第八十三頁 委託
一七三二四年五月十一日(木)
ヘルヴェティア フィッシャー人間科学研究所 B2 生気科学研究室
クウヤ、ビゼーが能力者生体科学研究室で忙しなくしていた頃、ロッド、ミクリ、アダンの三人は同じフロアにある生気科学研究室に赴いていた。
「やっほー。三人組ー。他の子は別の研究室行ったのね?」
エミリアが三人を招き入れた。
「生気科学研究室にようこそー!」
エミリアの張り上げた声が研究室を震わせた。
歓迎の声と共にクラッカーの音が二、三発鳴り響いた。
三人の斜め前から放たれたクラッカーの中身のキラキラテープが三人に降りかかった。
「いえ〜い」という言葉と拍手の音が部屋のあちこちから湧き起こっていた。
研究室の壁には一文字ずつ紙に書かれた「Welcome To Our Lab. ♡」の文が貼り付けられていた。文字は手書きで、その中には文字に顔が描かれていたり、デコレーションが施されたものもあった。
盛大な歓迎ムードに三人は次第に恥ずかしくなってきた。
ロッドは勇気を振り絞って伝えた。
「あ、あの……歓迎してくださるのはとても嬉しいんですけど……どう反応していいか分からなくて……」
ロッドは小学校中退。ミクリは極度の人見知り。アダンは児童労働従事者であったため、他人から祝われるという経験が一切なかった。クラッカーを見ること自体も全員初めてだった。
「サプラ〜イズだよー!サプラ〜イズー!素直に驚けばいいのー」
エミリアは自在箒を片手にクラッカーの残骸を集めながら言った。
「……」
三人は頭が真っ白になった。何が起きたのかよく分からない。
「ってかさー。ノーリアクションだけはやめよ!頑張って準備したのにー!」
「すみません……」
謝ることしかできなかった。
「冗談だよー。本気にしないで?」
三人はもうわけが分からなくなっていた。
「あ〜なんかゴメン!私らが配慮できたなかったかも……ギャルマインドってやつ?なんかあったら祝っとけ〜的な?喜ばせたかっただけ。ウチの研究室女子多いからさー。ド派手にやりたいわけよー。ホントはさ研究をいい感じにするために男女半々が良かったんだけどー……ああ、この話はいいや。そうゆう風に思ってくれると助かるわ」
「覚えておきます……」
(さっきエミリアさんがスーッと帰った理由ってこの準備のためかな?)
困惑が取り除かれないままだったが、ロッドは現実を受け入れ始めた。
「ん。じゃあ一回忘れよ!リフレ〜ッシュ!ここに来たってことはなんか相談したいことがあんだよねー?」
エミリアは手を大きく広げて話題を転換した。
ロッドが切り出した。ミクリとアダンはまだ固まっていた。
「俺に生気の使い方を教えてほしいんです!」
にこやかだったエミリアの顔が真剣になった。
「理由は?」
「俺、皆の中でアダン(エ)の次に自分の能力と付き合ってる時間が長いのに。基礎的なこと何も分かってなくて……俺が皆のために役に立てることって能力に関することを消化して丁寧に教えることくらいしかできない気がしてて……」
「それを仲間に教えてどうするの?私から生気の使い方を学んで何に使うつもり?」
「……」
「……暴力?」
「……」
「はぁ……所長は君たちに言ってないのー?能力は争いの道具じゃないって」
「俺は争いがしたいわけじゃないんです!結果的に暴力になってしまうかもしれませんが……むしろ争いは止めたい!仲間にも争ってほしくない!傷ついてほしくない!その上で、仲間が暴走しそうになった時止めてあげたい!仲間がピンチになったら助けてあげたい!もし仲間を傷つけるような人がいたら、絶対に仲間を守りたい!そう思うんです。今のままじゃそれができないから」
ロッドは珍しく熱くなっていた。
数秒の沈黙を経てエミリアは言った。
「分かった。『積極的に暴力は使わない』って宣言したと私は受け取った。それを信じる」
「いいんですか?乗り気じゃなさそうなのに?」
ロッドの問いにエミリアは笑顔で答えた。
「私、出会った人は大切にしたいのー。ギャルマインド!人類みーんなマイメン、ってね!それで?」
「防御から教えてほしいんです。何が防げて何が防げないのか」
「いきなりだね……オーケー。じゃあそっちの二人も聞いてねー!ちょっとムズイよー。生気はねー、守れるものが二つあります。一つは他人の生気。もう一つはその生気と同位相の物体。一つずつ説明するね。多分所長から聞いてるとは思うけど、生気には排他性があります。自分以外のものは受け付けませんっ、ってやつ。要は他人の生気は自分の生気でガードできるってこと。他人の生気を守れるっていうより、他人の生気から守れるって感じ?あっ、前提として、生気に関する条件が全て一致してるならね」
「それは俺もなんとなく感じてました」
「ほうほう。分かってるねー!じゃあ次。『当該生気と同位相の物体』ね。まず『位相』っていう単語。定義から言うとムッチャムズイんだけどー、『波長』みたいな感じ?。私が言うからややこしいけどー、物理学の波長とは全く別物の『波長』。ほら『波長が合う』っ言葉あるじゃん?その波長。フィーリング?とかそっち系。簡単にするとフワッとしか言えないからムズイんだけど、とりま生気学の専門用語と思って。多分私らと過ごしてたら意味わかってくると思うから!で、その『位相が同じ物体』っていうのがなんなのかね。今から例え話をします!『あなたは今からものすごい速さのボールを投げつけられます。で、当たって吹っ飛びます。結果、壁に激突します。』っていう状況ね」
「なんですか、それ?」
黙って聞いていられるシチュエーションではなかった。
「だ・か・ら例え話!いいから聴いて?ボールに生気はありません。非生物だからねー。でも物に生気を込めることはできる。投げる人はそうしました。で、投げて、あなたにぶつかります。ここでぶつかったものがいっぱいありまーす。何でしょう?」
「えっとボールと俺」
「他は?」
「他?」
「生気もぶつかってるよね?順番に見てくね。まず生気同士が衝突します。前提は忘れちゃダメだけどこれは相殺されます。生気の扱いの実力が同じなら効果なしってこと。次ボールとあなたの生気の衝突。ボールの生気は有限だけど、人体の生気はほぼ無限ねー。だから衝突します。しかし、ボールには生気がありませーん。つまり?」
「俺の生気じゃ防げない」
「ピンポーン!ナイスー!で、最後にボールと体が当たってボールの勝ちっていう設定ね。た・だ……」
エミリアの含みを込めた言い方にロッドは前のめりになった。
「自分の体って自分の生気と同位相なんだよねー。これは位相って言葉が分からなくてもなんとなく感じるでしょー?」
「はい。本当になんとなくですけど……」
「うんうん。それでOK。だから今の状況では、体は吹っ飛ぶけど痛みとか威力は軽減してるみたいな感覚。ついて来れてる?」
「まあ、はい……」
脳の容量がかなりギリギリである。
しかしロッドは食らいついた。
エミリアは続ける。
「じゃあ次の場面。壁際で何が起こってるのか。まずあなたの生気と壁が衝突しまーす。ここはどうなる?」
「壁に生気はないから防げない」
「おぉ〜!賢〜い!そういうこと。で、次。体と壁が衝突して終了。はい!普通の人間なら〜?」
「死んでますよね?壁にぶつかる前に。体が吹っ飛ぶ速度で飛んでくるボールが当たった時点で」
「すごいね〜!私の頭の中見えてる〜?」
「そんなわけ……」
「だから冗談っ!戻るねー。でもあなたは能力者なので生きてます!何故でしょう?」
「えっと……位相?が何とかって……」
「最強!さっきも言った通り!自分の体と自分の生気って同位相なの!だからボールがぶつかっても死なないし、壁にぶつかっても死なない。なんとなく分かった?」
「はい。ほんとになんとなくですけど……」
「おけ!上出来だよ。今回は生気の力量の差の話は一切抜きにして簡単な説明だから、生気が相殺されて意味なーいみたいになってるけど、差がある場合も頭が余裕になったら考えてみてね。重要性が分かるはずだから!理論はおしまい!じゃあ実践してみるー?理論のあとは実践!生気を極めれば君の目標達成にかなり近づくよ。そう簡単にはできないけどねー。他の理論も知りたければその後でたっぷり教えてあげるよー。ついてきて!あとの二人はどうする?」
難しい話であることを覚悟して、最初から話を聞き流していたことも手伝って二人は生きながらえていた。
「おれもやる!わかんないけどだいじそう!」
「みっくは?」
「みっく?私?……わ、私は他に知りたいことがあって……」
「よし!じゃあ男の子二人にギャルマインドを享受してやろう!」
「えっ!話が……」
「だから冗談っ!行こっ?」
ロッドとアダンはしばらく生気科学研究室に通うことになった。
一方、ミクリは地下三階へと向かった。
一七三二四年五月二十六日(金)
ヘルヴェティア フィッシャー人間科学研究所 B1 所員食堂
クウヤ、ビゼー、ロッド、アダン(バ)、ミクリはそれぞれの通う研究室の室長からアダン(エ)が呼んでいるとの連絡を聞き、昼食休憩中でないにも関わらず、食堂に呼ばれていた。
五人で顔を合わせるのも久しぶりだった。
五人が集まっているところにアダン(エ)がやってきた。
彼が席について早々集められた理由が伝えられた。
「お前たちに調査を頼みたい。我が研究所に届いた依頼だ。依頼人は匿名希望。お前たちにこの依頼を委託したい」
アダン(エ)は詳細を話し始めた。
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