第七十頁 来訪者
一七三二四年四月四日(火)
大米合衆国・ブラジル州 ブラジリア 某ホテル
先日同様、朝方、ホテルのエントランスでビゼーとアダン(バ)は会話をしていた。
いつも通りミクリは部屋で勉強中、ロッドはそれを見ていた。
アダン(バ)から会話が始まる。
「クウヤ、そろそろたいいんだよな?」
「あぁ。体もかなり動くようになってきたらしいしな。二週間以上入院しやがって、医療費がバカになんねぇよ」
「げんきになってきたってことだよな?クウヤがいないじかん、ながかったなー」
「そうだな。でもあの傷で入院が数日で済んでたら逆に怖ぇぞ。—— !」
ビゼーの瞳孔が突然肥大化した。
ホテルの入り口の方を向いたまま固まってしまったのだ。
「どうした?はら、いてーの?」
アダン(バ)の問いにビゼーは首を横に振って返した。
「ん?あのおんなのひとか?かみきれーだな」
彼らの視線の先にはホテルの従業員と話している女性の横顔があった。
「どっかでみたことあるなぁ?」
アダン(バ)は記憶を辿る。
「お前、あの人は……」
「ねぇ!」
ビゼーが何か言おうとすると、女の声で呼び止められた。
「クウヤはいる?」
その女はミロク・インディュラだった。
二人との距離、五十センチ。
こんなに近くで見るのは初めてだった。
以前彼女と近づいた時にも感じたことだが、顔を見れば見るほどクウヤとは似ていない。
本当に姉弟なのかすら疑いたくなる。
と、今はそんなことはどうでも良い。
なぜ彼女がここにいるのか。
ビゼーは混乱した。
以前会った時のような押し潰されそうな雰囲気は感じないが、警戒しないわけにはいかない。
無言を貫いているとミロクはもう一度同じことを尋ねた。
「あの?クウヤはいるかな……?」
先ほどよりも優しい言い方に変えた。
「いや……いません」
ビゼーは簡潔に答えた。
「そう……病院?」
「はい」
「そっか……あっ、そんな構えないで大丈夫だよ。私のこと怖いかもしれないけど、君たちと戦う気なんて微塵もないし、別にクウヤがいるところまで押しかけるつもりもないから」
そう言う彼女の表情は緩んでいるとまでは言えないが、硬くもなかった。
「は、はい」
ビゼーとアダン(バ)の声が揃って返事した。
「そこ。座ってもいい?」
空いている座席を指しながらミロクが尋ねた。
ビゼーは「はい」と答えると「失礼します」と言ってからミロクは腰掛けた。
「それで、なんで……ここに?」
ビゼーは恐る恐る質問した。
「私から話すべきだよね。ごめん。クウヤと話せればと思って。でもいないなら仕方ないね。ねぇ、代わりに話し相手になってくれない?」
「いいっすよ!」
アダン(バ)はすぐさま了承した。
ビゼーは返事をする前に考えた。
(クウヤがこのホテルに滞在してたことを知ってる?誰かが言ったのか?それとも自分で調査したのか?僕が何人もいるし頼んだのか?)
「あなたは?」
返事をしなかったビゼーに再び確認をする。
「一つ質問いいですか?」
「話し相手になってくれるってことでいいのかな?」
「答え次第です」
「私を試そうってこと?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「フフッ、冗談……」
「……」
ビゼーが動揺すると、ミロクは眼球が見えなくなるほど笑った。
口元を手で押さえてお淑やかに笑っている。
そのままビゼーに尋ねた。
「それで質問って?」
「はい。どうしてクウヤがここに泊まってるって知ってるんですか?」
ミロクは少し考えてから発言した。
「クウヤというより君たちの音を感じたからかな」
「音?」
「どう私は合格?」
ミロクはにっこり笑って聞いた。
笑顔は少しだけクウヤと似ているかもしれない。
「あ、はい」
よく分からないが危険な匂いは感じない。
何か情報を聞き出せるかもしれないのでビゼーはミロクを受け入れた。
「よかった」
ミロクは笑顔で感想を述べた。
「君たちはクウヤの友達?」
さっそくミロクが尋ねる。
「はい!」
アダン(バ)は元気よく答えた。
「そうなんだ!同じ学校とか?」
「いや、おれはがっこういってないです。ビゼーもがっこういってないし」
「へぇ〜。じゃあどうして一緒にいるの?」
「旅の仲間です。アイツが俺たちの住んでる街に寄ってそこで色々あって行動を共にしてるんです」
「旅⁈随分時代錯誤なことしてるんだね。あ、悪口じゃないよ。クウヤが始めたの?」
「はい」
「そっか……」
ビゼーにはミロクが嬉しんでいるように見えた。
「どうして君たちはクウヤについて行ったの?旅なんてどう考えてもおかしいじゃない?」
「そうですね。俺も一番最初に聞いた時は『とち狂ってんな』って思いました。でもアイツが能力……魔人の……」
「能力者でいいよ。知ってるから」
「あ、はい……能力者の子を助けるのを見て、アイツの行動力を見習いたいと思って。アイツといると新しい価値観を植え付けられるんです。だから俺はもっとアイツといたいって、アイツがどんな景色を創っていくのか見届けたくなったんです」
「随分評価が高いんだね」
「普段は頼りないし、だらしないし、ガキみたいなやつだけど、信頼はできるんです。俺がアイツに毒されてるだけかもしれませんけどね」
「フフッ、そうかもね。でも君みたいな子と一緒にいられるあの子も幸せだと思うよ」
「……」
ビゼーは小っ恥ずかしくなった。
「君は?」
ミロクはアダン(バ)に尋ねた。
「おれはたびがおもしろそーだとおもって!なんかわくわくしたんです!」
「そ、そうなんだ……」
アダン(バ)の圧が強く、ミロクは些か引いていた。
「おれ、たびしてよかったっておもってます。いろんなひとにあうのおもろいし、ついてこなかったらおれはずっとしぬまでこうざんのなかだったから」
「少なからず影響を受けてるんだね。あの子も君から影響を受けたこと、きっとあるよ」
「そうですか?」
「うん。じゃなきゃ、お友達にはならないでしょ?」
「そうっすね!」
アダン(バ)は子供のように喜んだ。
「そっか……君たちには悪いことをしちゃったね。クウヤが始めた旅なんだ。クウヤが駄目になったら君たちが路頭に迷うことになるんだよね。ごめんなさい」
ミロクは頭を下げた。
「——!」
二人は驚いた。
まさかミロクに頭を下げられることになるとは夢にも思わない。
しかしビゼーは驚きと共に憤りを感じていた。
「謝るくらいなら……戦わなければ良かったじゃないですか!」
「——!ビゼー!」
ビゼーは思わずミロクに凄んでしまった。
アダン(バ)は焦った。
心臓が止まりそうなくらいだった。
ミロクとビゼーを交互に見る。
ミロクは顔を上げてビゼーと目を合わせた。
「そうだね。言い訳するつもりはない。ただ、私の信条があってね。『売られたケンカは買う』『向かって来る者は全身全霊で正面から受け止める』それが礼儀だと思うから。実の弟だろうとそこは関係ない」
「クウヤとの争いとあなたの信条を天秤に掛けたら、勝ったのは信条を守ることなんですか?」
「うん。そこがブレたらいけないと思う。私はそうやって生きてきた。それにそう教わってきたから……」
「最後、何て?」
ビゼーにもアダン(バ)にもミロクが最後に何を言ったのか聞こえなかった。
囁いていたからだ。
「でも駄目だね。本気でいかないとって頭では分かってたのに……全力出せなかった……覚悟を決めて捨てたはずの感情も中途半端に残って、一途に守り続けてきた信条も破って。何をしてるんだろう、私は。でもさ、殺せなくない?たった一人の、血の繋がった大切な弟だもん」
「——えっ?」
「——!あっ!今のなし!クウヤには言わないでね!絶対だよ!」
ミロクは左右の手を交差させたり戻したり何度も腕を振って答えた。
「あのミロクさん、本当はご両……」
ビゼーの発言を遮ってミロクが言う。
「君たちには関係ないよ!それは私たちの問題。余計な詮索は必要ない!」
二人は寒気がした。
周りのホテルの従業員たちが一斉に立ち姿勢を保てなくなっていた。
この話はもうできない。
「すみません……」
ビゼーはやっとの思いで口を開いて謝罪した。
その瞬間、寒気が引いた。
従業員らも困惑しつつ業務に戻った。
ミロクは再び頭を下げた。
「理解が早くて助かります。君、名前は?」
「ビゼー・アンダーウッドです」
「ビゼー君、ね。手のかかる弟だとは思いますが、これからもよろしくお願いします!」
「は、はい……」
ビゼーは毒気を抜かれた。
「そっちの君も、クウヤと仲良くしてね!」
「は、はい!」
「もう何人かいたよね?一緒にいた子。その子たちにもよろしく伝えといてくれる?そしたら私帰るね!お邪魔しました」
ミロクはスッと立ち上がり、一度礼をすると外へ向かって歩き始めた。
「あの!」
ビゼーはミロクの背中に呼びかける。
「クウヤがまたあなたと戦うって言ったら、その時は争わないでくれませんか?話をしてほしいんです!」
ミロクは振り返った。
「努力はするよ。でもクウヤに話を聞く気がないなら私はその頼みを聞くことはできない。あの子が戦いを望むなら私はそれに応えるだけだから。私だって簡単に殺される気はないよ!一応、私はあの子の実の姉だからね!じゃあ」
顔の横に手を出した。
すぐに振り返ってミロクはホテルを後にした。
その背中はとても凛々しかった。
「いっちゃったな」
去り行く淑女の後ろ姿を見ながらアダン(バ)は言った。
「ビゼー、おれさ、おもったことあんだけどいっていいか?」
「俺も珍しくお前と同じこと思ってる自信がある」
「べつにめずらしくねーだろ……じゃあせーのでいおうぜ〜」
「なんで俺がそんな……」
「せーの!あのひとはクウヤをころさない!」
「ミロクさんは両親を殺してない!ちょっと違うじゃねぇか!」
結局、ビゼーとアダン(バ)は声を合わせていた。
全く同じとはいかないが、似たようなことは思っていた。
「やっぱそうだよな。絶対、姉弟喧嘩は止めるぞ!」
「おう!」
二人は意気込んだ。
このことはすぐにロッドとミクリにも共有されたのだった。
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