第七十五頁 フラッシュバック
一七三二四年四月十三日(木)
大米合衆国・ブラジル州 ブラジリア サンタテレサ・デ・ラ・クルス城跡地
ミロク城崩壊のニュースは当日中にブラジリア全土に爆発的に拡散された。
人里離れた森の中に建てられていた城であったが、非常に大きな爆発音を立てて崩れたため居住域まで不穏な音が轟いていた。
多くの通報により警察は早々に現場に到着した。
しかし目撃証言がなく、事件なのか事故なのかすら不明である。
瓦礫の下を放射線で調べてみると人の姿をした影が見られた。
しかし動く様子はない。
城までの道は狭く、重機は入ることができない。
災害用ロボット等を早急に集め、用意が整い次第、要救助者の捜索を開始することになった。
一七三二四年四月十四日(金)
大米合衆国・ブラジル州 ブラジリア サンタテレサ・デ・ラ・クルス城跡地
日付を跨いだ丑三つ時。警察の捜査はまだ始まらない。
そんな中、瓦礫の山に忍び寄る二つの影が夜の森の闇に紛れていた。
男女二人組。警察関係者ではない。
二人は白衣を纏っていた。
木の陰で電話を繋ぐ。
「承知しました」
男の声がそう言った。
電話を切ると二人は瓦礫の山を攀じ登った。
驚くことに警察官が複数人で見張りをしていたのにも関わらず、その目をすり抜けている。
瓦礫に足をかけるたびゴロゴロと石が動く音がする。
しかしそれでも警察官は気付く様子がない。
そもそもそこに人がいることすら気づいていないようだ。
二人は瓦礫を退けていく。
特に女の方が積極的に動いていた。
自分の体の二、三倍あるいはそれ以上の大きさの瓦礫を軽々と放り飛ばす。
放り出された岩は別の岩に当たって砕ける。
警察官はその音にも気付かない。
「いたぞ」
男のが埋まっていた人間を見つけた。
念の為脈を取る。
「あるわけないか……」
その遺体は二の腕に切り傷、左胸に刺し傷があった。
それら以外からの出血はない。
瓦礫が当たったのか、額など数箇所にえらく窪んだ部分もあったが内出血に留まっていた。
その遺体を瓦礫の中から丁寧に掬い上げる。
女が持っていた担架に乗せた。
二人は遺体を前に手を組んで祈った。
祈りを終えると二人は担架を持って、遺体ごと瓦礫の山から降りた。
一度担架を置く。
「前後一致!」
男が親指と人差し指の画角に瓦礫の山を収めて唱えた。
すると退けた瓦礫だけが瞬時に元の位置に戻った。
二人は再び担架を持ち上げ一体の遺体と共に森の中へ消えた。
一七三二四年四月十四日(金)
大米合衆国・ブラジル州 ブラジリア 某ホテル
クウヤは昨日から活動限界で動けないでいた。
ビゼーは様々な面を考慮し、クウヤを部屋に一人にした。他のメンバー——アダン(エ)を除く——はクウヤとは別の部屋で一晩を過ごしていた。
テレビ番組は朝からミロク城崩壊のニュースで占められていた。
テレビ南米にチャンネルを回すと朝のニュース番組内でアナウンサーがニュース原稿を読んでいた。
「……容疑を否認しているということです。次のニュースです。ブラジリアにあるサンタテレサ・デ・ラ・クルス城が突如爆発し、全壊しました。昨日午後六時三十分頃、大きな爆発音と共にサンタテレサ・デ・ラ・クルス城が全壊しました。警察は午前九時までに瓦礫の下から男性八名の遺体が発見したと報告しています。爆発の原因は判明しておらず、警察は建造物損壊致死事件の疑いも視野に捜査しています。続いてのニュー……」
続いてラテンテレビを視聴する。
朝の情報番組でアナウンサーがニュース原稿を読んでいた。
ちょうど話題のニュースが読まれていた。
「……ルス城が崩壊しました。瓦礫の下からは男性八名の遺体が発見されており、警察は建造物損壊致死の疑いも視野に捜査しています。続いて……」
ACBのニュース番組を見た。
フィールドリポーターが現地に赴いていた。
「……辺りは森に囲まれており、人気は少ない印象です。私の奥に見えます、こちらの瓦礫の下から男性八名の遺体が発見され……」
「朝からこのニュースばっかりだな」
そう言ってビゼーはテレビリモコンの電源ボタンを押した。
「突然爆発したからね。世間の関心ごとだよね」
一緒に見ていたロッドは客観的な視点でコメントした。
「クウヤ大丈夫かな?」
「流石に活動限界は治ってるだろ?でもミロクさんとの勝負がついたあたりから様子はおかしいよな」
「いくら恨んでたとはいえ、実のお姉さんだもん。実際に死んじゃうってなると、心にくるものがあるんじゃないかな?」
「?」
ビゼーは訝しげな表情を見せ、テレビリモコンの電源ボタンをもう一度押した。
「何?どうかしたの?」
ロッドは不思議そうに尋ねた。
「ロッド、よく聞いといてくれよ!」
ビゼーは真剣な顔でロッドに言った。
「うん……」
ロッドは戸惑いながら返事をした。
ビゼーは次々とザッピングしていった。
テレビブラジルが映ったところで手を止めた。
「……た瓦礫の下からは、男性八名の遺体が発見……」
「聞いたか?」
真剣な顔は継続している。
「うん。男性八め……い……?八名?」
「いや、確かにそこも気になるけど!多分、本番の決闘の時にいた人たちじゃねぇか?偽物の決闘ってのもおかしいけどさ」
「なるほど!」
「確実におかしいことあるだろ!だってミロクさんは……」
「——!」
ロッドは背筋が凍りついた。
「死んでないってこと⁈あの傷を受けて?」
「可能性はある。でもミロクさん、言ってたよな?『私の心臓が止まったら爆破する』的なこと。実際に城は爆発してるし。だから……こんなこと言うのあれだけど、死んではいると思う。『死体遺棄』じゃねぇかって思うんだ……」
「死体遺棄?誰が?なんのために?」
「それは分かんねぇ」
「理由が本当に分からないけど筋は一番通りそうだね」
「だろ?クウヤに伝えるぞ!」
「うん」
二人は急いで部屋を出た。
同じフロアのクウヤの部屋へ向かった。
昨日、ドアノブにかけておいたビニール袋が中身はそのままで放置されていた。
夕食を入れておいた袋だ。
動けるようになったら食べるように伝えていた。
クウヤの好物、バリバリくんも一緒に入れていたが、包装の中でジャボジャボと音を立てていた。
「この野郎……」
ビゼーはそう呟いて、クウヤの部屋のドアを叩いた。
「クウヤ!いるんだろ?開けろ!」
部屋はオートロックのため、鍵を持っていなければ内側からしか開かない。
どれだけ呼んでもクウヤの返事はなかった。
内容がセンシティブなため大きな声で言うこともできなかった。
「チッ……ロッド、マスターキーしかねぇ。フロントに相談してもらえねぇか?」
「いいよ」
「俺が借りた部屋だから、キーを部屋に置いたまま外に出たって言えば大丈夫だ。めちゃめちゃ恥ずいけどな……」
「言ってくる。っていうか俺たちもじゃない?」
「——!」
衝撃の事実に気づいてしまった。
「いや、へ……やにミークリ、が、いる。よな?」
「入る時、呼ぼっか」
ミクリは部屋で集中して勉強をしていた。
気を散らすのは申し訳ないが、それしかない。
「だな」
「とりあえず、言ってくる」
ロッドは早歩きでフロントを目指した。
クウヤは部屋の中で、窓もカーテンも閉め切り、ベッドの上で小さくなって震えていた。
ずっと手に残っている感触があった。
人の皮膚を裂く感触。
筋肉や脂肪を断つ感触。
臓器に刃物が食い込む感触。
それらが明瞭鮮明に手の皮にこびりついているのである。
その感覚が神経を伝って脳へ届き、再び神経を辿って手に届き、その時の映像と共に感覚を甦らせる。
姉を殺めたあの瞬間を。
思い出すたびに目を閉じ、耳を塞ぎ、呼吸を止める。
感覚を遮断し、情報を規制する目的だ。
しかし呼吸が苦しくなると、否が応でも体が酸素を欲する。
息を吸う。
生きていることを実感してしまう。
生と死。
生きている自分。
死んだ姉。
殺したのは……自分。
浮かんでほしくない言葉が連想ゲームをしているかのように次々に湧いてくる。こんな時に限って、脳が冴えてしまう。
新たな言葉が見つかるたびに、手があの感覚に乗っ取られるのだ。
再び情報をカットするために目を閉じ、耳を塞ぐ。
呼吸を止めると無限ループに陥るため辞めた。
しかし視聴覚を絶っただけでは気が紛れないのだ。
脳と手を襲う幻覚から心を守るために必死に抵抗した。
疲れが蓄積していく。
やがて睡魔に負けて転寝をしてしまう。
しかし落ちた先で毎回同じ夢を見て同じところで目が覚めてしまうのだ。
そう。あのシーン……
——姉と自分が向かい合っている。自分は姉を殺したいと思っている。姉は無防備で両手を広げて待っている。自分の手には剣。勢いよく向かって行き、その武器で姉の心臓を一突きする。ここで『あの感覚』がやってくる。それが右手を蝕んできたところで目が覚める。——
悪夢から解放されると最初に右手を見る。
見た目に変化はない。しかしいつ見てもいつまでもあの感覚は居座っている。
今すぐに右手を切り落としたくなる。
部屋をウロウロしても剣はない。
クウヤに剣の所在は伝えられていなかった。
代わりの武器になるものもない。
(これ……ずっとたえなきゃいけないのか……)
これでは食事どころではない。
クウヤは終わりのないハルシネーションに一晩中悩まされた。
次回 決意




