君が……人殺し?」


 彼女はビゼーとロッドの顔を見た。


「それはちょっと語弊が……」


「クウヤ!ちゃんと説明しねぇと……」


「後ろは黙ってろ!」


「!」


 血の気が引く恐ろしいものを食らった。背筋が凍った。身の毛もよだつ体験だった。

 言われなくても理解できた。


 これは殺気だ。確実に。

 これまで受けてきた敵気てっきとは内容が一味も二味も違う。

 生気について知見を深めた今だからこそ区別できる。


 悍ましかったミロクの生気。あれは誰がなんと言おうともただの生気だ。

 不快なロックウェルの敵気てっき。あれは誰がなんと言おうとも純粋な敵気てっきだ。


 そして今受けたこれ。ミロクの放った生気やロックウェルの敵気てっきとは中身がまるで違った。それらは肉体的なダメージが大きかった。しかしこれは精神にくるのだ。

「お前を狙っているぞ」と真正面から宣戦布告された気分だった。

 体内の、臓器が詰まっていない部分全てを満たすように、どっと恐怖が流れ込んでくる感覚がした。


 そんな男は人を殺めることをなんとも思っていない様子だ。


「実際どうなんだ?お前がったのか?」


 男は怒りを気持ち抑えてクウヤに尋ねた。

 クウヤは唇を噛み締めて答えた。


「……あの死にかたじゃ、オレがころしたのと同じだ」

「クウヤ……」


 ロッドの口から漏れ出た。


「そうかよ。言ったな?なら、テメエに落とし前つけてもらおうじゃねえか!俺は奴に一度も勝てなかった。何度も戦って何度も対策して……なのに一度もだ!俺が強くなったと思ったら、奴も強くなってる。いつか追いついて、追い越して。奴が『参った』っていう顔が見たかった。そのためだけに俺は十年以上鍛えてきた!だが、その目標がなくなった。だからよ、お前を殺すしかねえよなあ?奴と血が繋がってるテメエなら奴の代わりとして十分だ。俺の気も晴れるってもんよ。どうする?っつっても拒否したら殺す。逃げても殺す。テメエが負けたら殺す!絶対だ」


「無茶苦茶だよ。言ってることが……」


 ロッドは呟いた。


「クウヤ……」


 ビゼーも心配そうに見つめた。

 一方でクウヤはいつになく真剣な顔で聞いていた。

 クウヤは前に出た。


「わかった!たたかう!」


「!」


「ほ〜う。話が分かるなあ」


「でも一つやくそくしてほしい」


「言ってみろ」


「俺が勝ったらアネキのことおしえてくれ」


「テメエが俺に勝つ未来なんて見えねえけどよ、いいだろう。俺が負けるときゃあ死ぬ時だ!冥土の土産に置いてってやるよ!だが、言っとくぞ。俺の人生で負けたのも勝てなかったのも奴だけだ!奴以外の全ての人間を屈服させてきた。テメエを殺して俺の強さをまた証明してやる。ナンバーワンは俺だ!戦う前に教えといてやる!テメエの人生最後の相手!俺の名は、ミロク・ミュラーだ!」


「!」


 男はクウヤに殴りかかった。


 彼の名前を聞いて衝撃を覚えたクウヤは反応が遅れてしまった。

 なんとか避けたものの、ミロクの右ストレートがクウヤの左腕を掠めた。

 ミロクが拳を止めた辺りの真下の積雪が舞った。


(ただのパンチで!ゆきにあてたわけでもねーのに!)


 クウヤはミロクのパンチの威力に驚いた。

 当たった瞬間お陀仏になることを悟った。


「いてっ……」


 先ほど攻撃が掠めていった箇所に痛みを覚えた。

 痣があった。青黒くなっている。


(マジかよ……あたってねーのに……つか、ヤベッ、生気)


 冗談抜きで当たってはいけない。研究所で培ったこと全てをぶつける必要がある。さもないと……言わずもがなである。


「チッ。避けるのだけは一級品なとこ……腹たつな。仮想インディュラにはもってこいだが」


 そう呟くとミロクは構えた。その姿はプロボクサーのそれだった。

 ワンツーのシャドウを入れると間髪入れずクウヤとの距離を詰めた。


「奴をぶっ倒すためにフォームまで改良したんだ!簡単に死ぬなよ!」


 ミロクのストレートをクウヤは剣で受け止めた。


「ぐっ……」


 勢いに押されてしまう。

 両足をつけたまま一、二メートル退げられた。


「その剣。軽いくせに頑丈だな。チッ、腹立つ……だがそれぐらいが面白え」


 ミロクはまだ余裕である。

 一方のクウヤは苦しい表情を見せていた。

次回 憤怒

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