第八十五頁 西洋甲冑
一七三二四年六月二日(金)
欧州連合国・フランセーズ セントオディール山
ビ:「なあ、なんでアダンはここを練習場所にしたんだろうな?標高も低いし、モンブランとはまるで環境が違うんじゃねぇか?」
ロ:「ミクリちゃんのことも考えてかな?皆で研究室での疲れでもとってこいみたいな。山登りとは言ってもここだったら疲労は溜まらなそうだし」
ビ:「はぁ、そういうことにしておくか。つーかさ、人科研と能生研(能力者生体科学研究室)ってハシゴで繋がってんの知ってたか?」
ク:「マジ?知らなーい」
ロ:「そうなの?」
ビ:「昨日知ったんだけどさ、俺が人科研にいたら突然ケビンさんが上から降りてきて。何事かと思ったんだよ。聞いたら『やりとりすることが多いから繋がってるんだ』って」
ロ:「だとしたら設計ミスだよね」
ビ:「マジで同感だ」
ア:「なんで?」
ロ:「関連が深い研究室なら同じフロアに作った方がいいじゃない」
ビ:「わざわざ上下にしないで、同じ階で横並びにした方が良くねぇか?ってか、そうすべきだろ」
ク:「でもハシゴで行ったりきたりするほうがたのしくね?」
ビ:「研究室にハシゴ通ってんのがまず変だろ」
ロ:「ただでさえ湖の中なのにね」
ア:「そうだよな!あれどうやってつくったんだろ?」
ク:「たしかに!水の中でくみたてたのかな?」
ビ:「組み立てたものを水の中に入れたんじゃねぇか」
ロ:「どっちかだよね。どっちにしても凄いけどさ」
会話は続く。
——セントオディール山——
欧州連合国・フランセーズに位置する標高七六五メートルの山である。古代の修道院跡地があり、歴史的価値の高い山となっている。休日にはピクニックに訪れる欧連人も多いという。
平日ということもあり、山道に人は多くない。
それもあって、会話の内容はほとんど研究所や能力の話であった。
彼らは疲れることを知らず、お喋りを楽しみながらスタスタと山を登っていった。
五人は山の中腹あたりまで来ていた。
ク:「……でさ、しょくどうのメニューってかいはつぶの人がかんがえてんだって」
ロ:「そうだったんだ!」
ク:「しょくどうのとうばんも一しゅうかんでかわりばんこなんだってさ」
ビ:「運営って総務じゃねぇんだ。意外だな」
ロ:「総務部が七人じゃそこまでできないのかな」
ク:「ケビンさんもたのしみなとうばんの人がいるって言ってた」
ア:「なんか、ねえさん……チエミーもそんなこといってたかも」
ク・ビ:「チエミー?」
ロ:「エミリアさんのこと。『チエミー』って呼ばされてて。チーフとエミリア、くっつけて……」
ク・ビ:「チエミー……」
ロ:「アダンが『姐さん』って話しかけたらものすごい顔してたよ」
ク・ビ:「そ……そーなんだー……」
ここまで話して先導していたアダンが急に立ち止まった。
「どうした?」
ビゼーが尋ねる。
「あのいわのうしろ。だれかいる」
アダンは指を差しながら答えた。
五十メートルほど先にある大きな岩だ。直径三メートルはゆうに超えている。
「どんな人?」
続いてロッドが尋ねた。
「そこまではわかんねーよ。おれののうりょくじゃ……」
アダンは首を振った。
「私、視ようか?」
ミクリが名乗り出た。
「お願いできる?」
「うん」
「ゆうれいとかじゃねーよな?」
「お前は黙ってろ」
クウヤとビゼーの漫才を横目にミクリはアダンと並んだ。
「透視!……わっ……」
「どう?」
「なんか……ゴツゴツしてる」
「人?」
「多分?すごく大きい」
「見えてるんだよね?ミクリちゃんには」
「うん。でもなんて言ったらいいのか分かんなくて……ごめんなさい。でも、大きくて、鎧?みたい。向こうもこっちに気付いてるかも」
「……まあ、普通じゃないことは確かだね。細心の注意を払って進もう」
ロッドが仲間に注意を促した。
怪しい岩まで二十メートル。——変化なし。
十メートル。——変化なし。
五メートル。——変化なし。
三メートル。——変化なし。
そこから小さく一歩。——変化なし。
二歩。——歩くために浮かせた足を地面に着けた時だった。
「か〜く〜ご〜〜〜っ‼︎」
岩陰から体をクルリと反転させた「何か」が五人に突撃してきた。
——キーーーン——
金属音が響き渡る。
「みんなはなれろ!」
直前まで最後尾にいたクウヤが先頭に出て「何か」を剣で受け止めていた。
クウヤは「何か」との距離が近すぎて全てを捉えることはできなかったが、代わりに距離を取った四人はその姿をはっきりと見た。
「何か」とは、全身に橙の西洋甲冑を身につけた(恐らく)人間だった——鎧の中身が見えないので断定はできないが、甲冑を身につけられるのはまず人間のみだろう——。それもかなり大きい。高さ二メートルはある。クウヤと比べるとその差は歴然だった。胴体の幅もクウヤの二倍に見える。
クウヤの剣は巨大西洋甲冑の右拳を受け止めていた。巨大西洋甲冑はなぜかクウヤらに殴りかかってきたのだ。
両者は戦闘を続行する。
クウヤは剣を、甲冑は拳をそれぞれ振るう。
「クウヤー!話聞いてもらえそうかー?試してみてくれ!」
ビゼーが尋ねる。
しかし戦いに夢中になっていたクウヤは彼の声に気付かなかった。
「あの!すみません!話し合いをしましょう!」
ロッドは甲冑に呼びかけるが勿論反応はない。
「ぜんぜんはなしきかねーぞ?どうする?」
不安な顔をしてアダンが尋ねた。
「止められるか?」
ビゼーはロッドの顔を見た。
「クウヤは止められるだろうけど、甲冑の人はどうかな?物理攻撃効かなそうじゃない?」
「だな」
しかし情報が何もない以上無益な争いであることは間違いない。止めるしかないのである。
「ダメ元でやってみようか」
ロッドは左腕に器具をはめた。
銀色の小さな箱である。その下に黒い太い紐が付いていて腕に巻きつけられるようになっている。腕の太さに合った場所で留められるようにアジャスターも付いている。
長さ調節が終わると、左腕を地面と平行にし、指側からデッキを箱に挿入した。
手を離すと、デッキは箱の中で固定され落ちないようになっていた。
「あれ?ロッド。それなに?」
アダンが尋ねた。
「開発部に頼んでおいたやつの試作品が出来たんだよ。デッキホルダー?って言えばいいのかな?俺の能力って何も無いと両手が塞がっちゃうからさ。それを解消するものが欲しくて。デッキは腕に固定するから左手は必ず空くんだよ。激しく動いてもでっきは落ちないようになってるけど、取り外しは簡単なんだよ」
「すげー!」
アダンは目を輝かせた。
ミクリも拍手している。
「私も手伝う」
ミクリは前に出た。
「OK!どうするの?」
「二人の視界を奪います」
「それは頼もしいね!いつでもいいよ!合わせる!」
ミクリは一つ息をついた。
「幻惑付与!」
戦闘狂らの動きが止まった。
クウヤは足元を見て、甲冑は首を正面に向けたまま動かなくなった。
「もう止まったよ……」
ロッドは自分の存在に疑問を感じた。
「追い討ち……」
ミクリはロッドの方を見て呟いた。その視線の先はロッドの顔より少し下である。
「う、うん……」
(ミクリちゃん。結構えげつないこと言うな……)
ロッドはミクリの言う通りにした。
「剣・二の札! TWO of SWORDS!」
二人の間に目隠しをした人物が出現した。両手には一本ずつ剣を持っている。
腕を交差し、二人に向かって剣を突き出した。
「わっ!」
二種類の声と共に二つの首が同じ角度をつけ、上を向いた。因みに剣は二人を一切掠めていない。かなり手前で剣先は止まっている。安全を考慮しての牽制だ。
「争いは終わりだ。話聞かせてもらうぞ」
ビゼーが二人に言う。
クウヤは首を気持ち動かした。甲冑も両手を挙げ、戦う意思がないことを示した。
ミクリとロッドはそれぞれ技を解除した。
争っていた二人は同時に尻を地面に着けた。
「死ぬかと思った〜!い、犬が剣を!」
「何言ってんだ?」
クウヤの謎の言葉にビゼー、ロッド、アダンは困惑したが、ミクリだけはクスッと笑った。
次回 モンブラン




