第六十七頁 能力
一七三二四年三月十五日(水)
大米合衆国・ブラジル州 ブラジリア サンタテレサ・デ・ラ・クルス城
「開拓する土竜!」
ミロクはクウヤに向かって肩と腕を回しながら近づいていった。
腕は勿論剣化している。
故に上から下に向かう運動の際には床を抉る。バリバリと音を立て、床はひび割れていく。
そんなことは気にせず、彼女はズカズカと進んだ。休まず腕を回し続ける。
クウヤは感じた。
(まきこまれてら死ぬ!)
ミロクの生気で気分も悪くなっているので、満足に動くことさえできなかった。
壁際まで退がり、ミロクがやってきたところで彼女の左側に向かって走った。
彼女の左腕は普通の腕のままである。そちら側は安全(とは言えないが)死ぬことはないだろう。
ミロクは壁に腕が当たる前に体は止まった。
しかし腕は止まらない。
体の向きをクウヤが逃げた方に変え、再び発進する。
クウヤはミロクから逃げる。ミロクはクウヤを追う。
これを繰り返した。
持久力には自信があったクウヤだが、今日は消耗が早かった。
ミロクの生気のせいである。
フロアを星型に駆け回っていたクウヤだったが、その速度は徐々に遅くなっていった。
「ゔぁっ……」
やがてミロクの技がクウヤの左脹脛に掠ってしまった。
「誰が直線的にしか動けないなんて言ったの?勝手な思い込みは行動を制限しちゃうよ」
ミロクの右側では常に剣が動いている。
普通に考えれば相手は左に避ける。
単調な動きを続けていると人間には「慣れ」が発生する。段々と機械的な動きになるのだ。
避ける方向とタイミングが固定されればその対策は赤子の手をひねるより簡単だ。
クウヤのスタートのタイミングに合わせ体の向きを変える。
これだけだ。
ミロクが直線的な動きを見せ続けたのも一種の作戦だった。
ミロクの思い通り開拓する土竜でクウヤの機動力を奪った。
ミロクは足を引き摺るクウヤに言い放った。
「成長したのはほんのちょっとだったみたいね。消極的な姿勢で、バテて、負ける。前回と何も変わってない!」
クウヤは喋る余裕がなかった。
足が痛くて話が入ってこない。
ミロクはクウヤに近づいた。
軽く右腕を振る。
「ってっ……」
クウヤの右ふくらはぎに切り傷を入れた。
「ほら。ぼーっとしてると傷が増えてくよ。次はもうちょっと深くかな?」
——ピュンッ。
「っ!」
クウヤの右ふくらはぎに二本目の赤い線が入った。
右からはピリピリとした痛み。
左からはズキズキとした痛み。
刺し傷と切り傷の感じ比べコースである。
「ふぅ……次!さ〜んっ!」
——ザシュッ。
「があぁっ!」
クウヤは声を上げながら膝をついた。
左脹脛の傷口を広げられたのだ。
クウヤは膝をついた。
割れた床の破片が着いた膝に食い込んだ。
そちらも痛い。
膝の具合を見る余裕もない。
「その様子じゃもう戦うのは無理ね。諦めなさい。私、負け犬を生かそうとするほど優しくない。頑張って自力で帰ってね」
倒れて辛い表情をするクウヤを横目に城の奥の階段へ向かう。
クウヤは気力を振り絞りミロクの足首を掴んだ。
「キャッ!」
ミロクからは想像もつかない声が出た。
若い女の子らしい張りのある綺麗な叫び声にミロク自身も驚いていた。心なしか顔を赤らめている。
ミロクと共にクウヤも驚いていたが、敵の足首は離さない。
ミロクは脚を振ってクウヤの手を解いた。
「みっともない!あなたが本当に剣士なら背中を向けた相手に斬りかかるのが普通でしょ?床に這いつくばってこんな……恥ずかしくないの?」
「ここでてめえににげられるほうがよっぽどはずかしいわ!こんなちゅうとはんぱなまけかたしてかえれるわけねぇだろ!」
痛みに負けて情けない声が出る。しかしその中に凛々しさも感じられた。
「どうして進んで自分から殺されようとするの⁈見逃してあげるって言ってんのに!」
初めてミロクの怒りの声を聞いた。
この瞬間だけ妙な不快感はなくなった気がした。
足が痛くてそれどころではなかっただけかもしれない。
クウヤは強く言い返した。
「おまえを殺せなかったら、てめえに殺された父ちゃんと母ちゃんがずっとかわいそうなままじゃねぇか!」
「——!そう……だったら、両親と同じ場所へ葬ってあげる!」
ミロクは生気を放出した。
クウヤは頭痛がした。頭が内側から割れそうだ。
傷口にも響いてくる。
「音速ON」
ミロクは微かに呟いた。
ふと気付くとクウヤは空中にいた。
「えっ?」
床が遠くなっていく。
上から見る床はボコボコだった。
(こんなんでよく死ななかったな……)
少しだけ安堵した。
ここでクウヤはジワジワ腹部に痛みが走っていることに気づいた。
「——!」
脳が認識した時には何度か斬られていた。
腹部の痛みを知覚した時、真下からミロクが尋常でない速さで飛んで来た。
一発目。
この時ミロクの声が聞こえた。
「怒れる蜂群」
続いて水平方向から二発目。
そして背後から三発目。
これ以降は何度も斬られ続けた。
回数は無数。
縦横無尽、四方八方から斬撃を浴びた。
この間三秒もかかっていない。
しかしこの三秒間、クウヤは同じ場所に滞空していたのだ。
なぜかクウヤの向きも変わっていた。
数秒前まで床を見ていたはずが、気づくと天井を拝んでいた。
状況を整理しようとしたところで、ミロクが目の前に現れた。
「——!」
天井を見ているということは下が床。つまりミロクはクウヤの真上にいる。
ここは空中。なぜミロクはここにいるのか。答えを見つける暇もなかった。
「荒れ狂ふ巨象!」
ミロクがそう叫んだかと思うと、ミロクは剣を無作為に振り回し、クウヤのトルソーを中心に視覚では捉えきれないスピードで何度も斬りつけた。
時々剣が逸れて二の腕にも傷がついた。
クウヤの服はボロボロになった。
技が止んだ時には既にクウヤの意識はなかった。
それに気づかずミロクは攻撃を続ける。
「燒かる食鶏!」
クウヤの体をミロクの剣化した腕が貫いた。
二人が一体となって自由落下する。
ミロクの腕は床に突き刺さった。
クウヤの体は宙に浮いたままだった。
ミロクの腕がクウヤの体にしっかりと刺さっており、且つ重力に負けなかったためである。
ピクリとも動かない、しかし剣はしっかりと握っていたクウヤを見てミロクは涙を流した。
「あっ……ごめんね……クウヤ……」
剣状態を解除し、生腕に戻して、クウヤの体から腕をゆっくり引き抜いた。
トスッ、とクウヤの体が地面に着いた音がした。
ミロクの指先から肘上数センチまで余すところなく真っ赤に染まっていた。
もう一度右腕を剣に戻しクウヤの首の左側にピッタリ刃をつけた。
腕が震えて、クウヤの首に切り傷がついた。
「ホントにごめんね……『冷酷なる屠殺者』……」
——バンッ!
「——!」
ミロクがクウヤの首を刎ねようとした時、城の扉が開いた。
「強制移動!」
声に反応し、ミロクは対象を移し替えた。
「飢へし猛虎!」
城の外から男の声、城の中からミロクの声。
ほぼ同時だった。
ミロクは城の扉に高速で飛び込んだ。
その間にクウヤの体は城内から忽然と姿を消した。
「緊急回避!」
——シュッ。
ミロクの視界に映っていた男の姿が忽然と消えた。
ミロクの姿は城外へ飛び出し、外の階段を優に超えた。最終的に道の反対側の森の中に着地していた。
彼女は自らの腕をじっと見た。
「ホントに、悪運だけは強いんだから……」
ミロクはゆっくり城へと戻っていった。
一七三二四年三月十五日(水)
大米合衆国・ブラジル州 ブラジリア 某ホテル
クウヤとミロクが戦っている真っ最中のことである。
ビゼーが部屋を飛び出した後のことだった。
彼はエントランスでジャックを見かけた。
反対にジャックは走って出入り口へ向かうビゼーを見つけた。
ビ:「あっ!」
ジ:「おい、何やってんだ?」
ビ:「クウヤが、クウヤがいないんです!」
ジ:「はぁ〜……やっぱりな。ミロク城か?」
ビ:「はい、おそらく!百パーじゃないですけど九十パーはそうだと思います!」
ジ:「わーった。先に行っててほしい場所がある。入り口を出て左。道をまっすぐ走ってろ!場所、携帯に地図送る」
ビ:「えっ……分かりました!」
エーヤン村でジャックが渡した通信機にはメールの機能はない。文字での情報共有は別の手段を使うしかなかった。
ビゼーは言われた通りにする。ビゼーがホテルを出るとジャックはその場から突然消えた。
ビゼーが数十秒走っていると、携帯端末が何かを受信した。
地図だ。
ビゼーはすぐに確認し、指定された場所へ急いだ。
次回 昏睡




