第八十六頁 モンブラン
「なあ、なんの不満があって、俺たちに殴りかかってきたんだよ?」
ビゼーが甲冑に問い詰めた。
座った状態でも大変大きく、圧迫感がある。
それでも彼は怯まずに問うた。
すると思いもよらない答えが返ってきた。
「△∫#&¥*+$#!※@%……」
「はっ?」
聞き取りが全くもって不可能であった。兜で声が反響してしまっている。
「……何言ってっか全然分かんねぇ……頭取れねぇのか?」
甲冑は右手を耳の後ろに当てた。
「全然会話になんねぇんだよ!それとってくれ!」
甲冑は腕を組んだ。
数秒考えた後、サムアップをした。両手を頭のあたりに持っていくと兜を持って上に引き上げた。
遂にその正体を現したのだった。
クウヤ、ビゼー、アダンは驚愕して声を上げた。
「お、女⁈」
「女で悪い?」
「いいえ」
不機嫌そうに言い放った言葉にはこの返答のみを許すような力が働いていた。
驚くことに、いかつい甲冑の中から見えたのは若い女の顔だった。若いと言ってもクウヤらよりは幾らか年上な雰囲気がある。どでかい兜を見たせいだろうか、その顔はとても小さかった。顔のパーツパーツも整っていて美人の類に入るのだが、何より小顔に目がいく。
ヘルメットを取った後のように首を右に左に大きく一回ずつ振った。
水色の綺麗な長い髪がファサファサと揺れる。
最後に両手を髪と首の間に横から入れ、フワッと持ち上げて払った。
「す〜〜〜〜っ……ふーー。うん。外の空気はやっぱ美味しい!」
見た目通りの可愛らしい声だった。大人の声色ながら子供っぽさを感じる。
五人は面食らってしまった。
まさか巨大な甲冑の中身が女だとは思いもしない。
分かりやすく絶句していた。
「ねぇ、さっきなんて言ったの?」
女が問う。
ビゼーは答えた。
「あ、いや、だから!なんで急に殴りかかってきたんだって」
「あ〜!山賊狩りよ〜!」
女は笑って答えた。
予想だにしない言葉に五人は声が出なかった。
「この辺割と山賊がいるんだよね〜。だからあたしが治安維持してんの」
誇らしげに語った。
「その言い方だと、俺たちが山賊に見えたってこと?」
ロッドが問う。
「そう。だって、見るからに怪しいじゃない!」
「どこがだ!とははっきり言えねぇな……」
ビゼーは仲間の姿を見渡して自信を失くした。
剣、タロットカード、魔法使いの杖。おかしなものを装備した人間たちが視界に映る。
(冷静に見ると俺らこう見えてんのか……メチャメチャ浮いてるな)
「おまえはこっちのみかただろ?」
クウヤがツッコんだ。
「お、おう。で、誤解だって分かったか?」
「そうでしょ〜ね〜。話が通じる山賊なんているわけないもん」
どうやら冷静になれば話が通じる相手だったようだ。
しかしツッコミどころが多すぎた。一つずつ潰していく。
まずはアダンが聞いた。
「あのさー。きになることあんだけど。なんでそんなでかいものきてんだ?」
女は答える。
「見て分かんないの?こんな可愛い女の子が生身で山賊に立ち向かってみなさいよ!甚振られるだけでしょ?だから強く見せてんの。見た目が大事だから」
どこまで本気なのか真意が見えない。
「だからってそんなじゃなくても……」
「大は小を兼ねるの!」
まるで子供のように反論した。
納得できるような、そうでもないような理由の中で、ロッドは気になっていることがあった。
(鎧の中身どうなってるんだろう?)
女の顔の大きさではとても二メートルの身長があるようには見えない。想定ではかなりブカブカなはずだが、どのように動いているのだろうか。
「っていうか!」
質問は女のターンに変わった。
「さっきの何?急に目の前にイケメンが迎えに来た!って思ったら剣が伸びてきたんだけど!」
「あっ!オレも!足のとこに犬がいるって思ったら犬から剣が!」
女とクウヤが訳のわからないことを言うが、ロッドには確信があった。
「多分ミクリちゃんだよね」
ロッドの言葉でクウヤはミクリの方を見た。
女はクウヤの首の回転する先を見た。
「そう。私……」
「な〜に〜あの子〜!か〜わ〜い〜い〜!」
座っていた女はミクリの顔を見るなり即座に立ち上がってミクリの前でしゃがんだ。
「ヒッ!」と悲鳴をあげながらミクリは一歩後退した。
しかし女は逃さなかった。
「ミクリの肩を両手で押さえると、その両手を即座にミクリの頬まで移動させ、親指と人差し指でつまみ、上下左右に引っ張ったり、円を描いたりした」
「うゆ〜うゆ〜」とミクリは声を発する。
「あの〜」
ロッドが声をかけると女は我に返った。
「はっ!ごめんね〜。びっくりさせるつもりはなかったんだよ〜。許して〜」
ミクリの顔の下半分の輪郭に女の両手を添わせるようにした。
「は、はい……」
震えた声でミクリは返事をした。
女が手を離すとミクリはロッドの後ろへ避難した。
「えっ!あなたには懐いてるの?」
女は絶望の表情を見せた。
「ペットじゃないんだから……とりあえずミクリちゃん。さっき何が起きたのか説明してあげて」
ミクリはコクっと頷き説明を始めた。
「あの、さっきの幻惑付与でその人の好きなものを見せたんです。その後の剣は現実です」
「そっちは俺の技だね。っていうか、俺思ったんだけど、必要なかったんじゃない?ミクリちゃんだけで完結してたような気もしたし……」
ロッドの見解にミクリは勢いよく首を振った。
「人間は恐怖を与えれば次の行動が遅滞するってお母さんに習ったから」
「イリュージョンアイで恐怖を植え付ければ良かったんじゃないの?」
「……そんなこと!……(でき)ない……」
「今のそんなことある時の言い方だよね!」
ミクリは全力で否定した。
「そういうことにしとくよ。ありがとう」
(それにしてもミオンさん凄いこと教えるなあ)
ロッドはしみじみ思った。
「かわいい〜……」
女は必死なミクリの姿を涎を垂らしながら見ていた。
(コイツ、今の話絶対聞いてなかっただろ)
ビゼーは感じた。
「あ、ところでさ。あなたたちは何繋がり?兄弟……じゃないよね?」
突然真剣な顔をして女が尋ねた。
これにはクウヤが答えた。
「旅のなかまだよ。みんなオレについてきてくれたんだー」
「えっ!あの子も?」
女はミクリを指していた。
「あたりまえじゃん」
クウヤは当然だという表情をした。
「大丈夫?こんな野蛮な男たちばっかりの中にこんな小さな女の子が混ざって!変なことされてない?」
女はミクリに近づいて無事を確認した。
当のミクリは呆然としている。
「変なことってなんだよ」
「ミクリちゃん。ちゃんと否定してくれないと俺たちの名誉が……」
「ねぇ。この子も心配だしさ〜。旅とか凄く面白そうじゃない?あたしもあなたたちに付いていってい〜い?」
突然だった。
ミクリは目をキラキラさせている。
すぐにでも「うん」と言いたげだったが、クウヤの様子を伺った。
そのクウヤは即答だった。
「いいよー!ミクリも女の子のなかまほしいって言ってたもんな!」
「うん!」
「あたらしいなかまっていいよなー」
クウヤ、ミクリ、アダンは賛成した。しかし……
「クウヤ。こっちこい……」
ビゼーに呼ばれた。
ロッドもビゼーに寄っている。
「仲間にして本当に大丈夫か?」
「どゆこと?」
「ミクリのことを思えば、いい判断なのかもしれねぇけど、誰でも彼でも仲間に入れりゃいいってもんじゃねぇだろ」
「ちょっとあの人、自由すぎるっていうか。なんか心配なんだよ。ほら、さっきだって事情も聞かず突然襲ってきたんだよ」
「それにもし能力者に対して否定的な思想を持ってたらどうすんだ?」
ビゼーとロッドは否定的だった。
「うーん。だいじょうぶだと思うけどなー。でもオレはおまえたちが『うん』って言わないとヤダし……う〜ん……あっ!じゃあさ。しばらくいっしょにいてみてさ。だいじょうぶそうならなかまにするんだったらいいだろ?ミクリとアダンはいいって言ってるし」
「……まあ、お前が言うならそれでいくか。即座に引き入れるのが反対なだけだしな」
「ダメだったらハッキリ言うからね」
「オッケー」
会議を終了した。
「ダメ?」
女は戻ってきたクウヤに尋ねた。
「うんうん。ダメじゃないんだけど、さっきいきなりたたかいはじめちゃっただろ?だからそれがしんぱいだなって話。おためしきかんみたいなのつくってヘーキだったらいっしょに行こうぜ!」
「いい子にしてたらいいってことね!」
「そう」
「分かった。そこの二人に認めてもらえるように頑張るよ!あたし、クリスティナ・ガーネット=クロウ。お父さんの苗字がガーネットで、お母さんの苗字がクロウね。お世話になります!」
(なんかグレーな名前だな)
ビゼーは心の中に原因不明のモヤモヤした想いを抱えた。
その後、一同は自分たちの名前を伝えた。
一行はクリスティナと共にセントオディール山を登頂し、下山した。
勿論、研究所にも六人で帰った。
しかし研究所に行くということはすなわち、能力者について説明をしなければならないことを意味する。
一行は覚悟を決めたが、ここで幸運が舞い降りた。
運のいいことに(?)クリスティナは能力者なのだという。
彼女は技の一つを将来の仲間に見せた。
——金剛之盾——
掌からダイヤモンドが出現し、盾状の形を作った。どんな脅威からもこの技で守れるのだと言う。
「能力者は拒まず」である研究所であるため、アダン(エ)も彼女の宿泊を了承した。
研究所の存在にも満足した彼女もまた、宿泊の条件「実験の貴重なサンプルとなること」を承諾した。
一七三二四年六月十二日(月)
欧州連合国・フランセーズ モンブラン
クウヤ、ビゼー、ロッドの三人は本日モンブラン登山に挑むことになった。
緊急でクリスティナも付いて行くことになった。
彼女を仲間に加えることに難色を示しているビゼーとロッドが二人とも動くということでいっしょに行くのはどうかとクウヤが提案したのである。
しかしこんなことをアダン(バ)は許さなかった。
なぜ自分は行けず、パッと湧いた新参者がシード権を使えるのか猛抗議した。
これにはアダン(エ)が介入した。
クウヤらのモンブラン登山当日にやらなければならないことの中に人員を割かなければならない用があり、その頭数にアダン(バ)が入ってしまっていたのである。
アダン(エ)はアダン(バ)に「登山よりも大切な役割だ」と話をすると目の色を変えた。
なんとかアダン(バ)を鎮めると、四人はフランセーズ側からモンブランにアタックした。
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