第八十四頁 ハイキング
一七三二四年五月二十六日(金)
ヘルヴェティア フィッシャー人間科学研究所 B1 所員食堂
クウヤ、ビゼー、ロッド、アダン(バ)、ミクリの五人は久しぶりに対面していた。
ロ:「久しぶり!」
ビ:「お前ら。もう来てたのか」
ア(バ):「おう!」
ク:「アダンは?まだ?」
ア(バ):「いるって!」
ロ:「君のことじゃないよ……君たちの方はどう?」
ビ:「毎日色んな器具、身体中につけられてるよ……正直かなりキツイ」
ク:「このまえなんか一日中走らされたんだぞ!」
ロ:「拷問かな?それは大変だね……」
ビ:「まあ、おかげでだいぶ能力に慣れてきたよ。突き詰めてくと意外と使うのムズいの分かったし。お前らの方は?」
ア(バ):「すげ〜よ!ねえさん!あのみためでめっちゃすげ〜んだよ!」
ビ:「何も伝わってこねぇんだけど……」
ロ:「生気の熟練度はかなり上がってきてるよ。ギャルマインドも……」
ク:「さいごなんて?」
ロ:「なんでもない」
ビ:「そういや、ミクリは『能力科学研究室』に行ってんだよな?」
ミ:「うん」
ビ:「何してるんだ?」
ミ:「あ……えっと……わた……」
ア(バ):「きたぞー」
五人は食堂の入り口を見た。
「もう集まってるのか。待たせてしまったな。済まない」
謝罪の言葉と共にアダン(エ)が近づいてきた。彼はバインダーを手にしていた。
「定刻にもなってねぇし大丈夫だよ」
ビゼーが返した。
アダン(エ)はそのままお誕生席に着くとすぐに切り出した。
「盛り上がっていたところ悪いが、お前たちに調査を頼みたい」
彼はバインダーから封筒を取り出した。口を開き、中身を出した。
「我が研究所に届いた依頼だ。依頼人は匿名希望。お前たちにこの依頼を委託したい」
「依頼?そんなこともしてるの?」
ロッドが尋ねた。
「内容はうちの研究テーマにあったものか精査してからだが、今回は引き受ける価値があるものだ」
「ふ〜ん。そうなんだ。それで俺たちは何をすればいいの」
「登山だ」
「……はっ?」
全員同じ反応だった。
「とざん?ってやまのぼりだよな?」
アダン(バ)が聞く。
「そう言っている」
「それが依頼なのか?」
ビゼーが改めて聞いた。
「そうだ。モンブランを知っているか?」
「モンブラン!めっちゃうまいよなー!」
「今の会話の流れで食いもんなわけねぇだろ」
クウヤのボケ(?)にビゼーは冷静にツッコんだ。
「欧州最高峰の山だ。標高四八〇七メートル。欧連のフランセーズとイタリアーナの州境を跨ぐように聳えている」
「遠いのか?」
「車移動が必須だが、移動に時間がかかるわけではない。二時間あれば麓まで辿り着けるだろう。湖を回っていかなくてはならないから、地図上の見た目よりかなり遠い感覚はするかもしれない」
「そこに登れと」
「そういうことだ。モンブランの山頂から生気が観測された。その原因を調査してほしいとのことだ」
「そんなこと分かるもんなのか?依頼ってことは研究所の誰かじゃなくて、外部の人が気づいたんだろ?」
「もちろん最初から生気がどうのこうのという話ではない。こちらである程度調査をしてたどり着いた結論だ。ただ元を辿るとこの依頼に繋がるからな」
ビゼーの疑問にアダン(エ)は丁寧に答えた。
ビゼーも納得した。
「というわけだ。近いうちにモンブランに登ってもらいたい。山頂までいかなくてはいけない都合上、訓練をしてもらう。対策無しに突っ込めば命を落としかねないからな。人科研(人間科学研究室)に低酸素トレーニングができる部屋がある。そこで訓練してほしい。それと……一度、標高の低い山でデモンストレーションを行おうと思う。それに俺は参加できないが、一週間後を目処にスケジュールを組もうと思っている。リフレッシュ目的にしてもらっても構わない」
ここでロッドが口を開いた。
「なんか話進んでるけど、大事な調査なんじゃないの?俺たちが行って大丈夫?」
「俺の判断で問題ないと下した。俺たちが行くにしても登山のための準備をしなくてはならないことに変わりはないからな。そこに割く人員が足りないという現状もある。あとうちの研究員の平均年齢も高いのでな……若い奴に行ってもらったほうが都合が良いと考えた」
「それならいいんだけどさ。断るつもりは別になかったんだけどプロの仕事っぽいから」
ロッドは納得した。
「説明が足りなかったか。申し訳ない。お前たちの命の心配だけしていれば問題ない。全員でいくのはリスクがある。三人程度で行ってもらいたい。ただしミクリは除く」
「えっ?なんで……」
アダン(エ)の言葉に珍しくミクリが声を上げた。
「若すぎるからだ。お前の年齢では心肺機能が十分に発達していない。スキャモンの発育曲線という確実なソースもある」
「うぅ……」
ミクリは下を向いてしまった。
「ミクリ、呼ばない方が良かったんじゃ?」
ビゼーはアダン(エ)に耳打ちした。
アダン(エ)は耳打ちではなく、ミクリに話すように言った。
「デモンストレーションには参加してもらって構わない。呼んだ理由はそれだ」
「はい……」
ミクリは渋々納得した。
「じゃあやまにだれがいく?」
アダン(バ)は選抜メンバーを早くも決めようとしている。
「いきてーなー!おれ!」
「俺はどっちでも」
アダン(バ)とビゼーは希望を述べた。
「でもビゼー……」
ロッドがビゼーの向かいから囁いた。
「クウヤとアダンと俺たちのうちどっちかってヤバくない。登るまではいいんだけださ。登った後、記録したり、報告したりとか」
「確かに……」
「俺とロッドとあと1人の方が良さそうだな」
「うん」
ロッドは声の大きさを戻し、全体に話した。
「ジャンケンで決めない?勝った人が行ける。どう?」
「そうするか!」
「オレもまけねーぞ!」
クウヤとアダン(バ)は乗り気だ。
「おい!」
ビゼーは小声でロッドに意見した。
「ジャンケンじゃ俺が漏れるだろ!」
「能力の訓練したならいけるよ!アダンかクウヤの運を下げればいいんだよ」
「はぁ?簡単にいうけどな……」
「誰も反対ないみたいだし。そうしよう!」
ロッドは意見をまとめた。
ビゼーとしては押し切られる形となってしまった。
(上手くいくか?でもやるっきゃねぇよな!)
ビゼーは覚悟を決めた。
能力をそっと発動する。
アダン(バ)の行きたいという熱烈な意見を汲んで、クウヤの運を下げることに注力した。
ロッドの音頭でじゃんけんが始まる。
「いくよ!最初はグー!」
「ジャンケン……ポイ」
パー。パー。パー。グー。
一回で勝負が決まった。
絶望の顔を見せたのはアダン(エ)だった。
「そんなー!」
食堂のテーブルに突っ伏したまま体も顔も戻ってこない。まるでひっついているかのようだ。
クウヤは目を見開いて驚いていた。
「ビ、ビビビビ、ビゼー、が……かった?なんで?」
(な……なんでだ?やっぱ運を下げるのは無理なのか?それともアイツが豪運なだけ?)
驚いたのはクウヤだけではない。
運を下げたはずのクウヤが勝っている。
その事実にビゼーも平常心ではいられなかった。
「どっちでもいいのにかつなよー!アダン(バ)がかわいそうじゃん!めっちゃ行きたがってたのに!」
「いいよ〜……クウヤ……おれまってるよ〜……みんなできめたことだしさ……ですともーしょんだけいくよ〜」
突っ伏したままで声だけ聞こえた。絶望は隠しきれていない。
「デモンストレーションね」
ロッドは優しく訂正した。
「アダン(バ)もこう言ってるし、もういいでしょ?クウヤ」
「あ〜まあ、うん」
クウヤは納得(?)した。
その後でロッドはビゼーだけに見えるようにグッドポーズを示した。
(なんか悪いことしちまったな……)
ビゼーは心の中で本気の謝罪をした。
一七三二四年六月二日(金)
欧州連合国・フランセーズ セントオディール山
この日モンブラン登山のデモンストレーションとして、欧連のフランセーズという地域にあるセントオディール山をハイキングすることになった。
アダン(エ)が申請等を事前に済ませてくれており、国境の検査も問題なく通過した——クウヤの剣もとやかく言われることはなかった——。
「アダン(エ)は剣のことどうしたんだろうね。聞いておけば後々役に立つかも」
ロッドが言った。
「そうだな。あとできいとこー」
クウヤも興味を示した。
ヘルヴェティアに着いた初日のようにはなりたくない。
「なあ〜!はやくいこーぜー!まちきれねーよー」
山に帰りたくてうずうずする野生人を連れて、一行はハイキングへ出発した。
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